流れ星
日高山に着くと、佐伯先輩がいよいよだと期待して嬉しそうだ。
「着いたな。日高山。ロープウェイが来たら、乗って山頂の広場まで行こうか」
「はい、流星群、もうすぐ観られますね」
と相槌を打つ。ロープウェイを待つ。そして、話をする時間は、付き合いたての仲睦まじい時だから?先輩も凄く嬉しく、楽しそうで、私も心から素敵だと思える。
日高山の麓には、他にもお客さんがいて、その人達も、流星群観測の為だろう。期待を込める様にロープウェイを待っている。
やがてロープウェイが来ると、私達や他のお客さん、係の人が乗って、日高山山頂へと出発する。
「夜でもライトアップされて明るいな」
「そうですね」
日高山のロープウェイは、夜でも照明でライトアップされてなかなかに明るい。私達の街ではメジャーで人気のある山の為、上り下りする人の為にも、夜も明るくして、夜登山も出来るだけやりやすい様にしているようだ。標高二百メートル程の山。親しみやすいけれど、もし夜登山をするなら気を付けなきゃね。
やがて、ロープウェイが山頂に着く。他のお客さんたちは降りて、それぞれ山頂の広場に向かったりしている。私と先輩も降りて、広場へと向かう。時間を確認する先輩。
「今、七時四十五分だな。そろそろ暗いから、ペルセウス座流星群も見えるかもな」
「はい!楽しみです!」
空は暗くなって、夜の闇が地上を覆う。きっと流れ星も綺麗に見えるのだろう。
私は期待感でいっぱいだ。佐伯先輩と流れ星を観る。素敵で、とてもロマンチックだ。いよいよね、と私も嬉しく、楽しくなってくる。
広場の照明がある所から、山頂の暗がりの方へ歩んでゆく。他にも観測者が居て、日高山はちょっと賑わっている。
日高山の山頂の暗がり。しかし、そこに着いて、星がよく見える筈の空を見上げると……。
「――空、曇ってるな……」
照明の届かない暗がりまで行って見上げた空は、曇っていて、星がほとんど見えなかった。先輩は残念そうにして、俯いている。
(そんな、せっかく来たのに……)
絶望に近い感情を私は感じる。先輩との取って置きのデート。上手くいかないで終わるの?私も俯いて、曇っている空が憎く思えてくる。その時……。
「キュルキュル―!」
キュリルが声を上げる。キュリル、急に鳴いて……。佐伯先輩に気付かれたらどうするの……?と先輩を見たが、先輩は気付いていないようだ。私のトートバッグの中、キュリルを見ると、大人しく動かないでいた。
「キュルキュル―!」
またキュリルの声がした。だけれどキュリルは口を閉じている。なに?と不思議がっていると、キュリルが喋る声がする。
「キュルキュル―!夏稀ちゃん、驚かせてごめんね。夏稀ちゃんの心に、直接話し掛けているの!」
キュリルの声に驚く私。やはりキュリルは、私のトートバッグの中で大人しくしている。
(えっ、キュリル、そんな事が出来るの?)
私が心の中で思っていると、再びキュリルが話し掛けてきた。
「キュルー!そうなの!それから、夏稀ちゃんが心の中で思っている事もキュリルは分かるの!キュリルは凄いの!心で会話するの!」
(そうなんだ)、と感心していると「そうなの!キュリルは凄いの!凄いの!」とキュリルは喜んでいる。
何だか、落ち着くな。と私は感じる。どうも、私はこのキュリルという妖精を憎めないでいる。愛おしく、可愛いくらいだ。
「池澤、どうかしたか?」
キュリルと心の中で会話していると、挙動不審に思ったのか、佐伯先輩に心配される。
「何でもないです――」
先輩に聞かれても誤魔化して、その場を収める。佐伯先輩は、「そうか」と言って空の様子を気にし出した。キュリルに大人しくしてもらわなきゃ。
(キュリル、今は佐伯先輩とのデートで、とても大切な時だから、大人しくしていてね)
「そうなの?でも、夏稀ちゃん、困っているみたいなの。キュリルが助けてあげるの!キュリルが何とかするの!」
キュリルが何だか私を心配して、想っている様に感じられた。
(キュリル……でも、どうするの?)
キュリルに問う私に、自信を持ってキュリルは応える。
「キュリルが、魔法を使って何とかするの!」
(キュリル、大丈夫なの?)と心で聞いてみる。キュリルは「大丈夫なの!」と自信たっぷりだ。
「でも、それは大きな魔法なの!天気を左右するのは、大きな力なの!でも、キュリルは頑張るの!夏稀ちゃんの為だから、キュリルは頑張るの!お天気を晴れにするの!キュリルは、頑張るの!」
天気を変える……。そんな魔法が、本当に使えるのかな?
(そんな事が出来るの?キュリル――)
キュリルは自信を持って、妖精としての誇りを持って、答えた。
「出来るの!」
そう言ったキュリルから、何だか凄い力が出ているのを感じた。
「キュルー!キュルキュル―!キュルー!キュルー!キュルルルル―!」
キュリルが言っているのが、何だか呪文のようだ。私の心の中だけで聞こえているのね、と辺りを見回して、皆はやはり気付いていない。やっぱり私にしか聞こえていないようだ。この凄まじいパワーは、私しか感じていないのね。
「キュルー!キュルキュル―!キュルキュルキュルキュルー!お天気が、晴れるのー!」
その時、空の様子が、変わった。曇っていた空は、雲が段々と切れて、晴れ間が覗いてきた。星々が、その姿を現してくる。
「あっ、晴れてきたな!」
佐伯先輩が声を上げる。キュリルの力なの?空が、星明りで、明るい。
(凄い、本当に晴れてきた!)
驚きと喜びで、口を開けて(凄い!)という顔をする私。そして、顔を空に向けて目を輝かせる。
(キュリル、ありがとう――)
「こちらこそ、ありがとうなの!キュリルは、疲れたなの。ちょっと休むのなの――」
すると、キュリルの声が聞こえなくなった。キュリル、本当にありがとう。と呟いて、佐伯先輩の方を見る。
「ほら、池澤、星が見えるよ」
空を指差す先輩。晴れてきて、星が見える。空を見上げる先輩は、やっぱり凄く嬉しそうだ。先輩の笑顔は、素敵で、魅力的だ。好きなものを好きなのは、うん、凄くいい事だ。
その時、空に、一条の光が流れた。
「あっ!流れ星!」
流れ星が、空から流れ落ちてきた。
「池澤!ペルセウス座流星群だ!」
一、二、三、四――流れ星が空から降る。佐伯先輩はデジタルカメラを手にして、流星を撮ろうとする。
「連写機能を使って撮るんだけれど……手で持って撮影すると、やっぱりブレるんだけれどな……。上手く撮れるといいな――」
佐伯先輩は流星を撮ろうと、デジタルカメラに顔を近づける。
その時、キュリルの声が聞こえた。
「キュルキュル―!」
(キュリル!)
キュリルから、また大きな力を感じる。キュリルは、私の心の中に話し掛けてきた。
「キュルキュル―!涼太君が上手く流れ星を撮れるように力を振り絞るの!キュルキュルー!」
キュリルから、どんどん大きな魔法のパワーを感じる。私、そんな力を感じ取ってる、と気付かされる。キュリルは、また魔法を使おうとしている。
「キュルー!キュルー!キュルルルルー!涼太君に、凄く綺麗な写真を撮ってもらうの!キュルルルルー!」
キュリルは呪文を唱えて、魔法を使う。
その時、一、二、三、四と、流れ星が流れた。
カシャカシャカシャ
「撮れたか!」
佐伯先輩は、連写機能を使ってその流れ星を撮る。上手く撮れたかな……?
カメラで写真を確認する先輩。「あっ!」と声を上げる。
「凄い!凄く綺麗に撮れてる!」
先輩は小躍りして喜ぶと、「池澤、ほら!」と私にも写真を見せる。
「ホントだ!凄く綺麗な流れ星!」
流れ星が四つ、空の星々と共に写真に映っていた。流れ星はブレる事もなく、長い尾を引いて光りながら、地上に降り注いでいた。日高山から見える流れ星は、こんなにも綺麗だ。
「やったな!」
「はい!」と答える。嬉しそうな先輩は、笑顔がとても魅力的だ。私も嬉しくなってくる。
――佐伯先輩と、目と目が合った。真顔になって、私を見つめる先輩。
その時、流れ星が、三つ、四つと流れた。「綺麗だな」と言う先輩。「そうですね」と私。
また佐伯先輩と目が合った。先輩の顔が、どんどん近づく。
私達は、唇と唇を重ねた。キスをした。
初めてのキスは、甘酸っぱくて、切なくて、先輩への愛おしさで溢れていた。先輩の、熱い吐息が聞こえる。先輩の体温が、唇を通して伝わってくる。
数秒間キスをして、私達は笑顔を見せあう。
「夏稀、って、呼んでもいいかな」
「はい!私も、涼太先輩、って呼ばせてください!」
「ああ」と答えると、佐伯先輩は照れくさそうに笑顔を見せた。私も照れてしまい、思わず笑みが零れる。
私と涼太先輩は、手と手を繋いで、二人寄り添った。温かくて心地よい空気が、私達を包む。
流れ星が、一つ、二つと流れる。こんなロマンチックで素敵な時間があるなんて、ちょっと前の私には想像出来なかっただろう。
「キュルキュル―!」
キュリルの声が聞こえた。キュリルから嬉しそうな、祝福してくれるような雰囲気を感じる。
「キュルキュル―!夏稀ちゃん、涼太君と二人、おめでとう!」
祝福されて(ありがとう、キュリル)と心の中で呟く。
「キュルー、僕は、凄く疲れたのなの。凄く休むのなの。最後に、涼しさを贈るの。夏稀ちゃん、またねなの」
ふっ、とキュリルの気配が消える。トートバッグの中を見ると、キュリルのぬいぐるみが、大人しそうに、横たわっていた。
夜の日高山は、八月の熱帯夜で暑いはずなのに、風が吹いて涼しさを感じられた。そういえばキュリルが「最後に、涼しさを贈るの」と言っていたっけ。
「夏稀、これからも宜しくな」
涼太先輩の想いに「私こそ、宜しくお願いします!」と応える。
流れ星が一つ、光を伸ばし空から地上に降ってくる。涼太先輩と私は、手と手を繋いで、願いを込める様にその流れ星を観ていた。
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