第74話 室長の憂鬱

ここ最近はどんなに任務で遅くなっても、家に帰って寝ることにしている。王立研究所の職員や特務室の部下たちは当たり前のように研究所で寝泊まりしているが、私は家に帰る。


反神の民が怖いからだ。


反神の民。反逆の民とも呼ばれる奴等が王都に現れたのは一年ほど前。


突然王城に現れ、加護持ちの近衛達を奴等のいう洗礼でねじ伏せ、王に取り引きを持ち掛けた。


"神ノ力ガ欲シケレバ、我等ニ安住ノ地ヲ"


神様に反逆した種の末裔、反神の民が神様の力を?


王は鼻で笑ったが、それは奴等の持ち込んだ召喚オーブで打ち消された。神の化身が封じ込まれ、圧倒的な神威を放つそれは王を虜にした。


実際、その力は凄まじかった。王家と対立していた侯爵軍は召喚された神の化身によって1日、いや一刻で地上から姿を消してしまった。


調略を好み、拡大路線だった王は神の化身を戦略兵器に位置付けた。我々は空の召喚オーブと加護持ちを集める任務に就いた。


「気味の悪い奴等だ」


空になったグラスにまたワインを注ぐ。上等な筈のワインはただ喉を通るだけで、何の味わいもない。


「アレは本当に人なのか」


研究所で見た洗礼具、奴等の頭蓋骨を思い浮かべる。子供が悪ふざけで作ったようなそれは、加護持ちから加護を抜いてしまう。そして加護は召喚オーブに逃げ込む。


別にしゃれこうべだけが特別な訳ではない。奴等の身体は例え髪の毛一本でもあれば、加護持ちを無効化してしまう。


「……奴等の洗礼が効かなかった男」


黒いボロの報告を思い出す。神様の寵愛が深い程、洗礼の効果が薄くなることは分かっている。とはいえ、誤差の範囲だ。黒いボロが身を引くなんてことは初めてだ。


「そろそろ、神罰が当たるかもしれないな」


グラスにワインを注ごうとしたが、もうボトルは空だ。もう一本。書斎の椅子から立ち上がろうと──


「誰だ!」


気配を感じて声を上げるが返事はない。気のせいか?


「……」


どうやら飲み過ぎたようだ。今日はもうやめておこう。


椅子に座り直した途端、机の通信の魔道具が光り始めた。この光り方は……緊急事態だ。

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