第5話 ふぃーる・ざ・ぱわーおぶ……

 第二区が時代と年代のズレを埋められずに混沌としている頃、第三区半村家の墓前では一張羅をピシッと着込んだ和尚さんが練れた読経の最高潮だった。


 周囲はともかく、本人は一番盛り上がっていた。

 そこへ賑やかな連中がこぞって乱入してきたのである。実に迷惑この上ないことだが、実際に驚いたのは万里香とイコ爺だけだ。


「何じゃ! 非常識がこぞって何の用じゃ!」


 この場合、イコ爺のお怒りはもっともである。大事な墓参り中継の最中なのだ。

 しかし、新世紀の若者たちは「どうせ生きてる人には見えてない」というある意味、達観した感覚で雪崩れ込んできた。


万里香まりかー、ネット体験しに来たよ~ん」

「えっ……えぇっ?」


 正直、世代は近くても友達でも何でもない万里香にしてみれば、混乱どころの話ではない。側から見れば、それはもう不良に絡まれる優等生の姿でしかない——余計なおばちゃんたちが、くっついていることを除けば。


「万里香ちゃん、ついさっきぶりやねえ」

「何や、よう分からんけど、これがネット体験とやらなん?」


「え、あの……。え……っ?」

 戸惑う万里香を押しのける勢いで、増幅した新世紀ちんどん屋が押し合いへし合いカメラに向かう。勢いに任せた集団心理は強かった……半獣爺も何のその、である。


 一行はノリのまま設置されたビデオカメラに向かって両手をひらひらさせたり、無駄に「うぇーい」と盛り上がり、ダブルピースを掲げている。


「ふじもっさん! うちらも目立たんと!」


 実際、わけも分からずインターネットをノリだけで体験しているおばちゃん三人とウジョウジョいるその他だが、和尚さんには見えていない。

 しかし画面の向こうには、そんな世紀末の光景を冷静に凝視している子供がいた。


「ほら、奈保子なほこ。万里香の墓前よ、お姉ちゃんに手を合わせないと」


 それが、享年十七歳だった万里香の年の離れた妹——見える系女子の奈保子(六歳)である。


「……」


 万里香を取り囲んで、何が何だか盛り上がっているそれらが、画面からはみ出さんばかりに、うっじゃうじゃ溢れ返っている光景は、レンズ越しでもご両親には見えていない。

 神妙にこうべを垂れている大人たちの隣で、奈保子は瞬きもせずに食い入るようにパソコン画面を睨め付ける。


「……。ふ……っ」

「こら、奈保子。墓前で笑うなんて、いけません」


 見えていたなら、鼻で笑うしかない光景だ。


 アナログ電話回線を介するこの時代のネット中継は、時々ノイズが混じり途切れ途切れになるなか続けられたが、和尚さんの練れた読経も、真夏の太陽を受けて照り輝く後頭部も、全てが溢れかえる姉たちによって霞んで見えた。


『以上で、お参りを終了させていただきます』

「ありがとうございました」

 和尚さんも両親も、互いに神妙に深々と合唱して画面越しにお辞儀する中、相変わらず墓前では賑やかな連中がワイワイガヤガヤ盛り上がっていた。


「遠方だから便利は便利だけど、万里香、寂しくないかしら」

「一緒に入ってるのはジイさんだしなぁ……」


 この頃の通信は従量制ゆえ、繋ぎっぱなしはむちゃくちゃ高くつく。

 通信を終えると、とっとと回線を切ってしまうのが常識なのだ——というわけで、中継を終えたパソコンの電源を落としながら交わされる両親の言葉は複雑そうだ。

 しかし、つい今しがた見た現実を脳裏に思い描き、奈保子はキッパリと断言した。


「あれだけいれば、寂しくないよ!」


 きょとんとした様子で首を傾げる両親をよそに、一人さっさと自室に引き返した奈保子は、何となく机の上に飾られた生前の姉の写真に視線を向けた。


「奈保子、どうしたのかしら?」

「昔から、ああいう子じゃないか。心配しなくていいよ」

「そうね……」

 良くも悪くも深く追及しないご両親である。


 その頃の関西広域のとある山奥。

 第三区半村家の墓前では、撤収作業が滞りなく進んでいた。その場のノリで盛り上がってしまったが、おばちゃんたちは何やら不満そうだ。


「で、どれが結局ネット何ちゃらやったん?」

「ほんまやなあ。あんなん、ビデオ撮影と変わらへんやん」

「今撮ったのって、見られるのぉぉぉぉぉ?」


 三者三様に不平を垂れるおばちゃんと、新世紀のちんどん屋に挟まれて、ことの顛末を知らない万里香は墓石の如く押し黙っている。


「何で分かんないワケ !? まじウザすぎ!」

「分かっとるわ! インドメールがネットなんやろ!」

 アユミ先生は相変わらずキレ芸で応戦してくるが、竹下さんも負けてはいない。


「竹やん、ちゃうちゃう。インターネットがメールで、ボタンが一つやって」

 記録の鬼、藤本さんは家計簿にこそ未記入であるが、脳内メモにはばっちりと記録している様子だ。

 しかし、大穴空きまくった講義は多分な誤解を含んでる。そこに待ったをかけたのは、思いがけず奥田さんだった。


「あたしの知ってるパソコンはぁぁぁぁ、ボタンが沢山板についていたわよぉぉぉぉ……」


 ぎょろり、と奥田さんの眼球がアユミ先生を捉えると、アユミ先生のキレがいくばくか増した。

「だーかーらぁ、それはキーボード! パソコンの一部だけどぉ、パソコンじゃないっつってんじゃん!」


「分からへんわ!」

 ちんどん屋は言葉が足らず、おばちゃん達はシナプスが足らないがゆえの意思疎通の破綻である。


「……。何だか、激しく誤解しているのは、よく分かりました」


 双方から「何とか言ってよ」と、がなられたので、万里香がようやく口を開いた。

 そして、万里香によるインターネット講座パートツーが急遽、開講した。


 分かりやすく噛み砕いて、順を追って説明すれば、機械に疎い昭和のおばちゃんだってちゃんと理解できるのである。

 このまま、しばらく待っていると、晴れやかな表情のおばちゃんたちが、やがてポンっと手を打った。 


「何や、メールいうのはインターネットを使つこて送るんやな!」


 竹下さんは、両眼を輝かせて新規情報を美味そうに飲み干している。その傍らで、藤本さんが「あらま」と感嘆した。


「便利な世の中になったもんやね。それにしても、よう郵便局が黙っとうね? お国の政策はどうなっとうの?」


 改正前の郵便法しか知らない世代だ。もっともな疑問である。

 万里香はこくりと頷くと、分かりやすく説明を続けた。


「いずれ、郵政も民営化するみたいですよ」

「あらま。法律まで変えてまうやなんて、えらいことやね!」

「え、何々? 郵政民営化て!」


「えーっと。郵政三事業を官から民へ移行する手続きみたいなもんです。今、議論されてる最中みたいですよ」


 この頃は、まだ郵便局を含めた郵政事業は、国の管轄だったのである。郵便局員は職も収入も安定した公務員だったのだ。


 だからこそ、のちに民間宅配業者が十円の値上げのために得意先へと頭を下げて回るなか、郵便代値上げ幅が二十円から六十円などという横暴もサクッとまかり通っていたのである。

 もっとも、この頃の景気は常に上向きだったことは重要なポイントだ。


「え、そうなん !? えらいこっちゃ! 解散総選挙ものやないの! ところで、何で知っとんの?」


「インターネットで、簡単に調べられますよ……」

 もっとも、この頃のネット情報量など今と比べるのも烏滸おこがましい産毛うぶげ程度だが、それでも若い世代はそれなりに情報ワールドワイドを駆使していたのである。


 かたや、おばちゃんたちは、どうもまだ産毛の半分以下も理解していない様子だが、感心しきりだったのは間違いない。


「ふじもっさん、奥田さん! うちらも時代の波とやらに早よ乗らんと! 遅れてられへんよ!」


「えいえい、おー!」

「……(念)」


 兎にも角にも、「いつまでも時代遅れじゃいられない!」という決意だけは、ひしひしと伝わってくる。

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