凡人

話を聞いてくれよ。


二〇二〇年、十一月。

もうそろそろ冬になろうと言う時。

木枯らしの風に落ちた枯葉のように

俺の心は、空っ風に吹き晒されていた。


「まだなんとかなっていた」男から

「もうあいつは終わった」男になり果てた。

まだ少しだけ息があった『幸福』って奴を

俺はこの両手で握り殺したんだ。


小説を書くしか、

物語を書くしか生きる意味がなかった男が

唯一生きる意味を見出していた場所を

俺は今日追い出されたんだ。


あいつらは何も悪くない。

確かに不満を感じていた環境だったけど

でも良い人が居たのも事実なんだ。

そんな人たちを裏切ったんだ、俺は。


秋雨が、帰る宛てもない俺の肩を濡らした。

差す傘なんて持ってない。

傘を買う金なんてない。

何もかもをあの場所に『捨て』てきた。


恨み辛みの毎日だった。

僕に無いものを、あいつらは持っていた。

小学生の時、皆持ってるゲーム機を

自分は持ってない時の劣等感に似ていた。


俺には何も無かった。

あの人の描く絵のように美麗な絵は描けない

誰かのように心酔するような物語は書けない

俺は、俺は、何ができるんだよ。


好きだった物が黒く染まった。

好きだった人が遠くへ行った。

それを受け入れたくなかった。

全部、自分のせいなのに。


泣いたってもう誰も助けてくれない。

苦しい時に話を聞いてくれる人なんかいない。

それはあの日のようで。

孤独、っていうサイレンが耳に五月蠅い。


うるさい。

うるさい。

うるさい。

うるさいうるさいうるさい。


黙ってくれ。

もうお前が居なくたって分かってるんだよ。

あぁ、俺はこんな奴なんだって。

大分前から知ってたんだよ、そんな事。


それを見たくなかった。

それを認めたくなかった。

だから今日がある。

死にきれない犯罪者が今日も生きてる。


それが許せなかったんだ。

だから自分が嫌いだった。

自己肯定なんか昔から無かった。

死んだような毎日だった。


誰かの心に残るような話は書けなかった。

誰かに「好きだ」って言って貰えるような

素敵な物語は書けなかった。

全てが俺の両手から消えていった。


こんな事、もう君にしか言えないんだよな。

それがどうしようもない俺自身だから

最後に君にそんな話がしたかったんだ。

もう、ここから旅立つ前に。

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机上の幸福すら @seikagezora

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