第5話 大切なもの

 図書室に行くと、いつもの席で君が待っている。僕を見つければ笑顔を見せてくれて、駆け寄ってくる。いつもの彼女だった。

 最初は少しだけ他愛ない雑談をしてから、僕は彼女に質問してみた。

「奏音、僕に嘘ついてない?」

「え......そんなこと。い、いきなりどうしたんですか?」

「嘘、ついてるでしょ?」

「つ、ついて無いですよ」

「昨日、帰る時にさ。君の友達を名乗る子に声をかけられたんだよ。僕といると奏音が穢れるから二度と近づかないでくれって」

「......ッ!」

「友達がいるならさ、僕のやったことも本当はわかってたんじゃない?」

「それは......」

「おかしいと思ってたんだよ。気さくだし気遣いも出来るのに友人が居ないなんてさ」

「......はい、そうです。認めましょう。嘘ついてました」

「だよね。けどさ、なんで僕の正体を知ったうえで僕と一緒にいたの?」

「あー......そうですよねぇ。そこ、聞いちゃいますよねぇ」

「なんか言いづらいことでもあるの?」

 彼女は照れくさそうにモジモジし始める。

 僕とて男だ。彼女の気持ちに気づかない訳じゃない、が!

 僕は童貞だ。この後に及んでモテ期も来なければ幼なじみから男としてみられてなかった人間だ。最近そういうことで痛い目を見たので正直警戒しているし、むしろ予想が外れて欲しい。

「理由、聞いてもいい?」

「蓮君が、お父さんに似てるから。って言ったらわかりますか?」

「あー......えー!?んー?」

 そういう事なの?

 いやいや、ここまで言わせておいて気づかないふりっていうのも男が廃るのか?

「えっと、それって告白なの?僕のこと好きってことなの?」


「......は?」


 ふざけてるんですかと真顔で怒られる。

「すいません」

 完全に間違えたね、これ。

「蓮君、お父さん居ませんよね」

「え、なんで分かるの。ストーカー?」

「違いますよ!バカ!......ってそういうのはいいんです!私のお父さんの名前、西宮修司っていうんです!はいここまでいえば分かりますよね!?」

「いや、全然わかんねぇ」

「あなたの実のお父さんの名前でしょ!?」

「俺、親父の事全く分かんないんだよね。無理して母さんにも聞くことでも無いと思ってさ。浮気されて離婚してもう二度と顔を見たくはないとは言われたけど」

「......なるほど」

「で、なに?つまり、僕たちは血のつながった兄妹って事でいいの?」

「そうです!本当は話しかけるつもりなんてなかったんですけど、やっぱり学生全て敵になるのは可哀想だなって」

「じゃあなんだ。ただの優しい人だったのか」

「ありがとうございます!でも私は怒っていますよ!」

「なんでさ」

「だって妹だというのにいつまでも気づいてくれないし!中学だって本当は一緒だったんですよ!?」

「え、そうだったのか」

「やっぱり気付いてなかった!!!」

「ここ図書室、静かに静かに」


 奏音はハッと周りの視線に気づいて、コホンと落ち着く。僕自身驚きの連続で正直実感がないのでこの期に乗じて落ち着かせてもらう。


「私の正体もバレたので、私も蓮君の気になること色々聞きたいです」

「まぁ、僕が答えられることなら」

「あの例の事件、本当の事なんですか?」

「......そうだよ」

「違いますよね」

「なんで」

「勘です。私のお父さん嘘つく時右耳たぶを触るんですよ、今の蓮君みたいに」

「あぇ」

 僕すらも気付いてない癖を見抜かれてる。

「本当はあの新島先輩にボコボコにされただけなんじゃないですか?」

「......言いたくない」

「でも、冤罪なんでしょう?なんでそんなに卑屈になってるんですか」

「辛いんだよ。誰も信じてなんかくれない。言ったら手痛い反撃を貰う。時には嘘も真実になるんだよ」

「......私は蓮君を信じますよ」

「偉く俺を買い被るんだな。たとえ先輩の言ってる事が嘘だったとして、俺がいいやつとは限らないんだぞ」

「それでも、私は信じたいものを信じたいんです」

 やめてくれ。

 彼女のその優しさが痛い。彼女の真っ直ぐな眼差しが暖かくて、痛い。


「言ってください、本当のこと」


 涙が吹き出しそうだった。

 諦めていたことが手に入りそうなのが。僕を信じてくれる人が唯一居たのが嬉しくてたまらなかった。

「......俺は」

 僕は彼女に全てを吐き出した。

 僕の幼なじみが新島先輩と付き合っていたこと。新島先輩の動画の事。学校の全員に嫌われて辛かった事。もう朝ごはんや昼飯を作ってくれる幼なじみがいなくなった事。

 全部全部話した。気付けば情けないぐらいに泣きながら話していた。

 話が終わった後、奏音が僕に聞いてきた。


「蓮君は、これからどうしたいんですか?」

「俺は......」

 僕がしたい事。

 それは、たった一つだった。

 だから言葉はすぐに出てきた。


「俺は希望に笑っててほしい。俺が嫌われてもいい、もう二度と希望に会えなくなってもいい、希望が悲しむ未来を見たくない」

「本当にそれだけですか?」

「え?」

「まだ、あるんじゃないですか?」

 俺の本当に欲しいもの?

 ああいや。浮かんだけれど、みっともないな。

 けど、これが俺の本心だった。

「希望に毎朝起こしてもらいたい。おはよう、もう朝ごはんできてるよって言われて、一緒に朝ご飯を食って、昼は希望特製のお弁当を野郎どもにうらやましがられながら食って、それで放課後一緒に帰って、一緒にまた明日って笑っていたい」

「それが本当にしたいこと?」

「ああ、これが俺の紛れもない、情けないぐらい私利私欲にまみれた本心だよ」

「じゃあどうしたら、そう出来るんですか?」

「希望に正面から謝って、それで仲直りする。そのために、新島先輩が邪魔なんだ」

「じゃあ蓮君、新島先輩から希望ちゃんを奪っちゃいましょう!」

「そんなことできるのか?」

「できるできないじゃないですよ。やるんです。青春は一度しかないんですから、欲張っていきましょうよ!」

「ははっ、最低だな」


 今日の俺は自分にもっと素直になりたい。

 僕の本当にやりたいこと。

 俺のやるべきこと。


「その話、乗った。希望は俺の幼なじみだ。どこの誰とも知らないちんちくりんなクズ男に渡してたまるか」

「いいですねぇ、その意気です!さぁ、復讐開始です!」

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