第4話「七瀬紫莉、ちょっと考える」
「ねえ、そもそも『女の子が女の子を好きになる理由』って、なんだと思う?」
それまでティーンズファッション雑誌を読んでいた楓先輩が顔を上げて、そう聞いてきた。
その雑誌は今月発売したばかりの人気雑誌『Gir1Lily(ガール・ワン・リリー)』で、私が部室に入ってくる前から読んでいたらしく、まだその雑誌を買えていない私は内容が気になって、彼女の後ろから覗き込んでいた。
丁度今、女子高生の恋愛相談のコーナーに差し掛かっていたところである。
「今日はそれについて考えるの?」
「そうよ。恋愛の始まりには必ず切っ掛けがある。それなら百合の始まりにも、つまり女の子が女の子を好きになるにも必ず理由があるはずでしょう?」
「そりゃあ、まあ、そうでしょ」
「じゃあ、はい! ゆーゆが考える『女の子が女の子を好きになる理由』とは?」
それは難しい質問のように思えたが、結局のところ誰かを好きになる理由はこれだろう。
「……可愛いから?」
「それって顔が良いって事? それとも雰囲気とか仕草が、って事?」
「顔しかないでしょ。普通、女の子の恋愛対象は男の子じゃん、それが何かの間違いで自分と同じ女の子になるわけだから、よっぽど相手の顔が良くないと好きになれないと思う」
「なるほどね。じゃあ、ゆーゆは私の事を好きになる可能性があるわね」
「それはない」
私がきっぱり断言すると、楓先輩は信じられないと言いたげな顔をする。
「どうして? 私は主観的に見ても客観的に見ても、めちゃくちゃ可愛いのに?」
おっと、その発言は全国の女子高生を敵に回しかねない。もし楓先輩が自分のクラスでそんな発言をしようものなら、それが反論する余地のない事実なだけに、クラスメイト達は悔しさと腹立たしさで黙り込んでしまうだろう。
彼女に悪気のない事は分かっていたため、私はあえて突っ込まない事にする。
「だって、楓は女の子じゃん。確かに顔は良いけど、私は別に女の子が好きじゃないし」
「それじゃあ理由にならないわ。ゆーゆも女の子なんだから、自分が女の子を好きになると仮定して真面目に考えないと。この部活動の目的は百合を理解する事よ?」
私は頭を悩ませる。女の子に対して恋愛感情を持った事がないから、自分だったらどういう理由で女の子を好きになるのかなんて想像できない。
「難しいけど、同性だって意識が薄れたら、もしかしたら有り得るかもしれない」
「具体的には?」
「やっぱり見た目の問題にはなるけど、中性的な雰囲気だったり外国の人だったりとか。自分と同じ女の子なんだけど、自分とはまったく違う世界の人間っていうか、次元が違い過ぎて性別にあんまり意識が向かない感じ」
「ああ、憧れみたいな事? 女性のアイドルやモデルを好きになる女子的な」
「たぶん」
「それなら理由になりそうね。同性への憧れ、それを恋愛感情と勘違いしてしまう人がいるって聞くし、中には勘違いじゃなくて本気の人もいるでしょう。同性への憧れを切っ掛けに、私の恋愛対象は女の子なんだ、って自覚する人だっているはずだわ」
同性への憧れ、それだったら私にも分かる気がする。
私にも好きなモデルがいるけれど、それは恋愛感情からではなく、単純に私の好きな可愛さを持っているからに過ぎない。私もこういう風になれたらな、私の好きな可愛さを表現してくれるこの人を応援したいな、そんな純粋な気持ちだ。
「じゃあ、例えばそう、この表紙の女の子から告白されたら、ゆーゆは好きになれる?」
彼女は先程まで読んでいた雑誌『Gir1Lily』の表紙を私へ向ける。
その表紙を飾っていたのは雑誌の看板モデルである立花彩衣(たちばな あい)。艶のある黒髪、ゆったりとした無造作パーマ、目元はややキツそうな感じながらも、目鼻や顔の輪郭に癖がなくて、凛としながらもどこか柔らかい雰囲気だ。高校を卒業したばかりで私達とはそんなに歳も離れていないはずなのに、とても綺麗な大人の女性に見える。
「それは……」
私は即答できなかった。
何故なら、その立花彩衣こそが私の一番好きなモデルだからだ。
中学生三年生の時、親に隠れて初めて買ったファッション誌が『Gir1Lily』で、その時の表紙を飾っていたのは当時十七歳の立花彩衣だった。私は中学生で、彼女は高校生。違いはたったのそれだけなのに、私と彼女ではこんなにも輝きが違う。女の子らしく、自分らしく生きる事はどういう事なのか、それを彼女は教えてくれた。
彼女が蝶蘭女学園の生徒だと知った時、私は親の決めた高校を受験せずに、絶対にその学園に入ると決意した。そういう意味では、親に勉強の事ばかり言われて遊ばせてもらえなかった私にとって、彼女は「今の自分を変えたい」と思う切っ掛けをくれた存在だった。
「……分かんない」
「分からない? もしかして、迷っているの?」
楓先輩は私の答えに驚いているようで、ほのかに興味も抱いているようであった。
「てことは、こういう子から告白されたら、ゆーゆは女の子を好きになる可能性がある?」
「どうだろう。女の子を好きになるって言うよりは、立花彩衣だから迷っちゃうのかも」
「あ~、ゆーゆは立花彩衣のファンなのね」
納得したように頷いた彼女は続ける。
「それじゃあさ、想像してみて、この子とキスするってなったら嫌悪感とかある?」
「えっ! キス?」
言われた事を素直に想像しまった私は思わず赤面してしまう。憧れの存在である立花彩衣は本当に好きだし、彼女とキスできるとなったら案外悪い気はしない。
でも、それは決して恋愛感情から来るものではない。これからの私の人生で何かの奇跡が起こって、立花彩衣と知り合いになる事ができて、実際に告白されたとしても、私はきっと断るはずだ。ただその場で断り切れずに、考える時間を必要とするかもだけど。
「嫌悪感はない。けど、それはやっぱり相手が好きなモデルだからであって、普通の女の子だったらまた話が変わってくるよ。ああ、もちろん、楓とキスなんて無理だから」
「うわ、ショック! 私だって、この子に負けてないと思うんだけどなあ」
楓先輩は『Gir1Lily』の表紙を飾る立花彩衣を睨みつける。
私は『女の子が女の子を好きになる理由』を少しだけ理解できた気がする。普通の恋愛では意識した方が負けって言うけど、百合でもそれは同じようなもので、同性の相手をいつもとはちょっと違う視点から意識してしまったら負けなのだ。
正直なところ、同じ女の子でも立花彩衣だったらキスできるかもしれないと、下らない妄想とはいえ想像できてしまった自分自身に驚いている。
こういう些細な切っ掛けから女の子を好きになっていく可能性があるのだと思って、確かな危機感を覚えた私は、自分の所属している部活動の名前に反抗するように「絶対に百合にはならないぞ」と気持ちを固めるのであった。
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