08 戦いは子供には見せちゃいけないよね

 ……ベアトリスさんが二八歳。

 その事実が俺を打ちのめした。どう見ても一六歳くらいにしか見えないベアトリスさんが二八歳。半森人族ハーフエルフってそう言うもんなのだろうか?

 そしてセプティムも二八歳で子供の頃から一緒、という実に忌々しい事実。普通年頃のお姉さんが出てきたらRPGだと恋人候補、とかなんだろうけどな。でも、セプティムの強さを考えるとそういう気持ちになるのもわかる気がする。

 父……バルトとセプティムが戦ったらどちらが勝つのだろう?


「どうしたクリフ君、気分が悪いのかい? 仕方ないね、人が死ぬところを見たのだろうし」

 セプティムが心配したようにこちらを気遣う。いや違うんだ……ベアトリスさんの実年齢を知ってしまって色々な意味で衝撃を受けているんです……。

「ゆっくり休むといい、無理はしなくていいよ」

 色々な意味で勘違いをされているのをうまく利用しようと思った、そんな小市民な自分。こう言う対応を見てもセプティムはいい人なんだろうな……。




 ジャクーが盗賊の死体を集め、火をつけながら祈りの言葉を唱えている。その言葉は複雑で理解できないものの、死んだ者たちを弔う内容であるに違いない。

 この世界では死体をそのまま放置すると、動く死体アンデットになってしまうケースが度々発生している。一旦死体を焼き、埋葬することで最悪のケースは避けやすい。

 追い剥ぎという世間一般では誇れない職業であったとしても死んでしまえば平等、ジャクーはそんなことを話していた。


 カルティスは盗賊の持っていた荷物を調べている。

「ロクなものはないな、というかゴミばっかりだ。この辺りの盗賊も苦労してるんだな」

 やれやれ、という感じで戦利品をまとめると、その中から小剣ショートソードを俺に向かって投げてよこした。

「クリフ、これを持っておけ。短剣よりリーチが長い」

 このショートソードはそこまで良いものではない、という気もするが自己防衛にはちょうどいいサイズであることは間違いない。

「カルティスさん、ありがとうございます」

「君がこれを使うことはないと思うが、念の為さ」

 カルティスは笑うと、野営の準備をするわ、と立ち上がった。


「特に怪しいものは感知できませんでした」

 ベアトリスが戻ってくると、俺の横を通り過ぎる際にフワッと心地よい香りが漂う。

「ご苦労だったね、休んでくれ。僕が警戒を引き継ぐよ」

 あ、セプティムがしれっとベアトリスの肩に手を置いた、なんか満更でもなさそうな顔して笑うベアトリスを見て、やっぱりなー……という気持ちが強くなった。というか羨ましすぎるぞセプティム。


 ベアトリスが俺の隣に座る。

「大丈夫ですか? 気分は悪くないですか?」

 やっぱ可愛いな、ベアトリス。……いい匂いだし。

「い、いえ大丈夫です」

「そうですか……今日はゆっくり休んで明日からまた歩きましょう」

 ベアトリスはすっ……と俺の頭に手を回すと、胸元に俺を引き寄せた。

「ア……へっ? ……あの」

 いきなりの行動とふわっとした柔らかい感触で思わず声がうわずった……顔も真っ赤になっていると思う。

「子供には見せてはいけない光景でしたね……ごめんなさい」

 そうか……前世からの繋がりで中身はもう子供ではない俺だが、彼女にとってはクリフはたった八歳程度の子供でしかないのだ。

 子供に見せる光景ではない、確かにそうだ。

 ただ、この世界は命の値段が安いのだとも思い知った、本当に安い。前世ではここまで命の値段は安くない……そういう国もあっただろうが、少なくとも俺が住んでいた日本はここまで安くない。ファンタジーの世界に来てしまったんだな、と改めて認識をする。


 少し間を置いてから話しかける。

「ベアトリスさん、大丈夫です。僕も男ですから……」

「まあ、子供がそういうことを言うものではないですよ」

 ベアトリスがむくれたように頬を膨らませて……笑った。その顔を見て、胸が高鳴った……前世含めてもこんな可愛い笑顔はなかなか見れないと思う。




 その夜、晩御飯を食べてから寝袋にくるまったが、盗賊のお頭が死んだ光景を思い返して体が震えた。自分が死んだことすら理解してなかっただろう……閃光のような一撃だったはずだ。

 死ぬという感覚、この世界で死ぬと俺はどうなるのだろう?前世で痛みを感じて死んだわけではない、この世界でも怪我をすることはあっても、命の危険を感じたことは今までない。いや、そう言う危険を感じるような場面に


「そうか……恵まれてたのか……」

 思わず声が出た。

 バルトやリリアが如何に俺のことを大事にしてくれていたのか、村の外ではここまで命が安い危険すぎる世界。

 それを見せずに八年間育ててくれていた。気がつくと、涙が出ていた。


 怖かった、あのお頭や盗賊の顔が何度も脳裏に蘇る。そう俺は怖かったのだと今更ながら気がついた。あまりに危険すぎる世界に、何も考えもなく飛び出してしまった自分の愚かさに。


 涙が溢れ、どうしようもない気持ちで体を震わせながら、声を殺して泣いた。

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