第10話 昇格・将軍、先鋒を争う

「ところで、先鋒センポウはいかがなさいますか、閣下カッカ


「まさか、この若造わかゾウどもにえある先鋒センポウを任せるつもりではあるまいな、カートリンク」


 アマムの軽口にアダマス将軍が合わせる。


「三十にも満たない新米将軍は過去に例がない。先鋒センポウを任されたらチビってしまうのではないかな?」


「おしめもとれぬ歳ゆえにな」


 “肉まんじゅう”と“武神”がはばからず大声をあげて笑いだした。


 そんな様子を見ていたじいさんが口を開く。


「クレイド大将個人のを考えれば、先鋒センポウはアダマス将軍かソフォス将軍が妥当ダトウだが──」

「待て待て。以外に先鋒センポウにふさわしい者はおらん。このアマム様にかかれば、単に腕っぷしの強いだけなやからなぞ手玉にとってくれるわ」


「アマム将軍。それなら先のいくさで七名の将軍がち取られる前にお願いしたかったですな」

「まったく」


「あれは聞き分けのないタリエリが悪いんじゃ。あやつがの命令を聞いておればあんなことにはならなかったんじゃ」


 その言葉におれとガリウスは思わず立ち上がってしまった。

 俺はアマムの野郎をどやしつけるために。

 ガリウスはそんな俺を止めるために。


 その空気を察したじいさんが話をすり替えた。


肝心カンジン先鋒センポウだが、クレイド大将のをひとりで受け持つのは危険が大きすぎる。そこでアダマス将軍とソフォス将軍を先鋒として並べ、つねにお二人でクレイド大将を押さえていただきたい」


「だから先鋒センポウを任せればよいのじゃ」

「アマム将軍はクレイド大将にをお持ちでしょうか?」


「腕っぷしのいいヤツとを競ってもムダじゃ。とくに大将ひとりが強いのなら、軍のどこかに弱点をめているもの。そこを突いて数を減らしていけばよい」


「その意見はごもっともですが、貴殿キデン先鋒センポウとすればクレイドは間違いなく真っ先に将軍を倒しに来ますぞ」


「だから、先鋒センポウになりたいヤツは全員先鋒センポウでよいのじゃ。アダマス将軍とソフォス将軍と先鋒センポウを務めれば、クレイドがを付け狙うスキに残るふたりがクレイドを両脇から倒せるわ」


「そのようなおいしい話に私を入れないとは。ぜひ私も先鋒センポウに加えてくれ」


 タクラム将軍までもが先鋒センポウを名乗り出てきた。


「それならば妙案ミョウアンがある。先鋒センポウケイらの四名で務めるのじゃ。その後ろにイングスとトロミノを置けばよい。カートリンクはそこの若造わかゾウどもを指揮して後方でわれらの手並てなみでも見ておれ。若造わかゾウども、実戦での大隊の率い方を特等席でおがませてくれるわ」


 この案にじいさんが悩んでいるようだ。


 確かに前線にアダマス将軍とソフォス将軍をそろえれば、さしものクレイドといえどこのふたつの大隊を無視できまい。そこにスキを作る意味でもアマムの野郎やタクラム将軍を置いて誘い込むのも一手ではある。しかし、その布陣フジンには弱点も──。


「よろしい。アマム将軍の提案を受け入れましょう。先鋒センポウは左からアマム将軍、アダマス将軍、ソフォス将軍、タクラム将軍と配置します。その後ろにイングス将軍とトロミノ将軍を控えさせ、私は最後尾で側背ソクハイからの反撃に備えます。ガリウス将軍とミゲル将軍はまだ半年間の演習を終えておりません。わが大隊に組み入れて適宜テキギ戦場に投入致します。これでよろしいか」


 将軍ではおれがいちばん年下だ。

 たとえその布陣フジンが危険であっても、それを具申グシンすれば“臆病オクビョウもの”のそしりはまぬかれまい。

 渋々しぶしぶだが了承するほかなかろう。


 もしクレイドがこの陣形ジンケイの弱点を看破カンパしたら、すべての将軍が参加するわが軍は、回復不能な致命傷チメイショウを負いかねない。


 じいさんに今それを伝えられないのがもどかしい。


 クレイドがすでに軍を動かそうとしている。

 これからただちに各将軍は麾下キカの大隊をそろえて戦場への先着争いが始まる。

 先着順に国王陛下から恩賞オンショウがもらえるため、これまで早足のタクラム将軍が数多く先着している。それは両手の指輪が証明していた。


 だれにも邪魔ジャマされずじいさんへ進言するには、戦場で布陣フジンが整ったのち、となりそうだ。

 それでは遅すぎるのだが、今、発言して各将軍の不信を買っても無意味だ。


 とくに前衛を務める四将は、陣形ジンケイの変更など主張しようものなら「手柄てがらを横取りする気か」と激しくめ寄ってくるだろう。


 おれに全将軍を納得させるだけの実績があれば……。


 今それをやんでも仕方がない。

 クレイドが気づきさえしなければ、案外あんがい王国軍がクレイド軍を完封できるかもしれないからだ。


 しかし敵失テキシツに期待するのは「戦術」とは呼べない。

 「作戦」ですらない。


 ただの「かみだのみ」だ。


 古来「かみだのみ」で勝った軍を、おれは知らない。


 士官学校で習った指揮シキケンの教科書にも「かみだのみする軍は戦う前から負けている」と書かれてあったくらいだ。

 さらに王国の戦史をひもいても「かみだのみ」をした異民族や帝国軍が、王国の統制された軍隊の前に敗れ去った事実が収められている。

 今回は王国軍側が「かみだのみ」して帝国のクレイド軍と対決しなければならない。


 ただでさえ個人のにおいては帝国随一ズイイチと目されるクレイドが相手なのだ。


 じいさんの期待どおり、アマムの野郎に気をとられたクレイドの側面からアダマス将軍とソフォス将軍が襲いかかれば、いかにクレイドが一対一に強くても倒せるかもしれない。


 だが、変に個人のが強いと、戦うときも多数でひとりを攻めるなんて選択センタクはできないだろう。

 他人からは卑怯ヒキョウものの戦い方に見えるからだ。

 ソフォス将軍なら多対一でも頓着トンチャクしないだろう。

 しかしプライドがきわめて高いアダマス将軍は、けっして多対一は選ばない。

 必ず一騎イッキちでの勝負を挑むはずだ。


 戦場で仮にクレイドとアダマス将軍が一騎イッキちとなっても、全兵力は激しくぶつかりあいコク一刻イッコクと状況を変えていく。

 大将であるクレイドを即座に倒せなければ、クレイド自慢ジマンの騎馬中隊がわが軍の布陣フジンで最も手薄てうすなところへ突撃してくる可能性もある。

 それこそ、クレイド軍の最も恐ろしいところなのだ。


「異論がなければ、この戦術でクレイド軍と対決する。これより謁見エッケンにて陛下へ出陣シュツジンのご報告を致す。その後ただちに各将軍は大隊を召集していつでも出陣できるよう待機されたい。到着順で陛下から恩賞を授かる栄誉を与えられる。各自準備を急ぐのだ!」


 おう!


 居並いならぶ将軍は意気イキ軒昂ケンコウに軍務長官執務室を飛び出し、謁見エッケンへと急いだ。


 はたして、あの中からどれだけの将軍が生きて帰れるのだろうか。



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