(7)



 リカルドの行為すべてを受け入れようと、メグは心に決めたが、夜が深まるに連れて緊張していくのは押さえられなかった。

 広いベッドに一人で横たわっていると、どうしても思い出すのは十年前の事。

 たった一度だけの、リカルドとの愛の行為。


 メグは初めてだったし、リカルドもそれを知っていて、ゆっくりと優しく事を進めてくれた。

 素晴らしい経験だった。幸せで、リカルドと身も心も一つになれた気がした。

 短いリカルドとの幸せな時間はその時が最高潮だったと、メグは思う。

 その時を最後に、後はもう転落していくだけだったから。


 あの時のように、身も心もリカルドに愛されたい。

 そう思わないなんて言うのは、嘘になる。


(でも……)


 リカルドに抱かれて平静ではいられない。

 きっと、一方的に攻められて燃え上がらされて、身も世もなくリカルドを求めてしまう。

 そして、娼婦めと嘲られるのだ。


(………)


 そうなっても、耐えられるだろうか?

 リカルドとの最高の思い出を、そんな形で滅茶苦茶にされても、耐えられるだろうか?


 メグは自問自答を繰り返したが、答えがでるはずもなく。

 そして、今更ここから逃げ出すわけにもいかず、ベッドの中でリカルドを待った。


 


 メグはふと目を覚ました。

 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 時計を見ようと顔を上げると、いつの間にかベッドの側に立って、メグを見下ろしていたリカルドと目があった。 


「!」


 無意識のうちに、メグはシーツを胸元に引き寄せた。

 あからさまにメグの体を値踏みするリカルドの視線に気が付くと、頬をさっと紅潮させる。


 だが、リカルドはそんなメグの態度が気に入らなかったらしい。

 シーツを乱暴に奪い取り、再びメグの肢体に視線をはわせる。

 まるでメグを物のように見るリカルドの視線に、メグは自然に両腕を体に巻き付けて自分を守ろうとしていた。


「そんな態度はいい加減にやめろよ。初めてだというわけでもあるまいに」


 嘲笑も露わに、リカルドが吐き捨てる。

 しかし、メグは言葉の内容よりも、彼のろれつが回っていない口調の方に驚いた。


「酔っているの?」

「少しだけだ」


 本当の結婚でないとはいえ、初夜に酔ってくるリカルドの態度に、メグは驚いて言葉を失った。

 しかし、リカルドはそんなメグを無視して、スーツの上着だけ脱ぎ捨てるとベッドの上に膝をつき、メグを強引に押し倒した。

 間近にお酒臭い息を感じて、メグは身震いした。


「リカルド。こんなこと、やめて」

「契約の内だろう」

「お願い、やめて」


 こんな風に、酔った勢いで抱かれるなんて。

 何かのついでみたいに、どうでもいいことのように。どうでもいい女のように。


(でも、それが現実じゃない)


 リカルドにとって、自分は過去に少し関係した憎い女でしかない。

 愛しているから、抱くのでもない。

 男として欲望を感じて抱くわけでもない。

 リカルドは、ただ侮蔑するために抱こうとしている。

 なにもかも終わったあとに、娼婦めと侮蔑するためだけに。


(でも……!)


 酒臭い息がさらに接近し、首筋に唇が押し当てられる。

 リカルドにキスされるだけで、メグの全神経は目覚め、体中でリカルドを感じようとする。

 今も体は否応なく燃え上がり、リカルドの愛撫に答えようと勝手に体が動き出す。

 だが、心はそんな体の反応に着いていけなかった。


 ぎゅっと閉じられたメグの目の端から、涙が止めどなくこぼれ落ちる。


 心を殺すことなど出来ない。

 リカルドに抱かれる喜びを感じながら、リカルドがなぜ自分を抱くのか、その目的を思い、傷つき続ける。

 心と体がバラバラになって、気が狂ってしまう。


 メグはこんなことはやめてくれるように、リカルドに懇願しようとした。

 そして、いつの間にかリカルドが自分に触れていないことに気が付いた。


 すぐ近くで荒い息づかいが聞こえているのに、すぐ近くに熱いぐらいの体温を感じるのに、指一本触れてこないリカルドに、メグはそっと目を開けた。

 メグがリカルドの瞳の中に見たのは、狂おしいまでの情欲とそれを押さえる理性、そしてそれを上回る絶望だった。

 だがそれはほんの一瞬で、リカルドはすぐにメグから目をそらす。


「リカルド……」


 なぜリカルドがそんな顔をするのか、メグにはわからなかった。

 絶望を感じていたのは自分の方で、リカルドは自分を辱めることに喜びを感じていたはずなのに。


 リカルドはメグから顔を背けたままベッドからおりていった。

 そして、そのまま一度もメグを振り返ることなく、静かに寝室を出ていってしまう。

 メグは頬の涙を拭うことさえ忘れ、呆然とリカルドの消えた扉を見つめ続けていた。

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