・馬育成スキルを使ってチート馴致をしよう

 3月上旬――このホッカイドーでも南部にあたるこの地に本格的な雪解けがやってきた。

 俺は去年生まれた子馬たちに、こちらの世界ではだいぶ早いそうなのだが、競走馬としての基本的な教育、馴致じゅんちを始めた。


「馬育成スキル発動……。よし、タロウ、今だけお前の成長効率は3倍だ、短期集中で気合い入れてけよっ。良血のエリートどもを見返してやるぞ」


 騎士団の馬たちの大脱走を招いたのは、このスキルの影響によるところが大きい。

 俺の馬育成スキルは、馬の身体能力だけではなく賢さを大きく伸ばす。


「うんっ、ボク、バーニィのために立派な競走馬になるよ!」

「へへへ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」


 子馬の知能を高めてゆけば、ただそれだけでも良いレース運びをしてくれる競走馬になってくれるだろう。

 俺は鹿毛のタロウの首を撫でて、彼がトラックコースを駆けてゆくのを見守った。


「俺もバーニィ好き!」

「俺も俺も! 早くバーニィを背中に乗せられるようになりたい!」


 うちの牧場で育てている1歳馬は7頭だ。

 生後約1年のその身体はまだ人間を乗せるのには小さい。


 俺はトラックコースでがんばるタロウを横目に、他の子馬たちの背に鞍を乗せて、言葉を交わしながらトレーニングの意図を伝えた。


「いいかお前ら、これは鞍だ。人間のケツとお前らの背中は、この鞍がねぇとどっちも大変なことになる。だからこれを背中に付ける。わかるな?」

「うんっ!」

「ボクたち、早くバーニィを乗せられるようになりたい……!」


「で、こっちはハミな。お前らの口に付ける。俺とお前らが一体となって走るために必要だ。最初は慣れねぇかもしれねぇが、ちょっとずつ慣れてくれ。お前らの選手生命に影響するくらい大事なところだ」


 しかしなんでだろうな……。

 前からそうなんで慣れちまってるんだが……どうしてか、俺ぁ牝馬より牡馬に好かれるみたいだ。


 放牧地の柵の中で、牝馬たちに遠巻きに見られながら牡馬に囲まれるのはどこか釈然としねぇ……。

 牝馬ども、お前らはもっとこっちにこい。雌馬の尻なんて撫でる趣味ねーからよ。


 俺は子馬たちに囲まれながら、まるで青空教室の先生みたいに人を背中に乗せる技術のABCを教えていった。


「やっぱりバーニィ兄ぃだっ、ただいまーっ!!」

「おう、タルトか、お帰り。お前さんは今日もやたら元気だな」


「まあね! それよりバーニィ兄ぃ、また馬たちと喋ってたのー?」

「前にも言っただろ、俺は馬と喋れんだよ」


「あはははっ、また嘘ばっかついてるー!」

「嘘じゃねーよ」


 ちくしょう、覚えてやがれ。バッチリこいつらを馴致して信じさせてやるからな。


「てかカバン置いてきたら、手伝ってもいいっ!?」

「宿題終わったらな」


「わかったっ、約束だよ、バーニィ兄っ!」

「ズルすんじゃねーぞ」


「するわけないよーっ。だってあたし、獣医さんになりたいんだもん!」

「立派な志だな。がんばりな」


「うんっ、あとでね、バーニィッ!」


 こっちの世界のガキは大変だな……。

 学校行って勉強して、家に帰っても勉強して、それでも足りないって言われるくらいだ。


 タルトの赤髪をポンポンと撫でてお別れすると、子供扱いすんなと蹴られた。

 やかましいのが去っていったので、俺たちは青空馴致教室を再開していった。


 普通なら言葉の通じない子馬に、あの手この手で馬具に慣れさせる作業だが、俺にはなんの障害にもならなかった。


「んじゃ、タカシ! タロウと交代してトラックを5周してこい! ハナコ、お前は次だ、体力作りも一緒にやってくぞ!」


 こっちの世界からすりゃイカサマまがいかもしれねぇが、俺は俺流の方法で馬たちの馴致を進めていった。


――――――――――――

 牧場の子馬(平均値)

  賢さ  D→B

  スピードE→D

――――――――――――


 馬具に対する抵抗なく、スムーズに育て上げることに成功した。

 馴致の進んでいる馬は馬主の評価が高くなる。これをきっかけに馬主と知り合えれば、現役競走馬を任せてもらえる可能性が出てくる。


 まだまだ牛歩の歩みだが、着実に前進していた。


・異世界から来たおっさん騎士、馬主と出会う


 三月下旬――ついにエナガファームのお得意様、馬主のタマキ氏がやってきた。

 シノさんとはかねてよりそういう約束だったので、子馬の紹介と一緒に俺も紹介してもらうことになった。


「ほう、もうここまで馴致が進んでいるのかね。どの子も健康そうな馬体で、なかなか粒ぞろいがいいではないかね。昨年のセールの売れ残りとは、とても思えない」

「ええ、あのセールで一頭も売れなくて、うちの牧場は大ピンチだったんですよー♪」


「シノくん、そこはもう少し危機感を持ちたまえ……。心配になるよ、私は……」

「ふふふー、そうなんですねー♪」


「おおっ、特にあの子がいいな……! ノーアルコの00、あれは重賞を取れるかもしれない……ううむ、これは秘書と相談だな……」


 タロウは特に飲み込みがよかったので、それだけ馬育成スキルの好影響を受けてくれていた。

 しかしシノさんはいつ俺を紹介してくれるんだろうか……。


 俺は柵の陰に身を隠したまま、彼らのやり取りを見守った。

 いやまさかシノさん、本気で俺のことを忘れていないよな……?


「はいはいー、では家の方でお茶でもご一緒ー、あ……っ」

「そりゃねーでしょ、シノさん……」

「おや、そちらは外国の方のようですな……?」


 本気マジで忘れられていたようなので、俺は自主的にタマキさんの前にやってきた。


 彼は独特の風貌をしている。

 まるで映画の登場人物のように古風な帽子と、丸眼鏡をかけたやさしそうなお爺さんだ。


 馬主という時点で超金持ちだというのに、威張り散らさなくて気さくなところが好印象だった。


「ごめんなさい、バニーさん……。私、すっかり忘れてましたー……」

「だと思ったよ……。あ、ども……」


「えっとー、タマキさん。こちらバーニィ・リトーさんです。馴致はほぼ全部、このバニーさんがやって下さったんですよー」

「なんとこのレベルの馴致を君一人でかね……っ!? それはまた、たまげたよ!」

「まあそんなようなもんで。じゃなくてすみません、ジャ、ジャパンゴ、ムズカシイナー」


 こっちの世界の金持ちに対して、どういった態度を取れば正しいのかと俺は戸惑った。格上の王侯貴族に対する言葉づかいは、どうもこっちでは大仰すぎるような気がした。


「日本語がお上手ですな」

「あ、いや、そこは……」


 そこはなんでかわからんが、あっちとこっちは同じ言語みたいなんだよな……。まあ、意志疎通が全く出来ないよりはずっといいけどな。


「いやそれにしても素晴らしい仕事だ……! あの子馬たちを見たまえ、去年とは見違えるような姿だよ!」

「ありがとうございます。まさかそこまで気に入っていただけるとは……」


 タロウと目が合うと、あいつは得意げに放牧地を走り出して、柵を周囲をグルリと回って戻ってきた。

 いかにも賢いその姿に老紳士は大喜びだ。この人はよっぽど馬が好きなんだなと、俺は彼に好意を覚えた。


「私はここの先代からの付き合いでね、今の厳しい窮状に心を痛めていたものだが、君がいれば頼もしい。バーニィくん、どうかこれからもエナガファームをよろしくお願いするよ」


「ええ、もちろんです。ですが、実はちょいとだけタマキさんにお願い・・・があって、そこのシノさんに紹介してもらう予定だったんですよ」

「ふふふー、ついー、お茶のことで頭がいっぱいでー、ごめんなさいねー♪」


 シノさんが大らかなのは今に始まったことではない。

 シノさんがこういった性格でなければ、俺は不法侵入者として警察に突き出されていただろう。


「はて、何か私にようかね?」

「実は俺、ジョッキーになりたいんですよ。いや、待って下さい、言いたいことはわかります。こんなおっさんがジョッキーになりたいとか言っても、そりゃそうでしょう」


 こっちの世界の騎手を見たときは、やたらに身体が小さくて驚いた。

 あそこまでストイックに身体を絞る連中相手に、こんなでっかい身体したオヤジが対抗できるとは、普通は思わない。


「だけどバーニィさん、本当に凄いんですよ。バーニィさんの手にかかれば、どんな牡馬も猫ちゃんみたいになっちゃうんですよー?」

「ちょ、ちょっと、シノさん……わざわざ雄にばっかりモテるなんて情報、与えてもしょうがないでしょう……?」


「あらー、そうかしらー? 同性に好かれるおじさんって、素敵ですよー?」

「ふむ……確かにルールは緩和されたが、ジョッキーにしては君は、大きすぎないかね?」


「いやいや、これでも俺は元々騎士――ではなく、見た目より軽いんですよ、俺」


 証明に軽くバク転を3回続けてやって見せた。

 だてに異世界で重鎧をまとって生きてきていない。鎧を脱ぎさえすれば、こっちの騎手にだって俺は負けない。


「お、おおっ……!?」

「あら凄い♪」

「タマキさん、放牧地にタマキさんの馬が今きていますよね」


「ああ、メイシュカクツル号のことかね?」

「そうそう、そんな変な名――カッコイイ名前のあの馬です。あれにちょっと乗せてもらってもいいですか?」


「ほほほ、遠慮はいらないよ、みんな私の馬を変な名前と言うからね。よかろう、君の実力をこれから見せてくれるかね?」

「タマキさん、アンタ俺の世界の王様より話わかるぜ」


「ふむ、君は国王のいる国からきたのだね」

「まあそんなところですよ」


 メイシュカクツル号。競争成績は17戦2勝、1000万エン級。数え年で4歳を迎えた古馬だ。

 俺はレースに出られるかもしれないとはやる気持ちと一緒に放牧地に駆けていって、草をはんでのんびりしていたカクツル号の背にまたがった。


「いくぜ、カクツル!」

「悪ぃなぁ、バーニィ。俺があと1歳若かったらなぁ……」


「お前の実力なら一緒に3歳クラシック目指せたかもしれねぇな。けどそういうこと言うなよ、お前さんのおかげで、やっとチャンスがやってきたんだ。頼りにしてるぜ」


 俺は馬を軽く駆けさせて、牧場のトラックへと向かった。

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