第44話 決戦・なすべきこと

「なんとか勝ちましたね」


 馬を飛ばして本営へ帰参キサンしたガリウスが私とカイそしてナラージャの下へ、よろいかぶとを脱いだ姿で、返り血と全身からき出す汗とを拭いながらやってきた。

 顔を紅潮コウチョウさせて息を弾ませるガリウスが近寄ってくる。


「なんとか、な」


 私の心はいつもの戦後同様かげっていた。

 これだけの大勝にもかかわらず、奪ってしまった敵兵の命に対する自責の念を強く感じている。


「軍師殿もご苦労様です。見事な運用でした」

 ガリウスは察したのかカイへと話題を振った。


「あのくらいは序の口さ。俺が本気になればもっとすごいぜ」

 押し黙る私に気をつかったのか、カイは軽口を叩いている。


「皆様、お疲れ様です」

 ラフェルとユーレムも並んで本営へと帰ってきた。

 ガリウスとカイはその問いかけに応えていった。


 そのさまをながめながら、ただ、なにかしなければならない衝動がいて出ている。


「これで帝国軍もとうぶん攻めてこられないでしょうね」

 ラフェルがカイに問うていた。


「三倍の軍勢をもってしても勝てないとなれば、帝国も相当の準備を整えなければなりませんからね」

 ユーレムもそれに続く。


 二人の興奮する顔を見て、にやけながらカイは答えた。

「ま、二人の気持ちもわからんではない。これだけの大勝だしな。この俺のおかげで」

 そばで見ていたガリウスも加わって四人はいっせいに笑いだした。

 戦う前の張りつめた空気も今はない。

 奇跡の大勝タイショウに浮かれるのもいたし方ないところだろう。


 あいかわらず暗い表情のままである私に気づいたのか、ガリウスがそばに近寄ってこようとする。

 そのとき、しなければならない衝動の正体に気づいた。


「ガリウス将軍とカイ軍師に頼みがある」

「なんでしょうか?」

 ガリウスが素直に聞いてきた。


「武具防具は宿営地に残したままとし、兵士は兵車にめて逸早いちはやく王都へと凱旋ガイセンしてほしい」


「ミゲル長官閣下カッカはどうなさるおつもりで?」

 カイの問いかけに、衝動の正体を語って聞かせる。


「残った兵車を使って、帝国軍の戦死者を帝都へ送り届けるつもりだ」

「いけません、長官閣下カッカ!」

 ガリウスの叫びが耳を突く。

 カイも慌てて声を上げる。

「戦場で二万の兵をあなたに殺された帝国軍が、あなたを許すはずがありません。帝都へたどり着くことなく殺害されてしまいますよ!」


「それならそれでかまわない。次の軍務長官はガリウス将軍にたくしておく。私が帰らなければそれを名目に帝国軍と一戦交えてもよい。少なくとも、私は死者二万の責任をとりたいだけだ」


「まぁミゲル軍務長官閣下カッカの護衛は俺たちの中隊が務めますよ。どうせ長官閣下カッカだけで残りの兵車は操れませんしね」


「ナラージャ、いいのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」


「少なくとも私は死にませんよ。伊達に“無敵”は名乗っておりませんので。そしてわが中隊もたとえそれぞれが百人を相手にしても生き残る自信のあるやつばかりです」


 俺の考えを読んでいたのか、カイが尋ねてきた。

「死者二万の責任。それだけではありませんね。なにか別の腹積もりがおありのようです。それがなにかはわかりかねますが、きっとあなたならげてくれる、そして無事王都へ戻ってくると信じております。どうぞ、ミゲル軍務長官閣下カッカの思うとおりになさりますよう」


「皆、すまない。ではガリウス将軍、カイ軍師。凱旋ガイセンを委ねる」




 ナラージャ中隊の面々とともに帝国軍の死者の装備を外して戦場に残った兵車へ載せていく。

 二万の死者の何割かは帝国軍が運んでいったようだが、それでも打ち捨てられた遺体イタイが山のように残されていた。


 五百名のナラージャ筆頭中隊がふたりずつで作業してそれぞれ約八十名を詰め込む計算だ。

 これだけでもかなりの重労働をいられた。


 ナラージャと組んで亡骸なきがらを兵車へ運んでいる。

「ミゲル長官閣下。わけを知りたいのはやまやまですが、生きて帰れると本気でお考えですか?」


「帰れる帰れないは考えていない。ただ、殺された兵の無念さを思えば、このくらいのことをしなければなぐさめにもならないからな」


「あなたは本当のねらいを隠しておいでではないですか? カイ軍師が感じたように、私もそう感じているのです。ガリウス将軍にもカイ軍師にも教えられない、あなたの本当のねらいです」


「やはりお前に隠し事はできないか」

「あなたが道理から外れた行動をとろうとするとき、必ずなにか隠し事をひとりで実行しようとしますからね。中隊長の頃からあなたは私の上官であり続けたのです。第一の部下としては、仕えるべき上官の感情は手にとるようにわかりますよ」


 全員が帝国兵の遺体イタイを運び終えるのを待って、ナラージャ筆頭中隊の全兵士の前で心の内を開陳カイチンした。


「相手が、つまりレブニス帝が乗ってくればの話だが、講和に持ち込むつもりだ」


 この言葉にその場にいた者は全員きょとんとしてしまった。


 赫々カクカクたる戦果である。

 通常なら相手に降伏を求めてもよい展開だ。

 それがなぜに講和なのだろうか。そういう顔をしている。


「このまま戦いを続ければ帝国を滅ぼせる状況で、なぜ講和なのですか? まぁ言わんとしていることはわかりますがね。ここにいる多くの者はに落ちないでしょうな」

 ナラージャの言いたいこともわかる。


「今回の敗戦で帝国はとうぶん攻めてこられないだろう。わが軍にカイ殿というすぐれた“軍師”がいるかぎり」

「まぁ今回のいくさの推移を見て、なお“軍師”に勝てる策が帝国軍にあるのかどうか。力量の差を見せつけられた形で、あの“巨魁キョカイ”大将、いや軍務大臣か。やつが“軍師”を超える戦術を考え出すにも時間は必要だろうしな」


「今後帝国は迂闊ウカツに攻めてこられない。ならばこそこちらも帝国へ攻め入る考えのないことを示すべきだ。これで両国は平和を手に入れられる」


 どうにも納得のいかないナラージャが聞き返した。

「今回の戦果をかんがみれば、降伏を要求することも可能ではないか?」


 ゆっくりと首を横に振った。

「いや、それではたとえ和平となったとしても、帝国民に屈辱感が残るだけだ。訪れた平和も長続きしないだろう。恒久的に平和を維持しようと思うのなら、ここで講和して双方が剣を収め、対等の立場にならなければ意味がない」


 筆頭中隊の兵士たちに、そして自分自身に言い聞かせるように言葉を続ける。

「そもそもなぜ王国と帝国とは戦火を交えるのか。百二十年にもなろうとする因縁インネンとここ“中州なかす”の穀物を得るためであろう。“中州なかす”は収穫物を公平に分け合う仕組みがあれば足りること。残るは因縁インネンだけだ。王国が大勝タイショウした今、もし王国側からその因縁インネンを断つと宣言すれば帝国はどう出てくるだろうか」


「対等の立場にいる者から、これからは仲よくやろうや、と言われれば悪い気はしないな」

 その言葉にうなずいた。

「勝者はつねに寛大でなくてはならない。相手から抵抗する力を奪い取るだけでは駄目なのだ。それでは時が経って相手が力を回復させたときにまた争いが起こる。だが、相手の主張をみとるだけの度量を示せば、あえて牙をこうとすることもなくなる。恒久的な平和が実現できるのだ」


 今講和すれば平和はすぐにでも手に入る。

 この機を逃してはそれもかなわないかもしれない。


 平和を降伏によってもたらすべきか、講和によってもたらすべきか、ここにいる誰もが考えなければならない。


 静寂があたりを包む中で、ひとり顔色を改めたナラージャが口を開いた。


「王国にはカイ軍師よりも貴重な人材がおられます。それはミゲル軍務長官閣下カッカ、あなたです」


 その一言には戸惑いを覚えざるをえない。

 戦争の天才であるカイ以上に自分が貴重だと言われても、その理由が思い当たらないのだ。


「“軍師”は確かに戦術と構想にすぐれています。しかし、あなたは軍の統率運用のほか政略にも長けていらっしゃる。人々を平和へと導く才能がおありなのです。これ以上に得がたい才能はありますまい。俺たちにはそれがないため、皆頭を悩ませながらも戦うしかないのです」


 背後へと回り込んだナラージャが俺の背中をひとつ叩いた。

「あなたのしたいようにされるといい。これは王国の軍務を司るあなたの仕事だ。それで両国民は平和に暮らせるでしょう」


 振り返ると、穏やかな表情をたたえているナラージャの手を固く握った。

 そして帝国軍へと急使を走らせる。


 私たちは帝国兵の遺体イタイせた兵車を馬たちにかせながら帝都へと進みだす。


 となりで手綱たづなをとるナラージャに向かってつぶやいた。

「問題は帝国が講和に応じてくれるかどうかだが……」


 ひとつ残る疑念を口にした。それを聞いたナラージャは即答する。

「心配には及ばないでしょう。クレイド軍務大臣も皇帝も有能な人物です。講和を こばめば降伏か滅亡に追いやられることくらいは察してくれますよ」


 急使を発した方向へと思いをせた。



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