(2)
他に着るドレスもないので、メグは仕方なくダニエルからプレゼントされていたドレスに初めて袖を通した。
改めて鏡の前に立つと、自分の姿を観察する。
癖のある金髪はボーイッシュに短く切っているが、艶があってそれなりに豪華に見えた。
女性にしては長身で女らしい曲線とは無縁な痩せた体なのだが、綺麗なカットのドレスを着ただけで、それなりに女らしくセクシーに見える。
ダニエルのセンスと見る目は間違いがないようで、プレゼントされたドレスは今までになくメグを女らしく美しく見せることに成功していた。
「やあ。よく似合うね」
そんな自分にしばし見とれ、ノックにぼんやりと答えると、ディナースーツ姿のアレクが気軽に入ってきた。
アレクは持ってきた箱を開けると、中からドレスによく合いそうな華奢なハイヒールを取り出す。
「これは、ダニエルからプレゼント。遠慮なく貰っておくべきだと、俺は思うよ」
と、メグの足下にハイヒールを揃えて置いてくれる。
促されて、メグはおずおずとヒールに足を入れるた。
「すごい。ぴったりだわ」
長身のメグはそれなりに足も大きく、なかなかサイズのあうヒールには巡り会えない。
ダニエルは秘書の足のサイズまで把握していて、こんな短時間で取り寄せたのだろうか。
だがダニエルならやりかねないと、メグは苦笑をもらした。
「アクセサリーも預かってきている。これはさすがにレンタルだそうだけど」
渡されたビロードのケースの中には、豪華なサファイアのネックレスとイヤリングが並んでいた。
メグはためらったが、アレクに何度も促されて、ようやくその豪華すぎるアクセサリーを身につけてみた。
鏡の中、美しく仕上がった自分を、メグはぼんやりと見つめ返すことになった。
「本当にとてもよく似合うよ、メグ。これは、俺の方が忙しくなるかな。君に言い寄る男達を牽制するのに」
「そんなことは……」
くるりとアレクを振り返り、メグは改めて目の前の男性の美しさに息をのんだ。
綺麗な銀髪をすっきりと上げて額を出し、黒のディナージャケットを着たアレクは、まさに伯爵家の貴公子という感じだった。
しかも、アレクはとても背が高く、長身のメグがハイヒールをはいても、彼の方がまだ目線は上にある。
ただそれだけの事なのだが、自分の方が背が低いと思うと、小さくて可愛らしい守ってもらえる女性になれたようで嬉しい。
「本当に王子様ね」
「そんなことを言うのは、ダニエルだな」
と、アレクは顔をしかめたが、メグは微笑する。
「今夜はシンデレラになった気分で、楽しむといいよ」
とは、ダニエルが着替えに行くメグに言った台詞だ。
いつもうつむいてばかりの自分に、今夜だけは魔法にかけられたつもりで、とびきりに美しくなって楽しんでくるといいという意味なのだろう。
「ちゃんと王子様も用意したからさ」
そして、茶目っ気たっぷりに、そう付け足した。
王子様にエスコートされて、今夜だけお姫様気分にひたるのもいいかもしれない。
こんな事は、滅多にあることではないのだから。
ダニエルの個人秘書を長くやっているが、弟のアレクとはほとんど交流はなかった。
秘書になった当時、ダニエルとアレクの仲はよいとは言えなかったし、二人ともそれぞれに忙しく、特にアレクはほとんど屋敷に出入りしていなかった。
ここ数年、特に前伯爵である兄弟の祖父が亡くなってから、兄弟はお互いにちょくちょく連絡を取って交流しており、ダニエルは事あるごとにアレクを屋敷に呼び出そうとすることもあり、メグもアレクと会う機会が増えた。
海軍の英雄と名高いアレクは、その近寄りがたい美貌もあって、メグは最初苦手だった。
あまり社交的ではないアレクの方も、メグに自分から話しかけてくることはなかったのだが、ダニエルと話しているアレクはとても親しみやすく見えて、兄弟の会話に参加させてもらうことで、メグもアレクと自然と会話できるようになった。
英雄だからとか、伯爵家の貴公子だと構えているとアレクも素っ気ないが、自然にうち解けて話をすればアレクも応じてくれることを、メグはすぐに知った。
以来、アレクに対する苦手意識は消えて、今では兄のダニエル同様、アレクのことも大好きになっている。
「私がパートナーなんて、ジェイが怒らないかしら」
ダニエル曰く、『アレクは目の中に入れても痛くないほど、いやいや、目の中に隠して独占しておきたいほど溺愛している』、アレクの恋人のジェイとは、メグも何度か面識がある。
自分とはまるで違って、小柄で華奢で黒髪の巻き毛が可愛らしい、キュートな美人だ。
可愛いだけではなく、とびきりに頭もよく天才と呼ばれる技術者でもある。
それでアレクのような恋人がいるのだから、ある意味、女性なら誰もが一度は憧れるような人ではないだろうか。
「怒ったりはしないよ。まあ、多少、すねるだろうけど」
「大変。私、ジェイにちゃんと言っておくから」
「大丈夫。あの黒猫は、ちょっとすねてみせるのが習慣みたいなものなんだから」
そう言うアレクの目は、楽しそうに笑っている。
どうやら、ここは心配したり謝ったりするところではなく、ごちそうさまでしたと言うのが正しかったらしいと、メグは微笑んだ。
「少し踊ろうか。その方がよさそうだ」
ちらりと周囲を見回して、アレクはメグに手を差し出した。
どうやら、アレクに話しかけようと機会を狙っている人々が増えてきたらしい。
ダンスに出ると目立つが、話しかけられることはない。
メグは頷いて、アレクの手に手を重ねた。
アレクとのダンスは、メグを本当にお姫様気分にさせてくれた。
抜群にダンスの上手なアレクはリードの仕方も最高で、メグはまるで自分もダンスが上手になったような気分で、ふわふわと身軽に踊ることが出来た。
しかも、周囲から羨望と賞賛の視線を痛いほどに感じる。
それらすべては、自分に特に価値があるわけではなく、アレクと一緒だからだとわかっていても、心を浮き立たせてくれた。
こんな華やかな気分になったのは、どれぐらいぶりだろう。
どびきりのドレスを着て、最高のアクセサリーで自分を飾り、女性なら誰もが憧れるような魅力的な男性にエスコートされ。
ダニエルに指摘されたとおり、メグはずっと自分の中の女を押し殺して生きてきた。
十年前、自分の女としてのエゴやわがままのせいで、心から愛していた人を傷つけ別れて以来、その罪悪感と自己嫌悪でそうせずにはいられなかった。
女としての幸せをすべて放棄することで、傷つけてしまった人への償いをしているのだと思うときもある。
『今夜はシンデレラになった気分で』
時に驚くほど、ダニエルはカンがいい人だ。
深い意味はなく彼は言ったのかもしれないが、その言葉がなければ、メグは今こうしてアレクと一緒にダンスなどしていなかっただろう。
メグは魔法をかけてくれたダニエルに、心の中で深く感謝していた。
「メグ。ちょっと聞きたいんだが」
メグの肩越しに何かを凝視していたアレクが、そちらに視線を向けたまま口を開いた。
「リカルド・レオを知っている? ホテル王の」
その名を聞いた途端、メグにかかっていた魔法は瞬時に消え失せた。
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