・騎士団を追放されたおっさん、自由騎士を名乗る

 兄の辺境伯様は俺の離脱を惜しんでくれたが、弟の説得は不可能だと諦めて、俺に大金貨12枚の退職金を払ってくれた。


「カウロスには行かないでくれ。君を敵に回したくない」

「いいぜ。俺だって仲間だった連中と戦いたくないからな……」


「そうか。ではこの退職金は君の物だ」


 やり手の辺境伯様は、大金貨12枚でバーニィ・リトーが敵国に加わるのを阻止した。

 彼は騎士団を従属させるここ一帯の支配者で、国の防波堤として隣国のカウロスと戦っている。それゆえにここ一帯では絶対的な権力を持っていた。


 金を革袋に詰めて、立派な金貨袋になったそれを腰にくくりつけた。


「行くあてはあるのかね?」

「マグダ族って知ってるか? そこの族長と古くからの友人でな、これから遊びに行くことにした」


「マグダ族、マグダ族か……」

「ん、どうかしたか?」


「いや……旅の無事を祈っている」

「そっちもな。カウロスなんかに負けるなよ」


「うむ……」


 その時は気にも止めなかったが、辺境伯様のその微妙な態度には意味があった。

 そうとは知らずに俺は自由となった我が身を満喫して、もう38だというのに駅の乗り合い馬車を使わずに徒歩で町を出た。


 郊外に広がる黄金の小麦畑と、高く青く澄み渡る大空は、まるで少年時代に戻ったかのように清々しく感じられた。


 ん、騎士なのに自分の馬はないのかって?

 土地無しの貧乏準騎士が、馬なんて持てるわけがないだろ。


 仮に運良く野生の馬を手懐けたところで、馬1頭を飼うだけで毎月莫大な金が飛んでゆく。

 だから俺たち準騎士は、騎士団という集合体に所属していた。



 ・



 馬なら2、3日の距離も徒歩だと倍以上がかかる。

 王都へと真っ直ぐに続く白い街道を、町から町へと7日間歩き続けると、ようやく草原地帯が現れた。


 そこからは街道から外れて、その先にあるマグダ族の里を探す。


「え、マグダ族かい?」

「おう、今どのへんにいるか教えてくれないか?」


 そのために先ほど町の人間に、マグダ族が今どこで放牧をしているのか訪ねた。

 すると事情を知っていそうなパン屋の女から、思わぬ返答が返ってきた。


「それなら山沿いの窪地にいるよ。ずっと前からずっとそこさ」

「おいおい、ちょっと待てよ。遊牧民が一箇所に定住したのか?」


「したんじゃなくてさせられたんだよ。可哀想にね……」

「待てよ、それじゃ家畜はどうすんだよ?」


「養えないだろうねぇ……。ほら、これ持って行きなよ。アタシらが恵んだなんて言うんじゃないよ」

「そうか……。情報助かったわ、コイツは必ず届けるよ。しかしお前さんいい女だな、もう10歳若かったら口説いてたぜ」


「あら嬉しいねぇ。若い子に言われたらもっと嬉しかったよ」

「ははは、立派なおっさんで悪かったな」


 俺は親切なパン屋からみやげの小麦粉を5キロ買い込んで、その足で草原の中へと分け入っていった。

 いくらか進むと放牧された牛を見つけたが、それは町の人間の牛のようだ。


 ここ一帯は遊牧民の縄張りだったのにな。


「悪ぃがマグダ族の里はどっちか教えてくれねぇか?」

「あの連中か? あいつらは人の牧草を横取りする泥棒だべ」


「……おい、その言い方はねぇだろ。ここは元々あいつらの縄張りだっただろ」

「だけんど俺らの物になったべ。だから勝手に入ってくるあいつらは、泥棒だべ?」


 その言い方にイラッときたわ……。

 だが牛飼いを殴ったら、やつらの立場が悪くなる。


 エルスタンのバカが平民を毛嫌いするのは、こういう連中を見てきたからだろうな……。

 良くも悪くもまともな教育を受けていないので無知だった。


「すまね、マグダ族とは色々あって、名前聞くだけでもイライラしてたべ。あっちの方角だべよ」

「ありがとよ。こりゃお礼だ」


 旅先で拾ったハーブを一束ゆずって、俺は定住を強いられたマグダ族の里を訪ねた。



 ・



 外がこの状態なのでまあそうなるかなと予想はしていたが、そこは案の定だ。歓迎は弓矢だった。

 山沿いのせいで日当たりの悪い窪地付近までやってくると、足下に鳥の羽を風切りにした遊牧民の矢が突き刺さっていた。


 彼方に騎馬弓兵の姿が1名ある。

 こっちが両手を上げて待つと、グルグルと俺の周囲を遠巻きに旋回し始めた。


 マグダ族は小柄だ。そのマグダ族でも特に小柄なその騎馬弓兵は、長い亜麻色の髪をなびかせている。

 それはまだうら若い少女だった。


「なんだ、お前さんか、ツィー。いや、もしかして姉じゃなくて弟の方か? ……いきなり弓をぶち込んでくれるなんて、ご挨拶じゃねーか」

「誰だっ、馴れ馴れしいぞ、お前っ!」


 弓騎兵ツィーあるいはラトは、俺に光る矢尻を向けて弓を引き絞った。

 コイツは俺の親友の子供だ。


 面識があるはずなんだが、おっさんの顔なんて覚える価値もねぇってことだろうか。老いるって悲しいな……。


「俺だよ、俺。族長のバドは元気か?」

「あっ、ま、まさか……?!」


「おうっ、思い出してくれたかっ!」

「お前っ、お前はっ、うちのお尻触った変態オヤジッッ!!」


「へ、尻? んなこと、あったか……? ちょっ、おまっ?!」


 複合弓から繰り出される4連発の乱れ撃ちを、俺は慌てて斬り払う。

 コイツ、本気で俺に撃ってきやがったぞ……。尻なんて、触った覚えねーってのによ……。


 全く攻撃が通じないことにツィーは驚き、やがて少しずつ落ち着いていった。


「親父の親友を殺そうとするな。ああそれよか、バドに会わせてくれ。ほら、みやげもたんまり持ってきたぜ?」


 拾ったハーブ類と小麦粉にパンを見せても、彼女はちっとも笑わなかった。

 騎乗にはあまり向かなそうな短いスカートからは、草原でも足を切らないように長くしたソックスが伸びていて、成長が全然足りていないが悪くもない眺めだ。


 尻も悪くない。この尻、そういえば触ったような気もしてきた……。


「ッッ……!」

「お、おい……どうした?」


 ところが遊牧民の少女は、目元に大粒の涙を浮かべた。

 光るそれがポロリとこぼれ落ちると、馬が心配して彼女に首を向ける。それから小さくいなないた。


「だったら、なんで……。なんでもう少し早く来てくれなかったんだ……」

「おい、そりゃどういう意味だ……」


 まさか、アイツの身に何かあったのか……?

 少女の涙は悔し涙だった。まだ幼さを残す乙女が、歯を食いしばって堪えるように泣き出していた。


「父さんは死んだっ!! 先週……騎士団の連中に、さらわれて……。父さんはアイツらに、処刑されたんだっ!!」


 なんてこった……。

 親友の顔を見たくてここまでやってきてみれば、その親友がぶっ殺されていた……。


 しかもよりにもよって、下手人は俺が所属していたシバルリー騎士団の連中だった……。

 そうか、だから辺境伯のやつ、あんな微妙な顔をしてたんだな……。

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