ラグナロク

鯖缶1093

台頭

プロローグ

 グレースト歴1818年のパリスは血と動乱の声で満ちていた。


 鉄の味が広がるパリスは信用が置けるはずの近衛兵と国民それに軍を敵に回して地獄を見ていた。


 バルトスタット大宮殿において甘い蜜をすい、邪知暴虐な行いをし続けてきた王族はレイン・ウェンスタット近衛少佐率いる精鋭近衛兵たちによって捕縛されていった。王は過ちを認め——それが上辺だけのものであったとしても——人民の擁護者であり人民に主権と国家をゆだねると認めた。それが本心かどうかはこの際問題ではなかった。




 豪華絢爛な黄金の間にレイン・ウェンスタットとレイア―ド・コーウェルそして、その副官のアルバート・ヴァルナ―フェルトが足を踏み入れた。前方の方へ地平線のかなたまで伸びているように見えるその間はきらびやかな王族や貴族たちを代表するような部屋であり二代ほど前の国王によってつくられていた。


 後ろから数名の近衛兵たちが後を追ってこの部屋へと入ってくる。どの兵士もこのようなものは見たことがなくまるで子供のように目をキラキラと輝かせていた。


「本当にすさまじい部屋ですね」


 レイア―ドがそういう。二人もそれに同調した。貴族への怒りも含めながら。


「もっと良い国にしなければなりませんね」


 それは希望を含んでいた。王への犯行はこの時代最悪の事象であるとされていた。特に国民が行ったのならばなおさらだ。国民によって王が倒されたということは他の権威主義国家も国民によって国家が転覆する可能性が生まれてしまったということだ。


「ですが、良い国にする前にこの国を保つ必要がありそうです」


 それにウェンスタット少佐が答える。


「えぇ。周辺諸国は我々の行動をよく思っていないようです。聞いた話によれば諸国によって我らの国に包囲網が敷かれる可能性もあるということです」


 その言葉にそのことについて二人ともうすうす感づいてはいたが改めてそう言われるとその事実は思っていたよりも絶望感が大きかった。


 その絶望感を前にしてレイア―ドはこういう。


「なかなか骨の折れる仕事になりそうですね。ですが、怖がることは何一つとしてないのです。なぜなら我々は正しいのですから。それに、怖がっていても何も始まりません」


 これから訪れるであろう苦難を前にしても彼はこういうのだった。


 その言葉は勇気で満ちていた。そしてその根拠のない自信は周りにも感染していった。


「それに、包囲網を汲まれたところで負けなければいいだけです。勝てばそれでいいのです。我々は軍人です。国のために勝つことを考えていましょう。次には名誉の事を考えましょう」


「えぇ。それがいい」「はい。そうですね」


 二人はレイア―ドの言葉に同意した。この人は不思議な勇気をくれると思いながら彼ら二人はこの人ついていこうと決意したのだった。




 ロートベス・ユーティアヌス総督府総統はバルトスタット大宮殿の近くにある大きなレンガ造りの建物の執務室で部下からの報告を受けていた。彼はこの国の権威主義に不満を持っていた国民の代表格のような人間だ。彼によって革命は動かされて、国もまた動かされようとしていた。


「革命は成功しました。周りのやつらは文句ばかり言ってきますが心配いりますまい。何せ貴女様がリーダーなのですから。」


 ゴマをするような声の音色で太った豚のような男が端正な顔立ちをしたユーティアヌス総統にいった。


「そうか。成功したか」


 あまり興味はないように見えた。これは本当に悲願を達成した男の態度なのかと思えるほどには。彼は多くの女性からもらったラブレターを一通づつ開けて読み、一通づつ返信していた。もちろん「僕も好きだよ」などと書くはずもないが、一晩一緒に過ごそうとは書いていた。よほど面倒な性格でもしていない限りその関係は一晩で終わるわけもなくそのまま愛人として金をもらって生きていくことになる。ちなみにそんなことをして金は大丈夫かというと顔が優れた美人を彼直属の部隊が調査して、愛人となっても問題がなさそうな人物のラブレターのみが彼のもとに届くので金の心配はない。少数精鋭の愛人部隊なのだ。


 それはともかく、彼が率いる革命政府は王族や貴族を中心とした国家の幹部を撃破して国家の中枢を掌握したのだ。


 そしてその革命政府のトップである彼はそのまま国家のトップとなる。


 彼は強欲な男だった。権力も手放したくないし、欲にはちゃんと従いたい。


 故に彼は恐怖政治を開始した。


 その先に何があるかも知らずに。

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