第4話 最新住宅事情
藤本さんがキンキンに冷えた麦茶を盆に乗せて順番に配って回る。
ちんどん屋は受け取る際、軽く首をひょっこりさせた。どうやら礼のつもりらしい。
「で? あんたらは何が原因やったん?」
「あー、うちら今年の頭にバイクで事故ったんスわ」
竹下さんの質問に対して、そう答えたのは赤茶長髪だった。
仲間内では通称「池っち」と呼ばれているらしい。
いわゆるチーマーの端っこにいて、成人式にブッコミをかけて警察に逮捕されそうになり、慌てて逃走して信号無視をした上に交差点に飛び出し、たまたま来た軽トラに跳ねられて今に至るそうだ。
「迷惑この上ない死に様やね、カッコ悪ぅ」
「それも成人式にやなんて……もう大人やん」
おばちゃん二人が眉を
しかし、奥田さんが無言でぎろりと眼球だけを動かすと、途端に「うっ」と呻いて凍りついた。
「え、純ちゃん、まじウケるんだけどw」
冷凍パイナップルの隣に座していた金髪くりくりデカ目少女が、キャハハと鼻にかかった声で甲高く笑う。竹下さんの質問が向けられると、少女は「アユミ」と名乗った。
「えぇ〜? アユはぁ〜、付き合ってた彼氏がぁドラッグやっててぇ、あ、アユは知らなかったんだけどぉ〜、チョーヤバイって分かってぇ別れようとしたらぁ〜、なんかぁクスリ打たれてぇ気がついたらぁ〜こうなってたっていうかぁ〜?」
ただでさえ鼻にかかった声で語尾にダラダラと妙な節が付き、なぜそこが疑問系になるのか分からない、文章の切れ目もよく分からない話ぶりだが、とりあえず不幸な死に様であったことは、おばちゃんたちにも理解できた。
「うっ、うっ……おぉぉぉぉっ……」
もらい嗚咽が何故か舞台のドライアイス効果を生む奥田さんは、放射線状に冷気を放ち始める。
枯れパイナップルこと純ちゃんは自然解凍早々、大慌てで後退った。どうやらトラウマになったらしい。
「つーかぁ、お墓ボロくねー? まじウケんだけどw」
今度は
「ちょ……、あんた! こら、山姥! 世の中にはなあ、言うてエエこととアカンことがあってやなあ……!」
「……(怨)」
若さゆえの怖いもの知らず発言を慌てて竹下さんが
「お、奥田さん。あかん、あかんよ。ほら、深呼吸! ひっひっふー」
「……。あたしだってねぇ……、好きでこんなボロ屋に住んでるんじゃ、ないのよぉぉぉぉぉっ!」
一瞬の間が空いたのは、藤本さんのド天然発言に無言の否を突きつけたからだが、案外大人の対応ができる奥田さんは、己の不遇を
「ぎゃ——っ! すんませ——んっ! 俺らはともかく、アユは実物ないんで許したってください——っ!」
奥田さんのクレッシェンドに負けないくらいの
「え……、え? ちょお待って。無いって、何なん?」
「実物ないって、お墓ないのん !? 」
「……(怨)!? 」
純ちゃん渾身の叫びには竹下さん藤本さんばかりでなく、奥田さんも意外だったらしく、無礼発言の山姥を素通りして金髪少女を凝視する。
おばちゃんたちの視線の先では、アユミがイエーイとサインはVをして見せた。
「え、それってつまり……野仏?」
「ノボトケって? わけ分かんない」
「いやいや。お墓……ないんやろ?」
「アユのはぁネットの中にあんの」
平然と宣うアユミは何も疑問に感じていないらしい。残りのちんどん屋を振り返ると一様に頷くばかりで、昭和世代は大混乱だ。
「ね……ねっと? かご——やのうて、網……?」
「網がお墓て何なん?」
「……(厭)」
ここでも、時代と年代のズレのせいで未知と遭遇する三人であった。
つい先刻、万里香が一所懸命説明していたインターネットなるものと同じもの指しているとは、よもや思ってもみなかったのである。
「ネットて、一体何?」
益々混沌とする昭和世代三人のために、新世紀ちんどん屋による大穴空きまくったインターネット講座が始まった。
「ネットでぇメールすんの」
アユミ先生の説明は、余計な謎を生んだ。
「メールって、手紙のことでしょぉぉぉ? 切手はどうするのよぉぉぉぉぉっ?」
英語が堪能な奥田さんは、黒ずんだ蒼白顔をずいずいと近付けて尋ねるが、アユミは相変わらず鼻にかかった声で返した。
「貼んないの。そんでぇ、どこでもスグ飛ばせちゃうっていうかぁ〜?」
なぜ語尾が疑問系になるのか甚だ疑問だが、そこには言及せずに竹下さんが挙手と同時に発言する。
「飛ばすて、どこに?」
「どこでもっつってんじゃん」
そして、アユミ先生は唐突にキレ始める。
「イマドキ、世界中どこにでも一瞬でメール送れるんスわ」
池っち先生の補足情報が、昭和世代に更なる混乱を呼ぶ。
「切手も貼らんと、手紙を世界中に送れんの !? 」
「それも一瞬言うた !? 」
「……(呪)」
奥田さんに至っては、言葉すら発することなく眼圧だけで物申している。
「そっス、ボタン一発っスわ」
軽ぅ〜い感じの一言に、昭和世代の理解は益々遠のき混迷を極めているのだが、ちんどん屋は気にならないらしい。
「ボタン一つ !? ポストも郵便屋さんも無視なん !? 」
「そんなんして捕まらへんの !? 」
藤本さんと竹下さんが愕然としながら、ほぼ同時に池っち先生に詰め寄る。
仕方あるまい。手紙(封書=二十五グラムまで)といえば、藤本さんの頃は六十円切手を、竹下さんに至っては二十円切手を貼ってポストに投函し、数日かけて郵便屋さんが届けてくれる時代の人達なのだ。
ハガキに至っては、官製葉書という時代なのである。
一発送信ボタンで数秒後には、もう電子メールが届いている世界が理解できないのも無理はない。
奥田さんは辛うじて六十二円切手世代のため、何となくパーソナルコンピューターという単語自体は知っている——という実態を知らない新世紀ちんどん屋はドン引きだ。
「えぇ〜、説明すんのチョーウザなんですけどぉ〜」
「六十円……つーか、二十円切手とか意味分かんねぇ」
あまりにも深過ぎる世代間の溝は、もはや言葉では埋まりそうもない。インターネット講座など、ほぼ無意味だ。
「実際、体験すんのが一番っスわ」
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