第35話 ギリギリ哺乳類
歩くことおよそ一時間。流石にお腹が空いたので、昨日と同じ要領でアマゴを釣り、それを焼いて食べた。
三食連続のアマゴということで、弥生はそろそろ他のものが食べたいと言ってたけど、ない袖は振れない。
ポイントで別の魚を買うことも考えたが、いかんせんポイント残高が少ない。いくつかの食用魚を確かめてみたけど、四人の腹を満たせるような量を確保するのは厳しそうだった。
しかも、手頃なモンスターさえ現れてくれればポイントを稼げるのに……と思えば思うほど、モンスターは出てこない。弥生によると、こういうのを「ぶつよくせんさあ」と言うらしい。どういう意味かは全く分からん。
「海斗、このすぐ先にボスモンスターがいるみたい」
食べ終えた弥生がスマホの画面を見せてきた。赤い点と青い点が近接している。
「はわわ……大丈夫でしょうか?」
「あ、また髪の毛を触っているね」
「あっ」
睦美はバッと手を頭から離した。無意識に触っていたということは、不安だったんだろう。
「大丈夫だよ。俺が竿で近接攻撃、椿さんが銃で遠距離攻撃、睦美さんは補佐で、弥生が指揮をとる。完璧だよな?」
海斗は弥生の方を見た。作戦を立てたのは他でもない、弥生なのだ。
「えぇ。偶然にも、チームバランスはよかったみたいね。これなら充分戦えるわ」
そう豪語する弥生を見て安心したのか、睦美の顔も晴れやかになった。
全員のモチベーションが上がったところで、今度は弥生を先頭にボスモンスターの元へ向かう。
──すると、数分歩いたところで弥生が立ち止まった。
「この丘を越えた先にいるみたい。気を引き締めて行くわよ」
弥生の言葉に、それぞれがそれぞれの武器を握りしめて、頷く。
そして慎重に、なるべく足音もたてないように、坂を登っていった。
丘の頂上に近づいたところで、四人は顔だけ出して、下の様子を窺う。
綺麗な擂鉢状になった地形の中心に、鱗に覆われた巨大な何かがいた。
「な、なんだあれ……! 鱗あるし、もしかして爬虫類か……!?」
海斗は身震いする。爬虫類と近接格闘とか、絶対無理だから!
「いや、あれはアルマジロだね。哺乳類だよ」
「なんだ、ならよし」
海斗はホッとため息をつく。爬虫類でなければなんでもいい。
「確かアルマジロって、甲羅が凄く硬いんですよね? 倒せるでしょうか……?」
「そうだね、アルマジロはダンゴムシのように丸まって敵の攻撃を防ぐから、厄介かもしれない」
「ってことは、相手に気付かれる前に攻撃した方がよさそうね」
弥生はそう結論付け、
「じゃあ、椿に狙撃してもらおうかしら。睦美は狙撃がうまくいかなかった時に備えて、原稿用紙を準備しておいて。海斗はとりあえず待機よ」
弥生の的確な指示のもと、三人は動く。……俺は待機だから動くもなにもないんだけど。
──そして、甲高い音が響いた。
弾丸は目で追えないので、アルマジロの方を見るが……あれ、球状になってる!?
「ちょうど撃つタイミングで丸くなってしまったね。弾丸がはじかれた上に、こちらの存在にも気が付かれてしまった」
標準器から目を離し、椿がそう呟く。
「で、でも、あちらから襲ってくることはなさそうですよ……?」
睦美の言う通り、丸くなってじっとしているだけだ。大きいだけで、そこまで恐ろしいモンスターじゃないのか……?
……いやいや、油断は禁物だ。これは立派なボスモンスター。ボスたる所以があるに違いない。
「とりあえず、警戒しながら下に降りましょう。海斗の竿なら貫通するかもしれないわ」
弥生の判断で、一行はそっと擂鉢の中心に降りていく。
しかしアルマジロに動く気配はなく、ついに目の前まで来てしまった。
「……どうするよ?」
本当にどうしたらいいか分からない。逆に手強い相手だ。
「……あ、甲羅の隙間からなら攻撃できるんじゃない?」
やっぱり、ウロコフネタマガイと同じ手法をとるのがよさそうだ。
そう思って、アルマジロの横側に移動しようとした、その時。
《キュリッ!》
短い鳴き声と共に、球体が後方へと転がっていく。
……かと思いきや、坂を高速で転がってこちらへ向かってきた!
「皆、逃げて!」
弥生が短く声をあげる。その指示で全員がとび出す。
──しかし、睦美だけが逃げ遅れた。
「──っ!」
睦美は大きく目を見開き、自分の危機を悟る。
「睦美!」
間一髪のところで、弥生が横からドロップキックを当て、転がる軌道をずらした。
「あ、ありがとうございます……」
「そんなのは後でいいわ。今はあいつに集中して」
「は、はいっ!」
弥生かっけぇ……。
「また来るわよ!」
弥生の目線を辿ると、やはりまた坂を転がってくるアルマジロの姿。
「これじゃあエンドレスだな」「これじゃあ永久機関だね」
期せずして海斗と椿の発言が重なる。
……と。
《キュリッリ!》
アルマジロの姿が、消えた。
坂を転がっていたはずのアルマジロが、いない。
「上よ!」
やはり最初に気が付いたのは弥生だった。その場にいた全員が顔を上にあげる。
アルマジロは宙で放物線を描き、四人を超えて着地。地響きが唸る。
「ジャンプまでできるのね……」
厄介だわ、と顔をしかめる。
「海斗。巻貝の時みたいに、錘を投げて甲羅の隙間に当てられる?」
「無理だ。早く動くものに当てるのは、もう釣りの領分じゃない」
「それもそうね……」
考えている間にも、アルマジロの猛攻は続く。
擂鉢状の地形はアルマジロにとって都合がいいらしく、転がったりジャンプをしたりと、空間を縦横無尽に動き回る。
……と、坂の下からアルマジロが転がってきた。
海斗は竿をアルマジロに向け、近づいたところでそれを伸ばした。
刹那、その竿先は勢いよくアルマジロの甲羅へと向かっていくも、アルマジロの回転で、地面とアルマジロの間に巻き込まれてしまう。つまり、竿を封じられてしまった。
勿論、持ち手側には海斗。すぐに竿を離せば逃げられたが、一瞬だけそれを躊躇してしまう。
だが突如、どこからか強い力が働いて、海斗の体は真横へと吹っ飛ぶ。
「うおっ!?」
浮遊感を覚えたのも束の間、すぐに地面に叩きつけられ、少々の痛み。しかし、アルマジロに轢かれたわけではなさそうだ。
「か、海斗さん!」
見れば、睦美が破れた原稿用紙を持っている。なるほど、緊急回避用の原稿を使ったのか。
お陰で命拾いした……。
「ありがとう! 助かった!」
擂鉢の坂の真ん中で、丁度反対側にいる睦美にも聞こえる声で言った。
「ど、 たし て……!」
睦美さんは元々声が小さいので、ところどころ聞こえない。多分「どういたしまして」って言ったんだと思う。
……さて、本題はここから。
俺は竿を回収した後、相談しようと、モンスターの動きを読みながら、一番近くにいた椿に合流する。
「椿さん、どうしたらいいと思う? このままじゃじり貧だから、どうにかしたいんだけど」
最悪、擂鉢の外に抜け出せばいいのかもしれないが、それではいつまで経っても倒せない。
すると、椿がなにか閃いたように「あっ」と声を洩らし、
「今思いついたのだけれども──」
椿は海斗に作戦の概略を話した。
「え、マジで?」
目から鱗。斬新なアイデアだけど、実行できればモンスターを倒せるかもしれない。
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