第3話 最近の若者は

「きみら、万里香まりかちゃんの友達……なん?」


 藤本さんが、思わず口が勝手にという様子で尋ねるが、今ひとつ疑問系が抜けないのは、このカラフルで柄の悪い連中がどうしても純朴な万里香とは系統違いすぎるからだ。


「うおぉっ、ビビったぁ! 誰や、オバはん!」

 尻餅をついたままの枯れたパイナップル頭が、分かりやすく両肩をすくめながらもおばちゃん二人を威嚇する。


「オバ……っ、そこは嘘でもお姉さん言うときっ!」

「嘘でええんかいっ、オバはん!」


 竹下さんの返しに怯むことなく枯れパイナップル頭が尻餅をついたまま応戦する。そんな二人のやり取りを藤本さんは竹箒を片手に「はあっ」と溜息を吐いて放置すると、改めてパンツ丸出し少女に向き直った。


「あんた、丸見えやん。せめて足くらい閉じんと女の子やねんから……で、万里香ちゃんの友達なん?」


 相変わらず唐突に話題をぶった切る藤本さんだが、丸出し少女は小言も意に介さず「イエーイ」とサインはVをして見せる。


「チョートモダチ。ヤバイくらいダチ」


「は……? ヤバイ、ダチ……?」


 残念ながら、二十世紀末から新世紀にかけての言い回しは、藤本さんには通じない。少女の見た目の奇抜さも相まって、もはや日本語とすら認識していなかった。

「きみら、外国人?」


 しかし、外国人(かもしれない)を相手にしても、関西のおばちゃんは基本的に自分たち語を押し通す。それで通じると根拠なき自信を持っている。


「はぁーあ? 何言ってんの? ヤバイんじゃん?」


 だが、山姥ヤマンバの如しパンツ丸出し日焼け少女も負けてはいない。世代など関係なく互いに会話が成立しない——言葉のキャッチボールではなく、打ちっぱなしゴルフ状態である。


「ああ、宇宙人やな!」

「え、マジ !? どこどこ !? 」


「いや、あんたのことやん」

 ナチュラルに天然ボケを発揮する藤本さん相手に、軽くノッた山姥少女が「まじあり得ん、まじ殺す」と唐突な殺意を向けてくる。


「ふじもっさん! けぇや!」

 背後から竹下さんの声が聞こえて振り返った瞬間、藤本さんの鼻先を何かくっさいものが掠め飛んで、山姥少女の顔面にクリーンヒットした。


「どや! そこらに放置されてた濡れ雑巾の威力!」


「まぁ〜じ、あり得ーん……! まぁーじ……殺すっ!」


 山姥まじ怒髪天を突く五秒前という勢いで怒りまくるところに、ちんどん屋が加勢する。さすがに身の危険を感じたおばちゃんたちは、とりあえず逃げることにした。


「どこまでも追っかけてようけど、竹やん!」

「とりあえず、ここは切り札や、切り札!」


を出すんやね……!」

 もったいつけたフリに、もったいつけて頷く息ぴったりの二人は第二区まで退却すると大音声で喚きたてた。


「奥田さーん、奥田さあーん!」

った! ほぉれ、引っこ抜けぇ——!」


 雑草があまりに生えすぎて、もはや誰のものかも分からない墓前に分け入って大きなカブを引っこ抜いたとき、マジギレちんどん屋が目前に迫っていた。

 すかさず、引っこ抜いたものを二人がかりで放り投げる。

 

「う〜ら〜め〜し〜やぁ〜〜。あな、う〜ら〜め〜し〜やぁ〜〜……」


 マジギレちんどん屋の眼前に、この世のありとあらゆる怨嗟えんさを詰め込み落ち窪んで血走った眼が、ぎろりと蠢く。

 まだ日没前だというのに、なぜか周囲が薄暗くなり、ひゅ〜どろどろどろどろ、というお馴染みの効果音がどこからともなく響いてくると、ふよふよと火の玉が漂い始めた。


「うおぉっ! 何や! まじで……何やっ !? 」


 振り乱れた長い黒髪の間から覗く黒ずむほど青白い肌と白い襦袢じゅばんが目の前を立ち塞ぎ、なぜか爪が食い込むほど古いカレンダーを握りしめて青筋立っていた。


「来ない……来〜なぁ〜いぃぃぃ〜〜。あの人が……、来ぉぉぉなぁぁぁいぃぃぃ……っ! この恨みぃ〜〜、晴らさでおくべきかぁぁぁぁぁっ!」


「ぎゃ——っ! 何っか知らんけど、すんませ——んっ!」


 まさに瞬間氷結。

 空気を打ち震わせて響く薄ら気味の悪い声が、恨めしそうにそこらを漂う想像を絶したホラーの世界は、なりたてオバケちゃんには強烈過ぎた。

 彼らは気絶することも逃げ出すこともままならずに、その場で足元から頭の先まで凍りついた。


「ちょっとちょっと、凍りようよ、この子ら」

「おっかしいなあ。こういう時は普通、やんなあ? ほんま今時の子ぉは……」


 竹下さんはポリポリと頭を掻きながら首を捻る。その隣で藤本さんは指先で枯れパイナップルの葉っぱをつついていた。

「お湯かけたら溶けるんやろか」


「溶けんちゃう? 知らんけど。せやけど、カラフルには真っ黒しかない思たんやけど、バッチリやったね!」


 あっけらかんと笑う第一区の竹下さんだが、我が身を守るためにご近所さんをぶん投げるなど、良い子は決して真似をしてはいけない。


 本気で熱湯を用意しようとしていた藤本さんだが、この夏の炎天下で、凍りついたカラフルなは程なく無事に解凍された。

 わけも分からず、ただひたすら真夏のフローズン・ガチホラーを味わった新時代のちんどん屋だったが、最近の若者は立ち直りもすこぶる早い。


 泣く子が白目を剥き、特番でやってきた霊媒師集団を引退に追い込んだ実績を持つ奥田さんに対して、金髪でか目少女が「チョーカワイ~!」と発したのである。

 それこそ「まじあり得ん」言葉を聞いた瞬間、藤本さんと竹下さんの方が逆にホラーを味わった。二人のはす向かいでブツブツと呪怨を繰り返していた奥田さんも、思わず黙り込んだほどだ。


「……」


 とんと聞かなかった「可愛い」という言葉に、にわかに混乱しつつ藤本さんたちに、「可愛いって、あたしのこと? ねえ、あたしのことぉぉぉ……?」と、黒ずんだ蒼白の顔をずずいと近付ける。


「……(引き攣り笑)」

「……(引き攣り笑)」


 曖昧に藤本さんたちが頷いて見せると、奥田さんは口の端をひっと吊り上げ、にたぁ~……と笑った。


「可愛いやろか?」

「聞かんといて」


 たで食う虫も好き好きという言葉があるくらいだ。

 あえて答えを出さないでおいた藤本さんたちをほったらかして、奥田さんとちんどん屋がやかましく盛り上がっている。むしろ、若干奥田さんが押され気味だ。

 目の前の光景が俄かに信じがたい二人だが、特に竹下さんはどんな些細な話の輪にも加わろうとする習性がある。仕方がないので、藤本さんはキンキンに冷えた麦茶を用意するべく、そっと竹箒を手放した。

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