第36話 リベンジは終わらない
海斗は指示された通り、椿の向かいまで移動して、待機した。
後は、この作戦が成功するかどうかは椿さんにかかっている。
「海斗クン! いくよ~!」
そんな合図の後、「パンッ」と甲高い銃声が響いた。
すると、弥生と睦美を追いかけまわしていたアルマジロは、転がる軌道を変え、こちらに向かってきた。
海斗は竿を構え、そして──
──海斗の目の前でアルマジロが静止した。しかも、甲羅の隙間を攻撃できるように向きが調節されている。
そこを目がけて、竿先の一閃。
《キュキュキュ──!》
断末魔と共に、アルマジロが消滅。光の粒子が漂った。
アルマジロを倒した!
「 !」
睦美が驚いた顔でなにか言っている。
「なにが起こったの!?」
弥生も驚愕し、こちらに駆け寄ってきた。
「まぁぶっちゃけ、椿さんの手柄だよ。俺はお膳立てされてトドメを刺しただけ」
そう言って、椿さんに説明を促した。
「にゃはは、おだててもなにも出てこないよ、海斗クン。私も大したことはしていない。当たり前のことを当たり前にしただけさ」
「? あんたはなにをしたわけ?」
「簡単な話だよ。海斗クンがトドメを刺せるように、アルマジロに銃弾を当てて、軌道を調整したんだ。丁度、弥生ピョンがドロップキックでムッツ―を助けた時みたいにね」
「横から力を加えて軌道が変わるのは分かるけど、そんな上手くいくかしら?」
「出来るとも。言い換えれば、『質量Mの球体が傾斜θの坂を回転しながら転がっている時、定点Pから打ち出した質量mの銃弾を初速V⁰で衝突させ、任意の地点Qに移動させるには、いつ、球体のどの点に衝突させるべきか』という問と同じ。つまり力のベクトルに関する物理の問題と変わらない」
ちょっと待て。頭が痛い。
「えっと、そうなのかもしれないけど……」
弥生は分かるのか!? 天才なのか!?
「弥生ピョンはなんだか不服そうな顔をしているね」
「いや、別に不服じゃないわよ。ただ、あんたが凄すぎてなにを言っていいか分かんないだけ」
「……だけれども、『転がる軌道を修正する』というのは、弥生ピョンのドロップキックを見て思いついたんだ。だから、弥生ピョンのお陰でもあるよ」
すると、はにかみながら
「な、なによ、急に……あんたらしくないじゃない……」
「私をなんだと思っているのかな……? 私だってそんなことを言う時もあるさ」
「あんた……ホントはいい奴じゃん……」
そんな弥生を微笑みながら見つめる椿。
そして、優しい笑顔でえげつないことを言った。
「弥生ピョンのような人間を『チョロい』というのだよね?」
「最低! あんた私を弄んだわね!?」
「にゃはは、軽いジョークだよ」
「……っ!」
青筋を奔らせた弥生は、寸隙でキックを繰り出す。
しかし、椿は右手でそれを受け流し、左手でぽんと弥生の胴体を押した。
すると、まるで人形が倒れるかのように、弥生がすとーんと地に伏す。
……どんな理屈なのか常人には理解できないけど、椿さんには逆らわない方がいいかもしれない。
「このっ! このっ!」
自棄になった弥生は、近くの雑草をちぎって椿に投げる。当然ダメージは与えられない。
「可愛い仕草で私を絆そうとしているのかな? 弥生ピョン、か~わ~い~い!」
「死ねっ!」
悪態をつく弥生だが、椿は笑顔のままで、それが弥生の苛立ちを加速させているようだ。
「み、皆さん! お話の最中で申し訳ないんですが、あ、あれを……!」
突然話に割って入ると、慌てたように指差しをしてきた。
「なによ睦美。今はどうやって椿に仕返しするか頭をフル稼働させているところ……あ」
弥生が見つけたのは、地下へと進む階段。坂の中腹辺りにコンクリート製らしい入り口が出現している。
「あれ、3階層への道じゃないですか……?」
「そうみたいね。とりあえず、椿へのリベンジは後回しかしら」
そう言って立ち上がり、パジャマに付着した土埃を払った。
「では、行こうか」
椿を先頭に、弥生、海斗、睦美の順で並んで入り口に向かう。
「…………、……、………………」
なんとなくの気配で、俺は睦美さんの異変に気付き、後ろを向いた。すると、彼女は髪を触っている。えーっと、「髪の毛を触るのは不安の表れ」だっけ?
「睦美さん、大丈夫だよ。きっと次の階層もなんとかなるって」
「は、はいっ。あの、ありがとうございます」
嬉しそうにニコッと笑った。不安げな表情をしていることが多いから、少し新鮮だ。
もう一度前を向くと、今度は弥生に動きがあった。なぜか前の椿に急接近している。
すると、物音一つ立てずに、強烈な前蹴りが炸裂──が、椿は片足を軸にして反転し、躱す。更にそのまま弥生の膝裏に軽く足先で触れて、膝カックン。
「うわぁ!?」
弥生、崩れ落ちる。
「……さて、ここからは未知の領域。気を引き締めていこう」
「ちょっと! なにサラッと受け流してんのよ!」
物理的にも文脈的にも受け流されている。
「ふふっ、弥生ピョンは配慮が足りないよ。背後に太陽があるのならば、影で気付かれるとは思わないのかい?」
ハッとして息を吞む弥生。
彼女のリベンジは、まだ続くらしい。
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