・騎士団最強のおっさん、追放される

 騎士団の庁舎に呼び出された時点で、なんかこう嫌な予感はしてたんだわ。

 まあ前々から睨まれていたしな。お前が気に入らねぇって態度を、向こうは隠そうともしていなかった。


 それでも俺が堂々と騎士団で胸を張っていられたのは、今が戦乱の世だからだ。

 騎士団最強と揶揄される男を、わざわざ追放するバカがいるわけねぇ。……そう思っていた。


「は……?」

「ショックのあまり聞こえなかったか? 本日付けで貴様を騎士団より除籍する」


 いくつもの回廊を持つ荘厳で美しい庁舎、その貴族趣味な東屋にて、高慢ちきのエルスタン・シバルリー騎士団長の言葉が響き渡った。

 金髪、碧眼、長身の威風堂々としたたたずまい・・・・・とは正反対に、残忍な顔が口元をひきつらせて俺を凝視していた。


「下民の貴様には意味がわからなかったか? バーニィ・リトー、貴様は首だ」

「……はぁ?」


 俺の頭の中では動揺や失望、悔しさよりも疑問の方が勝った。

 騎士団最強と揶揄される男を首? バカかコイツ……。


「泣こうが喚こうが決定は決定だ。この騎士団領より出て行ってもらおうか」

「まあ、話はわかったけどよ……。んなことして、お互いなんのメリットがあんだよ?」


「メリット? ははははっ、華麗なるこのシバルリー騎士団から平民の血を排除出来るではないか! これ以上の利益があるか? いやないな!!」


 エルスタン・シバルリー団長。俺たち騎士を束ねるシバルリー辺境伯の次男だ。

 騎士と騎士の集合体である、このシバルリー騎士団領の支配者でもあった。


「いや、けどよぉ……。俺が抜けたら、ぜってー面倒なことになんぞ……?」

「ならない」


「いやなるって。止めとけよ、お坊ちゃん」

「エルスタン騎士団長様と呼べ!」


「俺たちは同じ騎士だろ、上も下もあるかよ」

「貴様は準騎士! 俺は名門シバルリー家の正騎士! 身分が違うのだ、身分が!」


「そのセリフ、他の貴族様相手に言ってみろよ。最悪は一生口聞いてもらえなくなるぜ」


 平和な時代ならまだしも、今は戦乱の世。爵位の上下は実力に直結しない。

 辺境伯の弟だからとふんぞり返っているバカは、相応のバカとして扱われる。少なくとも俺たちの文化圏ではな。


「口の減らないやつめ……。貴様の代わりなら既に見つかっているのだっ、ゴリアテ、出てきていいぞ!」

「へ、へい、騎士団長様……。ど、どうも、バーニィ様……」


「ソイツに敬語は要らんと言ったはずだが?」

「だ、だけどぉ、エルスタン様ぁ……バーニィ様は、とっても立派なぁ……」


「ええい、もう黙れっ! どうだ、バーニィ、貴様の代わりが見つかったぞ!」


 鋼のゴリアテ。平民出身の徴用兵から、武勇一つで王の近衛兵まで成り上がった男だ。

 エルスタンは引き抜いたその男を、俺の代役に充てるつもりらしい……。


「あのゴリアテが俺の代わりな……。そりゃ、武勇は認めるが……」

「あ、ありがとうございますだ、バーニィ様っ」

「様を付けるなと言っているだろう、このバカ犬が!!」


「バカはお前だろ、エルスタン。頼むから他の騎士たちのためにも、先言を撤回してくれよ。俺も聞かなかったことにするからよ」


 隣国のカウロスから、騎士団を抜けないかとしつこく誘われたことがある。

 このシバルリー騎士団を首にされたところで、こっちは別に転職先には困らねぇ。


「エルスタン様だっ! 下民ごときが俺にため口を利くなっ!!」

「けどよ、エルスタン様。俺がいなくなったら馬たち・・・はどうするんだ?」


 俺には持って生まれた持ち腐れスキルがある。それは『馬育成スキル』だ。

 この力を使って、俺は密かに騎士団の馬を育成したり、気性の荒いやつらをなだめたりしていた。


 重い馬鎧が苦しそうな馬はパワーが伸びるように育てて、すぐにバテちまうやつにはスタミナを育成してやった。

 エルスタンの愛馬エビフリャー号も、元々は俺が友人のために最速の馬を育ててやったのを、それをコイツが横取りしたものだ。


「そういえば貴様、変なレアスキルを持っていたんだったな」

「おう、覚えていてくれたか」


「いいぞ、そんなに残りたいならば、準騎士としてとではなく――馬飼いとして雇い直してやるぞ、ハハハハハハッッ……!」


 こりゃ、ダメそうだ……。

 何を言ってもコイツは目障りな俺を追放するつもりらしい。


「そりゃ遠慮しとくわ。……んじゃ最終確認だが、本気で俺を追い出す気なんだな?」

「当然だ!! 武術大会でもっ、戦場でもっ!! いつもいつも貴様ばかりっ、いいところかっさらいやがってっっ!!」


「はぁ……?」

「上を立てる気がないやつは、我が騎士団に必要ないっっ!!」


「それ、結局全部、お前さんの見栄のためじゃねーか……。はぁ、アホらし……」


 俺はエルスタンに背中を向けた。

 本気でバカらしくなってきちまったからだ……。


「どこへ行く、バーニィ・リトー!」

「出て行けって言ったのはお前さんだろ……。そこまで言うなら出てってやるよ」


「だったらもっと悔しがれ! なぜ呆れた目でこちらを見るのだっ!」

「呆れてるからに決まってるだろ……」


 コイツじゃ話が通じない。兄のシバルリー辺境伯のところに寄って、不当な解雇に対する退職金を請求するとしよう。


 こうしてこの日、俺は20年以上の付き合いとなったシバルリー騎士団を脱退した。追放じゃなくて脱退だ。

 俺ももう38だ。そろそろ勘違い騎士どもの尻拭いをする生活に、身体が耐えられなくなってきていた。だったらここが潮時だった。

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