第3話 問題児

 退院して学校に行くと、どうやら様子がおかしかった。まず下駄箱を見ると靴がない。職員室からスリッパを借りることになった。

 教室に行けば椅子と机ががなかった。探せばベランダに投げ捨てられてあった。それに教室に入っただけで女子たちに僕の事をまるで汚物でも見るかのような視線を向けられた。

 野郎どもも憐れむように寄り添ってきて。

「お前さ、流石にそれはねぇよ」

「今回ばかりはかける言葉もない。恋を引きずるのはやめろよ」

 だのなんだの言ってきた。

「おいお前ら、どういう事だよ。なんかおかしくないか?」

「お前とぼけるつもりかよ。流石にそれはどうなんだよ」

「だから意味わからねぇって。なぁ、俺がいない間になにが起こってんだよ」


「忘れたのかよ!お前が失恋したからって嫉妬に狂って希望の彼氏に殴りかかったこと」

「は?」

「それでボコボコにされてよ。ダセェよ」

「違うだろ?だってあいつが......」

 そこまで言って俺は口をつぐんだ。無闇に言えば幼なじみになにがあるか分からない。ネット中にもしあの画像が流されたとすれば、きっと一生彼女は後悔する。

 それは嫌だった。

「ッーー!」

 俺は教室を飛び出した。幼なじみに事実を伝えて新島先輩の真実を伝えてやればいい。



 隣の教室に行って、彼女を見つける。

「のぞみ!!」

 彼女は僕の方を向いてくれない。

 必死に駆け寄って、彼女の肩を掴む。その瞬間、服を後ろから引っ張られる。

「お前だろ!ストーカー男のレンって奴はよぉ!」

「離せよ!俺は希望に」

 知りもしない男どもに押さえつけられて、希望から引き剥がせる。

「まって」

 教室を追い出されそうになったところで希望が止めた。

「話って、なに?」

「新島先輩と別れろ!あいつは、あいつは......」


 言えない。

 言っていいのか?

 それは彼女の為になるのか?

 わからない。わからない。わからない。

 彼女の気持ちがわからない。

「新島先輩は、何なの?」

「だから......アイツはクズで最低な......」

「私、先輩からもう蓮と喋らないでって言われてるの」

「は?」

「それに蓮も清々してるでしょ?だって私のこと、大っ嫌いなんでしょ?」

「ぁ......」

 もう彼女は希望でも幼なじみでもなかった。赤の他人、もはや僕に弁明の措置はなかった。

 何より彼女のひどく冷めた声が辛くて、心が折れた。

 引きずられて、廊下に投げ捨てられる。

「あはは、あはははは!はぁ。最悪だな、俺って」

 俺、かぁ。

 久しぶりに自分をそう呼んだ気がした。我が出るといつもそんな一人称になったっけ。

 これが僕の本性なのかもしれない。

 いつもはお淑やかにしていたけれど、自分は本当にクズで最低な人間だったのかもしれない。俺だって先輩を笑えないかもしれない。

 だって、部活の先輩とか隣の部屋に住んでる女子とか、どうでもいいと思ってるんだから。

 また俺は独りに戻るだけだ。

 元どおりになるだけなんだ。

 また根暗な自分に戻るだけ。



 僕は自由になったんだ。

 ああ、明日はなにをしようか。

 僕に縛りはないし、プライドももう粉々になったし、なんでもできそうだ。

 もういっそのこと先輩の顧客として生きても......いや、それはないな。

 というか明日スラっと自殺しても誰も文句言わないんじゃね?

 流石に母さんぐらいは泣いてくれるかな。そうだとすると死ぬのは申し訳ないな。

 そう言えば父さんって今どうしてんのかな。僕が生まれた頃には離婚していたし、全くもって父さんを知らない訳だけれど、何処かで生きてるんだよな。会いに行くか?

 ああいや、全部めんどくさい。

 なんか全部馬鹿らしい気がしてきた。

 やっぱり何にもしたくないし、とりあえず今日は帰って寝よう。まだ飯食ってないし、帰りにコンビニにでも寄ろうかな。財布に金あったっけ。


 多分、その日の帰路は一番泣いたと思う。

 僕は初めて人類全ての人に牙を向けられたんだから。別の事を必死に考える様にはしていたけれど、意味をなさなかった。





 その日の晩ごはんは珍しく母さんがいた。今日は早く上がってきたと言っていた。きっと僕に気を使ったのだろう。

 母子家庭の我が家では母さんが夜遅くまで働いているせいで、普段は晩ごはんは別々に食べている。なので家族団らんというのは久しぶり。

「なぁレン?失恋したからって腐ったらだめだよ?私も夫に浮気された身だから気持ちはある程度分かるつもりだけど、それで誰かをきずつけたりはしないでね」

「分かってるよ、そんなこと」

 僕はもう誰ともかかわりを持たないだろう。それが誰も傷つけない方法だ。

「あんたは私の息子だから、心配はしてないけど。もしなんかあったら言いなさいよ?新しい恋相手は見つけてあげられないけど、海ぐらいだったら連れてってあげてもいいのよ」

「そんな甘酸っぱい青春みたいなことないよ」

「あらそう?青春よ、楽しみなさい」

「母さんも新しい相手でも作ればいいのに。仕事ばっかり」

「私はこれでいいのよ。仕事がマイダーリン」

 その日、布団で少しだけまた泣いた。

 悲しいから泣いたわけじゃない。少しだけうれしかったんだ。

 僕を信用してくれる人がいることが。

 たった一人だけだけれど、それで僕は救われた。

 とありえず、腐らずに済んだ。

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