第37話 文学少女の豹変(可愛い)
薄暗い階段を慎重に降りてゆく。またもヘッドライトの出番だ。
照らした床、壁などは第一階層に近いものを感じる岩肌。三階層も洞窟なのだろうか。
だが、少し気になるのは……。
「はっくちゅん!」
睦美がクシャミをした。続けて身震い。
「ねぇ、なんか寒くない?」
「確かに私も体感温度が下がっているね。この先になにかあるのかな」
皆が言うように、奥に進むにつれて空気が冷えていくのを感じる。肌を刺すような寒さだ。
「これ、皆で使ってよ」
海斗はライフジャケットからありったけの使い捨てカイロを取り出して、三人に差し向けた。
「え。海斗、そんなに持ってたの?」
海斗の手の上で山積みになって、零れ落ちそうだ。弥生が驚くのも無理はない。
「海沿いは意外と寒かったりするからね」
「それにしても多過ぎよ……まぁ、今はありがたいけど」
そう言って、二つだけ取ってポケットに入れる。もっと取ってもいいのに。
弥生は節約しようとしているのかもしれない。
「では、私もお言葉に甘えさせてもらうよ」
椿も数個を手に取った。
後は睦美だけだ。海斗が睦美に目で促すと。
「わ、私なんかが使うなんて勿体ないです! 大丈夫ですよ、私は暑がりなので!」
あー暑いですねぇー、と手をパタパタさせて顔に風を送り、寒くなって首を縮こまらせる。
やっぱり寒いんじゃ……?
「遠慮しないで、貰っておきなさい。睦美が倒れて困るのは私たちの方なのよ?」
「うぅ……面目ないです……」
言って、申し訳なさそうに一個だけ手にした。
どんな暑がりでも一個では足りないと思うけど……。寒そうにしていたら追加で渡そう。
そのまま進んでいると、階下に辿り着いた。
「……ここが三階層」
弥生はスマホを一瞥すると、
「ここが最終階層みたいね」
画面には依然として三階層までのマップしか表示されていない。ここのボスモンスターを倒せば帰れるはずだ。
「しかも、三階層はそこまで広くないみたい。基本は一本道だし、今日中にはクリアできるかもしれないわね」
弥生の顔が少し綻んだ。彼女がそう言うのなら、喜んでいいのかもしれない。
「よっしゃ~! 睦美ちゃん頑張るぞぉ~!」
……えっ?
「なになに? 皆もテンション上げていきましょうよぉ~。テンション上げれば暖かくなりますよっ! てへっ☆」
寒さで頬を真っ赤にした睦美さんが、目の横でピースをしながらウインクした。
……さっきまでの睦美さんが噓みたいだ。二重人格を疑いたくなるくらいの変わり身。
「睦美? 寒さでおかしくなったの?」
「おかしくなったなんて、心外ですよぉ。明るく振舞うのはいいことですっ」
寒さが原因なのは否定しないらしい。とりあえずカイロを数個渡しておく。所謂ぶりっ子のような仕草で受け取っていたけれど……睦美さんは変わった人だ。
「レッツラゴーですね!」
珍しくも睦美が先陣を切って進むこととなり、後ろを付いていく形になる。
三人は戸惑いつつも、結局は「不思議ちゃんだから」で納得してしまう。この状況を甘んじて受け入れていた。
「あれっ、あそこになにかいますよ!」
睦美が指差した先には、一匹の巨大な黒い犬。赤い目でこちらを睨みつけながら、唸り声をあげて威嚇をしている。
……と。次の瞬間、犬の口が大きく開き、輝く炎と共に熱風を吹き出してきた。
「あっつ!?」
運悪く、弥生の真横を炎が掠めた。反射的に飛び跳ねて、炎との距離をとる。
「な、なんだこいつ!? 火吹いたぞ!?」
これはどう考えても実在する動物の類じゃない。
「ヘルハウンドよ! ゲームで見たことあるわ!」
「あっ、ヘルハウンドって確かイギリスに伝わる妖魔ですよねっ! 妖精さんです!」
「そんな可愛いもんじゃないだろ! 焼き殺される!」
「そうですねっ! 地獄の番犬ですからねっ!」
「誰だ妖精って言い始めた奴!?」
海斗たちがギャーギャー言っている間に、椿は銃を構え、撃つ。
《ウゥォォォォォォフ……》
銃弾は真っ直ぐ脳天を貫き、モンスターを絶命させた。
ヘルハウンドを倒した!
「この程度の相手であれば、私の銃で事足りるね」
サラッと言ってのける。
……でも、炎を吐かれると近付けないから、そんな時は椿さんの銃が一番頼りになりそうだ。
「よし、進もうか」
椿が先頭に……って、睦美さんは?
「……」
最後尾で黙っているけど……元に戻った?
「睦美さん、急に大人しくなった? ……あ、ヘルハウンドの炎で温まったから?」
やっぱり、寒くなるとテンションが高くなるということで間違いなさそうだ。
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