第2話 リモートの先駆け
「お、お墓参り? せやけど、ご家族は?」
周囲をキョロキョロと見回すおばちゃん二人の視界には、
しかし、
「あのレンズの向こう側です。多分、もう見てると思いますよ」
竹下さんも藤本さんも、えっと驚きを口に出して、三脚の上にスタンバイしている長いケーブルに繋がれた手のひらサイズの家庭用ハンディカムを見た。どっからどう見てもパスポートサイズのイカしたやつなのは分かるのだが——
「へえ! 万里香ちゃんのご家族、この中におるん?」
カメラのボディをペチペチ叩いて、竹下さんが感嘆した。
その反応に、今度は万里香が「えっ……」と言葉を詰まらせる。お分かりだろうか、これが時代と年代のズレというやつである。
安定の竹下リアクションを横目に、藤本さんが「はあっ」と溜息を漏らした。戸惑う万里香に
「何言うとう、竹やん。万里香ちゃん困っとうやん。そういうベタなん、ええから。要するに、テレビか何かの前に
「あ、はい。パソコンの前にいると思います」
少しホッとした様子で万里香がコクリと頷いた。
「……」
しかしこの時、藤本さんは「パソコン」という謎単語が理解できずに押し黙るしかなかった。その隙に、マイペースな竹下さんが、懲りずにベタなノリを重ねてくる。
「うち、テレビの中に人
一つの流儀のように無駄のないノリからのキレのよい質疑は、竹下さんのナチュラルスタイルである。華麗に藤本さんを振り返ったが、振り返られた藤本さんはそれを虚空にトスして受取拒否だ。
「あたしも
受取拒否をされた質疑は、そのまま万里香への猛烈アタックへと切り替わる。
昭和のおばちゃん二人では理解に限界がきた場合、情報ターゲットになるのは人の良い若い世代なのである。
そしてこれらのおばちゃんの困った習性として、謎単語(この場合はパソコン)の何たるかを理解するしないよりも、とにかく気の済むまで尋ね倒すのが性なので、ロックオンされた万里香にしてみれば迷惑この上ない話である。
「何なん、パソコンて? あのビデオカメラと何の関係があるん? 万里香ちゃんのご家族は、パソコンっちゅーのんに住んでやんの?」
「竹やん、その下りもう、ええから……」
どうしてもナチュラルスタイル竹下節をねじ込んでくる竹下さんを制する藤本さんの傍らで、矢継ぎ早に質問攻めにされる万里香は「えっと、えっと」と繰り返す。
「えーっと、つまり……何て言えばいいのかな。その、インターネットを通じて、世界中のどこからでもお参りできるんです、自宅から。パソコンもビデオカメラもインターネットを繋いで使う端末なんです」
「はい?」
「い、いんたー……何やって?」
万里香は
その間、イコ爺はケンケンとわざとらしく咳払いや、のしのしとライオンの如し立ち歩きを繰り返している。そして孫娘のピンチと判断するや、ついにイコ爺パワー全開で怒鳴り散らしたのだった。
「ええ加減にせいっ! 塩撒くど、塩っ!」
とてつもない風圧に気圧されて、藤本さんと竹下さんはズズズと体を後方に持っていかれてしまう。
暴風域を抜けたところでホーッと胸を撫で下ろしていると、そんな二人の傍らを新時代のちんどん屋かと思うような賑やかな一団が通り過ぎた。
「何やの、あれ」
「幽霊ちゃう? 知らんけど」
知らないことを堂々と、さも知っているかの如く
二人の視線の先では、金やら銀やら薄茶やら赤茶やら、何やら賑やかで個性的な頭髪をした若者たちのチャラチャラとした後ろ姿が遠ざかっていく。
若者たちの服は部分的に破れているし、スパンコール仕立ての
そして何よりも奇異に映ったのは、若者たちの異常なまでの日焼けっぷり派と極端なまでの色白っぷり派が混在していることであった。
「見間違いやろか。耳に穴あけて輪っか通しとうけど……鼻輪みたいなんも付けとうみたいやったわ……。白いんか黒いんかよう分からんし、ほんまに、何なんあの子ら……」
「白黒で耳輪に鼻輪言うたら、脱走した牛か何かちゃうん? 知らんけど」
「そんな可愛げのないドナドナ嫌やわ」
「いや、人型やし、あの子ら」
「牛言うたん、竹やんやからね?」
関西のおばちゃんが二人揃ったら、適当に互いの話を聞き流しながら良い感じのタイミングでノリツッコミを互いにぶっ込んでくるのは、割とよく見かける光景だ。
ずんずんと第三区の半村さんカメラに近づいて行く若者集団がどうするのか、興味本位で藤本さんと竹下さんが遠巻きにしながら観察していると、彼らは万里香に何やら賑やかに突撃していく。
「万里香ちゃんのお友達なんやろか、えらい雰囲気ちゃう気ぃすんねんけど」
「まあ、人は見かけによらん言うし? 知らんけど」
「もうええて、それ」
さすがに三回目は厳しい藤本さんだ。
それはともかくとして、新時代ちんどん屋がどうなったかというと、案の定イコ爺に一喝されて、踏ん張ることもままらなずに二人の近くに吹っ飛んできた。
多勢に無勢でもイコ爺はイコ爺であることが証明された。
枯れたパイナップルの葉っぱ部分のような頭をした青少年が、尻餅をついたまま虚空に向かって悪態をつく。
「チョーウザイわ! ジジイ、まじ死ね!」
その隣で同じようにズッコケてミニスカートからパンツ丸見え状態の日焼け少女もまた、ボサボサの灰色がかって傷み尽くした白髪頭を振り乱して絶叫する。
「まじあり得ん! まじ殺す!」
近くには「いたぁ〜い」と言いながら何故か真っ先に脱色した金髪のキューティクルを気にするドデカ目化粧と異常な色白肌をした少女が唇を尖らせており、その傍らには同じような赤茶長髪の青年が腰からパンツをはみ出すスタイルの腰履きGパンをぱんぱん叩いている。
「……」
「……」
藤本さんも竹下さんも言葉が出ない。
柄が悪い以前の問題だった。
このちんどん屋は、一体どこの星から来た連中だと言わんばかりの表情で黙りこくっている。関西のおばちゃんが黙る限られたシチュエーションといえば、おそらく冠婚葬祭の最中か、本人が死んだ時くらいだ。
そして、おばちゃんたちの存在に気がついていない様子で、若者たちが遠くから罵詈雑言を浴びせている最中、赤茶長髪が至極淡々と口を開いた。
「っていうか、ぶっちゃけもう死んでんじゃん、俺ら」
その言葉で藤本さんと竹下さんは我に返り、そして合点した。
(この子ら、第四区の不良どもかっ!)
勘の良い読者は既にお気づきのことだったと思う。
お察しのとおり、ここまでの登場人物は和尚さんを除く全員が全員、他界した時期こそ違えどオール故人なのである。
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