学園の日々

 海辺の方から海水のにおいがしてくる。


 ここワロンはフランシア王国の西端といってもいいようなところに位置する港町だ。


 この都市の人口は10000にも満たないほどであり都市というよりかは村といった方が人工的には正しい。しかし、見栄え上は立派な城壁が街を取り囲むように設置されている。こんなものがあったところで大した意味もないし使ったこともたぶんないだろうが。


 ワロンは城壁の内側に主に貴族などが集中して居住している。その郊外には農民や商人などの一般市民が多く居住している。


 その内側の方のひときわ小さな家でレイア―ド・コーウェルは生まれた。父はレオナルド・コーウェル、母はマリア・コーウェルだった。


 コーウェル家は女が支配する家だった。彼の親戚も女ばかりだった。彼の下には5人の妹と1人の弟。上の方には2人の姉と1人の兄がいた。圧倒的な女率であった、それに、叔母や大叔母、祖母等大量の女がその家には住んでいた。もちろん一番力を持っているのは父のレオナルドである。しかしながら、彼は優秀な軍人であり、フランシア王国内を行き来していて家にはほとんど帰ってこなかった。そもそもコーウェル家は地元の農民の家柄だった。それが父は優秀な軍事であったためただの一兵卒から今や大佐として活躍している。だが、これ以上の昇格は家柄の都合上難しくここで出世は止まると思われる。それでも彼は農民から大佐にまで上り詰めた今のところは唯一の存在でここまで自分の力を認めて昇格させてくれた今の王に忠誠を誓っており、絶対王政のフランシアの狂信的な信者だった。彼は一人が絶対的な力を得ているから戦争に強いのだと考えて今の絶対王政に賛成し、それを進める王や一部貴族たちを崇拝していた。


 それはともかく、そんな家にずっといない父が家に帰ってきたのだ。いつも何か月か一回数日間ある休暇の時にだけ帰ってくるあのレオナルドが、だ。


 それは唐突だった。一応手紙で伝わっていたのでちゃんと向かい入れる準備もできていた。しかし、なぜこんなに早く休暇を取って帰ってくるのかを家族全員が不思議に思っていた。


 19時くらいであろうか、ドアの扉があけられてレオナルドが家に姿を見せた。レオナルドの姿は疑いようもなく本物だ。子どもたちにはすぐにわかった。だが、一瞬でも疑ってしまうほどこの状態は非常事態だったのだ。


 そんな息子たちの思いも知らずにいつも通りのお人好しな笑顔を見せながら「我が家の王が帰還したぞ」なんてジョークを飛ばしつつ家に入ってきたレオナルドは正直空気が読めていなかった。


「父さん。今回の休暇は早かったね」


 レイア―ドの兄コルン・コーウェルがレオナルドにそう言った。


 いつの通りに今回も休暇をもらってきたのかと思われたのだが、その思いは裏切られることとなる。


「いや。実は休暇じゃないんだ。今回はコルンとレイに報告があってきたんだ」


 父はそう真剣な声の音色でそういった。


 ちなみにちなみにレイというのはレイア―ドの愛称だ。


「お前たちは中央の学校で学ばせることになった」


 グレースト歴1811年9月5日フランシア王国国王のルイジアート14世によってコーウェル家は騎士階級から男爵へと昇格し、下級とは言えども貴族となったのだ。


 騎士は貴族ではなくただの名誉称号だったが男爵とのなればすべてが変わってくる。例えば一般シミでは到底払えないほどの学費が必要となる士官学校や幼年学校も無料で入学進学卒業できるのだ。それに、そこで優秀であると認められれば大学校にも無料で入ることができる。


 コーウェスト家はそこまで裕福なわけではない。故にこれはレオナルドとマリアの悲願がかなったともいえるのだ。


 といっても条件もある。男子の息子2人を軍学校へ1人を神学校へと入学させるように国から言われていたのだ。普通は長男と次男を軍学校へと送って三男を神学校に送るのが一般的だ。しかしながら、長男のコルンはなかなか軍にはなじめそうもないお人好しで、どちらかといえば神学校の方が向いていると思えた。


 それは、家族内の共通認識であり、難航することのなくスムーズに話は進んだ。


 結論から言うとコルンが神学校へ。レイア―ドが軍学校へ。そして、三男のルイが進学できるようになり次第軍学校へ行くこととなった。


「あぁ。そうだな。それでいい。思った通りの結果だった。それで、学校へ行けることは確定したわけだが、問題は他の所にもあるんだ。それはどこの学校へ進学させるかといいうことだ。10の王立学校、軍学校も神学校も両方ともあるわけだが、どこも人気がとても高くてね。なかなか苦労したよ。でも喜べ。上官のクルス伯爵に掛け合ってもらって、お前たちの進学先も決まったよ。レイの方がパリスのパリス王立陸軍幼年学校、コルンはマドレスのマドレス王立神学校付属マドレス幼年学校に決まったよ」


 その言葉で二人は驚かずにはいられなかった。なぜならばその学校は二つとも上級貴族や場合によっては王族も通学するような超名門校なのだ。


「どうして、そんなところに行けるの」


 レイア―ドは動揺を隠せなかった。隠せないほどには衝撃的な事実だった。他の親族もみんな絶句している。


「これが大佐の力だよ」


 ジョークっぽくレオナルドは言ったが、あながち間違いでもなかった。大佐は軍の中でも上位の指揮権を持ち国全体の軍を動かすような将軍クラスとの交流もあった。将軍クラスは多くが上級貴族でレオナルドの息子たちの名門校への進学許可に一役買っていた。レオナルドは優秀な軍人であるとともに非常に相手に気に入られるのが上手い人物でもある。彼はただの優秀な軍人であったならば、対さにまでは出世しなかったであろう。彼の出世には確かなコネづくりの能力も絡んでいた。


「それともかく。12月には正式な入学許可証が届くはずだ。そして3月には入学式だ。今年の生徒はだいぶ豊作なようだぞ。お前も落ちこぼれるなよ」


 絶対にそんなことはないとでもいうようにレオナルドは言った。実際に二人とも優秀な人間の部類に入る。落ちこぼれることは一万分の一くらいの確立であるからソコまで心配する必要なかった。


「それで3月の1日には入学式だ。2月10日にトゥロードにいてくれ。俺がそこまで向かう。その後は少しめんどくさいかもしれないが、十分重要な貴族へのあいさつ回りだ。といってもレイは参加しなくていい。コルンで十分だしな。まぁ、もう一回送り迎えするのが面倒だから一緒に来てもらうがそこまでしてもらうこともない。暇をしてしまうかもしれないがそこについてはすまないな」


 レイア―ドにとってそんなことは些細すぎることだった。そんなことよりあのパリス陸軍幼年学校に入学できることの方が大きかった。


「どうした。お前ら。そんな口を間抜けに開けて。もっと喜んでいいんだぞ。というか喜べ。俺の苦労したんだぞ。お前らの進学先にはな」


 家族そろって同じような表情をしていたのがレオナルドにはとても面白かったのか。大笑いし始めた。家族は皆口をぽかんと開けて魂が抜けているようだった。まともに話しているのはレオナルドただ一人だった。


 レオナルドがどれだけ苦労したか。どれぐらい喜んでほしいのかを延々と語り続けても喜びよりも驚愕の方が大きかった。その驚愕はとても大きくその日は虚無感が体中を支配して、何をしたのか。何を食べたのか。すら覚えていないような状況になってしまっていた。




 地球の果てまでその道は続いているようだった。


 レイア―ドは兄のコルンと共に2月の中頃にトゥロードに到着した。コルンという町は海に面しておらずすぐ近くにカートラス川という大河があるのだが故郷のような塩っぽい水のにおいはあまりしなかった。淡白なにおいがするだけだった。


 二週間とす超すくらい経つとコルンから離れて首都であり国の中心地であるパリスへと向かうこととなった。レオナルドはコルンと共に万ドレスの神学校へと向かった。レイア―ドはレオナルドの友人であるという老紳士プラスト神父に連れられてパリスへ向かうこととなった。


 パリスへと向かうためにはなれない馬車を使っていくことになった。レイア―ドにとって馬車とは初めてといっていいほどに乗ったことがなかった。


 デコボコとした道であるからなのか道は馬車を不安定にして馬車はずっと揺れ続けていた。それも吐き気がするくらいには激しくだ。


「外ばかり見ていらっしゃいますが、そんなに面白いところですかなぁ。ここは。私にはそう見えないのですがねぇ。ただ畑が地平線のかなたまで広がっているだけですよ。山も海も家も何もない」


 プラスト神父はそう言った。確かに何もなかった。本当に畑で仕事をする農民しかいなかったし、家も近くには見当たらなかった。


「僕のいたところには、こんなに地平線まで続くような農場はなかったものですから。感心しているところです」


 レイア―ドはそう言った。ワロンは農園もないことはないが主に商業を中心としている都市だ。ここまで続く大規模な農場は見たことがなかった。


「そうですか。こんな農場はないのですか」


 上手く表にはダサいように工夫している様子であったが、そんなこと丸見えであった。プラスト神父は確かにワロン、つまりは大規模農場のない痩せた大地に対して、優越感を感じていたはずだ。まだ11歳のレイア―ドにすらわかる。


 農業やら商業やら漁業やら様々な産業が合わさった結果生まれるのが国力だ。その中で最も多くの割合を示すのは間違いなく農業だ。故に大規模な農場がないということは力が弱い否かであると考えられる。そこを内心プラスト神父は馬鹿にしていたのだ。


 馬鹿にされたことを感じて少し怪訝感を浮かべながら再び広大な農場を見始めた。


 それに何か感じ取ったのかプラスト神父は黙ってしまった。二人とも黙ったまま馬車は動きを止めずに走り続ける。


 気づいたころにはもうパリスについていた。


 パリスの町並みは他の町とは比べ物にならないものだった。町の中心のパリスのシンボル的な世界トップクラスの高さを誇るエルバー塔からバルトスタット大宮殿に向かう通り。中心から陸軍大学校への通り。中心から大役所までの通り。中心から海軍大学校への通り。この四つの大通りを中心として町は発展していた。そしてそれはすべて政府主導で行われた計画に沿って作られたものだった。かつての古代都市のような計画性を持った都市がパリスだった。


 パリスはレンガ造りの事務所や集合住宅が立ち並んでほとんどの建物は外見が同じように見えた。悪くいってしまえばあまり面白くはないのだが、その建物の協調性が町全体を美しく見せいていた。


 パリスでは建物に高さ制限がかかっている。もちろん、政府の公営施設は除いて、だが。それによって生まれたのがこの統一性を持った世界で一番美しいと言われる都市だ。


 この事実をもって国民にすべてを自由にしていいというのではなくちゃんとした制限をかけるべきだという考えをレイア―ドは再確認した。一定の自由は重要である。政府への不信感の提言もできる。だが、すべてを自由にやらせればそこは数十年前のパリスになってしまう。


 数十年前のパリスは相当ひどかったそうだ。ルイジアート14世はそう言ったパリスの姿を見てそれを屈辱のように思ったそうだ。制限をかけたりゴミ箱を大量に設置したり、罰則をかけたりしてだんだんと美の都パリスへと成長させてきたのだ。その点ルイジアート14世は有能な君主であると考えられる。彼は貴族の権限を大幅に削減し市民の権限をほぼ無にした。その代わりとして政治的ではなく軍事的な面や経済的な面で貴族を優遇してそれをチャラにしたが、市民に対してはただ単純にその力を奪っただけであって増やしてもいない。市民はただ奪われただけなのだ。貴族は知らないが少なくとも市民たちはルイジアート14世の死を願っている。名君とも暗君ともいえるのがルイジアート14世なのだ。


 彼はパリスの件もあるし絶対主義的な改革のこともあって能力的には絶対的に有能だった。ただし、市民の感情的には無能だった。絶対主義的な改革は主に戦争や財務の面で圧倒的な効率化を生み経済的な面から言っても圧倒的な成長率を見せた。であるにもかかわらず市民人気が絶対的にないのはそれが市民の生活と直結しないからだ。経済が成長したといってもそれは貴族が金を持ったからその分成長しただけだ。貴族は最高級の品質の物しか買わない。故に貴族がもうかっても一般市民はもうからないのだ。そういったところで市民は今の体勢や王に対して不満を持っている。


 パリス王立陸軍幼年学校は陸軍大学校の通りの果ての方にある。陸軍大学校は周りに何もないようなところに必つだけこつ然と立っている建物だ。それの意外と近くに士官学校と幼年学校もたっている。もちろん二つとも広大な敷地を持っている。


 幼年学校につくとまず待ち受けるのは広大な面積を守るように設置されている長い柵だ。石でできているように見えた。厳重な様子の門も一緒に待ち受けていた。


 門番はレイア―ドの入学許可証を見るとすぐに門を開けて中の方の案内役を呼んだ。プラスト神父とはここで別れることになった、


 案内役の男は壮年の禿げあがった男だった。男に告げられて巨大な建物の方へ進んでいく。そこに至るまでの道は綺麗に舗装されていて道のわきには定期的に卒業し大成した者の石像が設置されていた。その石造たちは皆が皆フランシアの歴史に残る名将たちであり、そんな人たちと同じところで学べることをレイア―ドは誇りに思った。


 禿げた案内役に連れられて今度は寮に来た。


「ここが寮だ。君たち生徒には一人一部屋個室が与えられている」


 後半部分は前半に比べて強調したように聞こえた。ともかく、禿げた案内役はこれに感謝しろといっているようだった。実際に部屋を見てみるとやはり大貴族御用達なだけあって大きくて豪華な部屋だった。レイア―ドは素直罹患者の意を述べた。そこの禿げた案内人の嬉しそうな気持ち悪いエミは一生忘れることはないだろう。何せ気持ち悪すぎたのだから。


 その後禿げた案内人はレイア―ドを教室へと連れてきた。もう半分くらいの生徒がそろっていて禿げた案内人から自分の席を示されるとそこにレイア―ドは座ってまだ来ていない生徒が来るのを待った。


 数十分でぞろぞろと生徒が来た。約四十名ほどの生徒がすべて集まると担当の教官らしき人が入ってきた。


「諸君、今回はご入学おめでとう。だが、この幼年学校の生徒となったからにはしっかりと軍人としての自覚をもって日々の生活の一日一日を大切にしてほしい」


 こんな言葉から始まった教官の演説は徐々に気持ちの事についての話からだんだんと実務面での話に置き換わってきた。


「ここで授業が行われるのは朝の六時から夜の六時までだ。諸君も始めのうちはきついだろうが徐々に慣れてってくれ」


 教官はそう約十分間の話に終止符を打った。


 すると今度はレイア―ドたちの生徒へ自己紹介でもしろと言ってくる。その言葉に従って前の方の席の生徒から順に自己紹介を言っていく。何十人か終わったころにレイア―ドの順番もやってきた。


「ワロン出身のレイア―ド・コーウェルです」


 レイア―ドがそう自己紹介をすると大半の生徒が笑い始めたのだ。


 ワロンはド田舎であるだけでなく数年前にフランシア王国が買い取った土地でもある。そこ出身ということは本国生まれの人たちからすれば馬鹿にするべきことであった。


 それにコーウェルという苗字も馬鹿にされる要因であった。コーウェルは新参者として馬鹿にされる。


 レイア―ドはそう言ったことへの耐性はそれなりにあった。孤独も怖くなかった。しかし、故郷をバカにされることは別だった。といってもそれが表面上笑っているだけだったら自分の顔を笑っているかもしれないし我慢できた。


 しかし、問題となったのは授業が終わって昼休みとなった後だ。フランスの貴族の息子たちは本人が聞こえるような目の前で彼を馬鹿にし始めた。「田舎者」だとか「植民地人」だとか。そしてその連れたちはそんな下品な話でげらげら笑っていた。これでは赤ん坊の方が知能が高い。そんな風にレイア―ドは思った。そういうことに対して少々イライラし始めたレイア―ドは目の前で馬鹿にし続ける貴族のボンボンたちのもとへといった。直談判でもしようとしたのだ。


「僕が植民地人ならば君たちも植民地人じゃないか。僕たちは王からフランシア人であることを認められている。それに異を唱えることは王を裏切ることと同義じゃないのか」


 レイア―ドは現地人たちへ反論を開始した。すると現地人たちは「植民地人は黙ってろ。フランシアの軍になすすべもなく負けた雑魚野郎どもが」といった。


「僕たちは負けたわけじゃない。勝てたさ。正々堂々と勝負したならね」


 レイア―ドはそう反論する。「めんどくせぇなぁ。それに、てめぇの言葉聞きにくいんだよ。その意味の分からんフランシア語が教養のなさを表してるなぁ」すると、それの連れたちは大爆笑し始めた。


 レイア―ドは中心の方に来てずっと馬鹿にされ続けてきた。何とか方言のせいだと割り切って自分の凶器をなだめていたがどうにももう抑えられないようだ。レイア―ドは心の中で何か大切なものだポツンっと切れたような気がした。


 自らの感情に乗っ取られたレイア―ドがその貴族の息子たちに殴り掛かった。喧嘩沙汰になって教官が生徒を非難させてレイア―ドと貴族の息子二人を別室に連れていき尋問を開始した。


 結果として教官もレイア―ドを馬鹿にする一味の一人だったわけだ。


 教官は明らかに貴族より名発言を繰り返して結果として貴族の息子が罪に問われることはなかった。




「一匹狼」


 入学して数日でレイア―ドにつけられたあだ名はこの「一匹狼」だった。


 レイア―ドは校舎の裏の使われていない敷地を占領して柔らかな芝生の上で日々本を読んでいた。雨の日以外の休み時間はずっとここで本を読んでいた。ここは彼の王国であり彼のプライベートルームでもあった。勉強やら読書やら様々なことをここで行っていた。


 この場所は学校側から許可をとれば問題になるようなことをしなければ何をしてもいいというような場所だった。レイア―ドは入学そうそうこの話を聞きつけて一年生で最も早く許可を取り付けた。


 レイア―ドはここに自分の理想郷を作ろうとした。


 まずは地面を整えた。少しデコボコ気味だった地面を平らにして周りは土を耕して花を植えた。ここからは自分の王国だから立ち入り禁止とでもいうように。


 ただならぬ空気を発しているレイア―ドに近づこうとしている者は皆無だった。しかし、皆が皆そうであるわけもなく、一部の例外も存在するわけだ。


「また本を読んでいるのかい。本の虫だね」


 金髪の同級生アルバート・ヴェルナーフェルトだ。その隣には彼の友人であるライ・ヴェルドもいた。


 レイア―ドは目で彼らを威嚇する。すると彼ら二人は何か話し始めた。


「僕は君に興味があるんだ。とてもね」


 ヴェルナーフェルトはそう言った。するとレイア―ドは何を言っているのか理解できていないような顔で彼らを見つめた。


「それで、何の用だ」


 ヴェルナーフェルトとヴェルド、二人に対してレイア―ドはそう尋ねた。すると、彼らは勇気を出したような様子で、こういった。


「数学を教えてほしいんだ」


「僕にも教えられないくらいにひどいんだ」


 ヴェルドが予想の斜め上を行く発言をして、ヴェルナーフェルトはその発言に捕捉した。


「課題がまったくわからないんだ。もし指名されて意味の分からないことを言ったらいじめられるんじゃないかって、怖いんだ。だから、数学が得意なアルバートに頼んで教えてもらっていたんだけど、それでも全くわからなくて。あぁ。違うんだ。アルバートの教え方とかそういう問題じゃなくて僕の出来の問題なんだ」


 早口でヴェルドはそうまくしたてた。要するに虐められたくないから助けてくれないか。ということなんだろう。


 レイア―ドとしても虐められることの辛さは身にしみてわかっている。自分は耐えられるが、耐えられない人もいることに納得するほどそれはかなり厳しかった。


「いいよ。こっちに来て。数学を教えればいいんだろう」


 レイア―ドは彼らを肯定した。レイア―ドから少し離れたところにいた二人も少し安心した様子でレイア―ドの方へ近寄ってきた。


「で、どこが分からないんだ?」


 そう聞くとヴェルドは数学の教科書のあるページを開いた。


 開かれたページを見てレイア―ドが「そこか。そこはなぁ」と解説を開始した。


 かれこれ十何分語ったころにヴェルドはそこの内容についてようやく理解したようだった。


「ところで、コーウェル。君は読書家だね」


 周りに無造作に積まれた数々の本はレイア―ドの読書家っぷりを象徴していた。


「へぇ。これは築城学から数学もか。アッ。これは…」


 ヴェルナーフェルトはとある本をもってレイア―ドにそう言った。


「あぁ。ルソートの議会主義論だ」


「ルソートかい?僕は読んだことはないけど評判はいいみたいだね。でも、曲がりなりにも王家に仕える兵士が呼んでいいものには見えないけど」


 本の題名からしてわかると思うが、ルソートは民主主義者であり共和主義者だった。絶対王制を敷くフランシア王国の兵士がそれを読んでいることなど本来あってはならないことだ。


「絶対的な権力者がいることは問題じゃない。でも、市民にも一定の権利を持たせておくことも重要だと僕は考えている」


「要するに議会を設置しようということかい?」


「要約すればそういうことになる」


 レイア―ドはヴェルナーフェルトの問いを肯定した。


「君は、スペジアにでも行った方がいいんじゃないかな」


 ヴェルナーフェルトはそう言った。


 スペジアとは大陸で唯一の完全民主主義国家だ。議会を設置して市民の権利を限定的に受け入れているブランディウム有無連合王国や海賊同士の会議によって政治を動かすヘルズ海賊共和国はある意味では共和主義であり民主主義かもしれないが観ぜんっではなかった。


「スペジアは個人的にちょっとね。あんな国いつ滅びるかもわからない。地理的に不利過ぎる場所だからね。まぁ、大山脈に囲まれているしうまみもないからもしかしたらずっと生き残るかもしれないけどね」


「となれば、君が目指すことは…」


「あぁ。そうさ。この国を根本から変えることさ」


 レイア―ドにとっての議会主義や民主主義というのは肥大化した貴族たちを弱体化させる手段の一つだった。いつか必ずそれを成し遂げたいと彼は思った。


「もし、君が今の体制を維持したいと考えているのならすぐにここから立ち去った方がいい。そっちの方が安全だし、両方得するだろう」

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