第2話 幼なじみ

 僕は昔から内気な性格だった。部屋に籠り絵を描いたり読書をしたり、とにかく独りが好きな人間だった。

 そんな僕を部屋から引っ張り出したのはとなりの家の幼なじみだった。明るく活発で友人も沢山いる、そんな僕とは真逆の少女。僕は物心ついた頃から彼女に惚れていた。好いていた。憧れていた。

 彼女にとってはただの友人の一人だったかもしれない。それでも僕にとっては人生における大きな人物だった。





 朝、僕はスマホのアラームで起きることになる。洗面台で顔を洗って、朝ごはんがないのに気付く。どうしようも無いので朝食は諦めることにした。

 けど、これでいい。


 昼休み、弁当がないので諦めようとしたところ、友人が失恋記念と称して奢ってくれた。一番安い味気ないパンだった。

 けど、これでいい。


 放課後の部活がやってくる。

 顧問から全く身が入ってないと怒られて、グラウンドの端で立たされていた。その日の部活に幼なじみと部長はいなかった。その事実だけで辛くなった。

 けど、これでいいのだ。


「おい蓮、反省として道具はお前が片付けろ」

「......はい」

「お前なぁ、辛いのは分かるがやる気がないなら部活に来るな。元気になったらまた来い」

「はい」

「聞いてるか?」

「はい」

「......おい」

「はい」

「ダメだな」

「道具を片付ければいいんですよね」

「......ああ、そうだが。いや、頼んだぞ」

「じゃあ行きますね」

「......なぁ!お前はこの部活で今一番伸び代がある。俺はお前が立ち直って帰ってくるのを待ってるからな!」

「はい、分かってますよ」


 ハードルを用具室に運ぶ。ウチの陸上部は部員も多い、県大会優勝者も多く出してるかなりの強豪。練習はキツいし毎日吐きそうになりながらやっている。だから使う道具や設備も一人で片付けるにはかなりの量だった。けれど、それも甘んじて受け入れた。


「はぁ......」


 まだ気持ちに整理がついたわけじゃない。というよりまだ数日も経ってない。あるのはただ幼なじみとの距離が出来たという事実と嫉妬や憎悪にまみれた僕の心。


 夏の用具室。蒸し暑いじめじめした空間に嫌気がさす。

「やっ、ちょっとやめてよ」

「大声出したらバレちゃうよ」

「ッ......!?」

 奥から小さな声でそんな声が聞こえた。僕は何か嫌な確信があった。

 悪寒が背筋を伝う。夏休み明けだというのに寒気が僕を支配していた。

「ぁ......ぅ。先輩、やめて」

「やめない」

 恐る恐る僕は足が伸びていた。絶対に見たらダメな気がしているのに、どうしてもこの先を見ずにはいられない。

 用具室の奥も奥。誰も見ないし行かないような先で、二人の男女がいた。見覚えのある人たち。確信は事実に変わる。

「あ、えっと。あはは、奇遇だね......蓮」

 汗だくで髪がくしゃくしゃの希望がいた。その後ろには部長の新島先輩。よく見れば望美の体操着は逆にして着ていた。

「......悪い、邪魔した」

 ああ、ああああ。

 嫌だ。最悪だ、最悪だ。

 踵をかえし、僕は急いで用具室を飛び出した。出る間際に新島先輩が言った。

「誰にも言うなよ!幼なじみ君」

 勝ち誇ったような、余裕のあるような、とにかく気に触る声だった。



 僕はただ逃げ続けた。

 失恋は甘酸っぱいという話があるけれど、僕の場合はドス黒い焦げた苦いチョコレートの味がした。いや、チョコレートだったらマシな方だろう。

 大切なものが奪われたような喪失感。

 あの先輩に勝てるところなんて僕にはなにもない。その事実を今日まで考えなかった。考えないようにしていた。

 だから今は彼を強く感じて、死にたくなった。まるで今までの僕の人生を全て否定されてしまった気がした。





 後日、新島先輩に呼び出しを食らった。

「幼なじみ君。昨日の事さ、内緒にしてくれない?」

「なにがですか?」

「誤魔化すなよ、分かってんだろ?」

「......だからなんすか。別に言うつもりもないし興味もないっすよ」

「あ、そう?けっこう聞き分けいいじゃん」

 なんだかその日の先輩は普段の爽やかな雰囲気ではなく、高圧的というか、端的に言えば怖かった。

「じゃあさ、一応口止めって事でさ。これ、あげるよ」

 先輩は僕にスマホを見せてきた。

「......は?」

「どう?お前希望の事好きなんだろ?みんな知ってるぜ?」

 画面に映ったのは肌を晒した幼なじみの姿だった。恥ずかしそうな自撮りの写真。場所は幼なじみの部屋だった。

「いいだろ?これ無料であげるから」

「お前......」

「あ、お金払ってくれたらハメ撮り動画も送ってやってもいいよ」

「ふざけんな!!」

 先輩を投げ飛ばす。怒りで頭がどうかしそうだった。こんなクズを許しちゃいけない。

「おいおい、暴力沙汰は勘弁しようぜ」

「うるせぇよ!!」

 力いっぱい振るった拳を空を切る。喧嘩なんてしたこともない。

「お前さ、そろそろいい加減にしろよッ!」

 胸に膝を入れられる。その一撃だけで僕は膝から崩れ落ちる。

「俺はお金にならない奴は嫌いなんだよね。せっかく俺の顧客にしてやってもいいと思ったのに最悪だよ」

「俺がお前を告発してお前を社会的に殺してやる!」

「はっ!勝ったつもりか?残念だったな。負けるのは君だよ、幼なじみ君」

 その日はひたすら殴られ蹴られて、僕は1週間入院する羽目になった。

 だけれど僕は気付いた。

 新島先輩は希望を傷付けるクズ人間だって事が。

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