第6話 チェックメイト

 2週間が経った。

 俺と奏音は緻密な復讐計画を立て、そして今やそれが最終段階に入った。我ながら長い2週間だった。それもこれも全ては希望のため、ひいては僕とためだ。

 これが裏目に出たらすごく凹むのだろう。けど、今の俺には奏音という大切な妹がいる。いまさら失敗を恐れる俺じゃない。


 放課後、部活が終わるであろう時間に、新島先輩にメッセージを送った。内容はこの教室にこい。それだけだ。

 あとはただ待ちぼうけ。

 やっぱりめちゃくちゃ緊張するし、心臓が凍りつきそうだ。

「そんなに緊張してると私にも移りそうなんですけど」

「わっ!?奏音、驚かすなよ」

「はぁ、やっぱりダメダメですね」

「仕方ないだろ!?今日この時失敗したら最悪希望が酷く傷つく事になるんだから!」

「でも何もしないよりマシだって結論出したじゃないですか!」

「そうだけど!!」

「それに計画は完璧ですって。言うなればチェックメイトです。私たちはもう勝ってるんですよ」

「分かってるよ」

 僕は今日、希望と新島先輩を別れさせる。

 先輩が行為に及んだ女性のえっちな動画を売り捌いている盗撮魔のクズだと広めれば、僕たちの勝ち。もちろんそれも一筋縄じゃなかった。先輩は動画をネット中にばら撒くと常套句で脅してくるだろう。

 だからそれを阻止する。

 それが今日の計画。


「じゃあなんだ私、行ってくるので頑張ってください、

「え?今なんて言った?」

「うるさいです、こういうのは言ったもん勝ちですから」

「妹にはカッコ悪い所は見せてねぇな」

「私の目の前で泣きながら情けなく幼なじみと一緒にいたいって言ってたの忘れてませんから」

「マジで忘れてくれ」

「緊張ほぐれましたか?」

「ああ、ありがとう。もう大丈夫だ、我が妹よ」

「へっへー、ばいばーい!」


 奏音が教室を出るとすぐに、メッセージには既読がついた。





「どうしたんだい、幼なじみ君。僕も暇じゃないんだよ」

「その割には速攻できましたね。何かやましい事でもあるんですか?」

「ああ、最悪だよ。君の手元にそんなものがあるんだからね」

「このUSBがどうかしたんですか?」

「分かってんだろ、いいじゃないか。わざわざ言わなくても」

「この中に希望の動画あるんですか?」

「さぁね」

 僕の持っているのは先輩が肌身離さず持っている一つのUSB。2週間の張り込みによって俺たちはここに例の動画があると確信した。

 彼にとっては絶対に手放せないもの。だけれど部活中はどうしても手放さなければいけない。多少手荒ではあったけれど、部室のロッカーをこじ開けた。

「で、なんだい?それを持って君は優位に立ったつもりなのかい?」

「ええ。でもこれを公表したいとは思っていません」

「要求はなんだ」

「希望と別れてください。そして二度と近づかないでください」

「お前さぁ......調子乗ってない?なぁ。前々からウザいと思ってたんだよ。ナヨナヨして暗いくせにずっと陸上部に居てよ。目障りなんだよ」

「だったらどうするんですか?」

「こうやんだよ!」

 机を蹴飛ばし、先輩は僕に殴りかかってくる。もちろん、僕に喧嘩の才能なんてない。

「ふべっ!!」

 教室の壁に打ち付けられる。けどこんなのは想定済み、いやむしろ予想通りだ。

「野郎ども、出番だぞ!!」

 一人は清掃ロッカーから。

「呼ばれて!」

 一人はベランダの窓から。

「飛び出て!」

 一人は教壇から。

「ジャジャンジャーン!!」


 僕は野郎どもを最初から忍ばせていた。いくら上級生とはいえ、喧嘩が強いとはいえ、4対1では敵わない......だろう」


「ッち!!」

「さぁ先輩、話し合いを続けましょうよ」

「うるせぇ!クソガキ!」


 先輩は俺に馬乗りになり、僕は何度も殴られた。野郎どもも止めにかかったが止まりはしなかった


「どうすか先輩、これで証言者は3人増えましたよ」

「あ?なんだよ、お前殺してやろうか?」

「あぁ!?やってみろよ!俺はお前を何度殺そうと思ったか数えきれねぇよ!どうだよ、俺の幼なじみをとった気分は!?」

「最高だよ、お前みたいなちょっと陸上競技が出来るだけのザコ雄にマウント取れるとか最高だよ。なぁ、お前はどんな気分だよ。幼なじみが俺に抱かれて何も知らないまま呑気に幸せそうにしてる所を見てよぉ!」

「最悪だよ。お前みたいな奴に引っかかった希望にも、ことが起きるまで何も出来なかった俺自身が!」

「殺す!!」

「やってみろよ。死ぬのはお前だ」

 俺はズボンのポケットからスマホを出す。

「お前発言、全部録音してんだよ」

「それが!どうしたんだよ!お前は今ここで殴られて死ぬんだよ!」

 振り下ろされる拳に俺はされるがままだった。けれど俺がここで気絶した全てが水の泡。俺は被害者でなければならない。俺は全ての神経を使って意識を繋ぎ止めていた。

「俺はまだ優位なんだよ!音声は決定的な証拠にはならないんだよ!!お前ら3人ごときが声を上げたところで俺の積み上げてきた信頼は落ちない!

 お前らのしょうもない子供騙しがあったところで俺は憧れの新島先輩なんだよッ!!」


「どう、すかね......教室の外を見て本当に同じこと言えますか?」

「は?」


 教室の外はガヤ騒ぎ。スマホで撮影するもの、先生を呼ぶもの、愉快そうにヤジを飛ばすもの。全てが監視の目だ。

「お兄ちゃん!みんな連れてきたよ」

「ははっ、俺の......か、ち」

 暗転する視界の中、目の前に見えたのは不安そうに見つめる希望の姿だった。





 ふと意識が戻る。

 身体中が泣くほど痛かったけれど、体が動かなかった。薄暗い視界の中、いい匂いがした。柔らかい甘い匂い、どこか懐かしいような、そんな気がした。

 頭にはマシュマロのようにふわふわとした感触。

 ゆっくりと目を開けると、僕の好きな人が僕を覗いていた。

「のぞみ」

「蓮!?大丈夫なの?痛くない?なんの騒ぎなのこれ!?何が起こってるのか教えてよ」

 一気に言われると困る。

 というかもうダメ。

 死にそうだ。声も出す気力もない。

 けど、言わなくちゃ。

「......大好き、のぞみ」


 最後にそう言った。

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