第12話 新しい子供たち

 3月。

 人工子宮で誕生した乳児について、ヤオが報告してきた。深刻な顔つきで、

「男では、ないらしい」

「ん?」

 ノアは混乱する。

「だって、ついてんだろ、男のシンボルが」

「確かにそうなんだが。その下に、裂け目というか、割れ目というか」

 全ての赤ん坊に、同じ兆候認められるという。

「なんだよ、それ」

 ノアのつぶやきに、ヤオは、

「両性具有かもしれないってさ」

 先日までは、どう見ても男だったが、生まれて半年過ぎて、男女両方の特徴を持つことが、はっきりしてきた。


 雌雄同体、なのか。

 単体で生殖可能、という意味か。少なくとも、ふたり揃えば生殖の可能性がある?

 見かけ上、男として生まれてきても、ある段階で両性具有となり、やがては新しい命を生み出せるのか。

「次の世代が生まれてくるといいんだが」

 ヤオの声には期待がこもっている。

 この新しい世代が子孫を作れるとしたら。

 それならば、人類は滅亡に向かわなくて済むのかもしれない。


 3か月後、生まれてきた第二陣は、やはり男児だけで、半年後には、最初のケースと同様の変化が現れた。翌月、翌々月に誕生した子たちも、それに続く。

 思いもよらぬ展開に、ノアもタキも戸惑ったが、やがて気持ちが落ち着いてきた。

 現実を受け入れよう。

 ともかく今は、少しずつ人口を増やしていくしかない。

 ノアは、タキを思った。タキは、数少ない現存する女性だ。肉体を男性と交換したために命を長らえている、意識だけの女性。

「タキは、自分の卵子を保存してあるよね」

「はい」

「お孫さんを見せてあげたら、お父さんたちも喜ぶだろう」

「そうですよね」

 タキは、ぎこちない笑みを浮かべた。

 しばらく黙っていたが、やがて意を決したように、

「ノア。私の子供の父親に、なってください」

 耳まで真っ赤にして言った。


 ノアが、タキの子供の父親になる。

 つまり、ノアの精液をくれ、ということだ。

 沈黙が流れた。

「ちょっとつきあってくれる?」

 ノアは、タキを敷地の外れに連れて行った。森につながるあたりの、鎖を渡した箇所。タキも気づいてはいたが、立ち入り禁止か、と気にも留めなかった。

 ゆるく渡された鎖を、ノアは跨いで進み、タキも続いた。

 少し歩くと、白く塗られた柵が見えた。扉を開けて、中に入る。

 ふたつの平べったい墓石が並んでいた。

「こっちが両親の墓」

 父と母の名が刻まれた石を、ノアは示した。

 タキは右の石に目を移し、声を失った。


 カスミ ユキ ノア


 なぜノアの名前まで。

「あの時、私も死んだ」

 墓石に視線を落としてノアが言う。

「私たちの分まで生きて、とカスミに言われたから、こうして生きているが、心は、あの時死んだんだ」

 だから一緒に自分の名を刻んだ、とノア。

「私は、もう死んでいるんだ。子供はユキひとりだけでいい」

 ノアはタキを振り返り、優しく言った。

「もし父が生きていたら。喜んで申し出を受けていたよ。新しい孫ができることを、父はとても喜んだと思う。

 タキの気持ちは嬉しいよ、私に生きる張り合いをくれようとしたんだね」


 タキは、うなだれた。

 そうではない。

 私ひとりの我儘なのだ。

 ノアと友人以上にはなれない。だからせめて、ノアを父親とする子供が欲しい。母親は、かつての自分自身、冷凍保存した卵子を使う。

 生きる張り合いを、ノアにあげたいわけではない。ノアと自分との子供を抱きたいだけだ。それに気づきながら、ノアはわざと誤解した。

 やさしくて、残酷な男。

「お父さんたちを喜ばせてあげなさい」

「はい」

 タキは、そう答えるしかなかった。


 一見男性、実は両性具有、と思われる赤ん坊が生まれ続けた。実験段階は過ぎ、タキのように「チェンジ」を経て男性になった元女性が優先的に、自分の卵子を使用し、子供をつくることを許された。

 アマテラスの存在同様、人工子宮による出産計画は極秘事項だ。両性具有が疑われる子供たちの出現は、その上を行く超極秘事項。

「どうなるのかな」

 人間の胎児が、はじめの一か月は魚の状態であることを、ノアはヤオに告げた。

「クマノミの例もある。特殊な条件下とはいえ、彼らは性転換する。オスとメスの両方の要素をもともと持っているんだろう。受精卵に、何か刺激を与えるといっていたが?」

「わからんよ」

 お手上げだ、とヤオは言った。


 アマテラスに何かできたとは思えない。

 ファクターX、とても呼ぶべき何かが作用しているのだろうか。全世界で同じ人工子宮を使うことになるから、今後、生まれてくる子たちも、同じ特性を持つはずだ。

「本当に雌雄同体、なのかな」

 雌雄同体というと、カタツムリとかアメフラシとか。

「ミミズもそうだ」

 彼らはみな、同一個体に雄性器と雌性器を持っている。

「新しい子たちは、生殖能力があるのかな」

「どうかな。20年もすれば、はっきりするだろう」

 実際に次世代を誕生させられるか否か。人工子宮で誕生した世代の成長を待つしかない。



 タキの子供が、正確には女性だった頃のタキの卵子と、今の肉体であるチハヤの精子を使って、誕生した。

 経過は順調、と聞かされ、ほっとしたものの、タキは次第に複雑な気持ちになる。

 ハンを通じて降臨したアマテラスは、タキを「まるで両性具有」と言った。

 ある意味、そうなのかもしれない。

 現在の自分の、男性の肉体は借り物で、女性の意識を包みこむ器にすぎない。

 長生きできる可能性が高い、男の体をくれたチハヤには感謝している。彼の子供をつくるのも大事なことだ。

 女として、愛する人の子供が欲しかった。それは実現不能だが、男になってでも、と願った母のおかげで、自分はこうして生きている。

 お前に先立たれなくてよかった、と、満足して死んでいった母の顔を、タキは悲しく、なつかしく思い浮かべる。

 愛の営みもなければ出産の苦しみと喜びもなく、人工子宮が育む胎児の誕生を待つだけだった。

 これが私の道なのか、と、タキはぼんやり思う。


 半月後、育児アンドロイドに付き添われて、タキの子はノア邸にやってきた。タキは、「ハヤセ」と名付けた。

 2203年7月のことだった。



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