第32話 もう、一人じゃない

 やがて弥生が落ち着きを取り戻した頃。


「……ありがと」


「え、なにが?」


「いいから、そこは『どういたしまして』って言っておきなさい」


「う、うん。どういたしまして?」


 弥生は少し口を緩め、そして空を見上げた。


「……星、綺麗ね」


「あぁ、そうだな」


 海斗も顔を上げる。視界には、満天の星空が映っていた。


「それに……」


 弥生はチラッと海斗を見て、


「月がきれい、ね」


 そう言って、頬を赤らめた。


「やっぱり満月は明るくていいよね。分かる」


 弥生は苦笑いし、


「……まぁ、こうなることは分かってたけど」


 と呟いた。


「ん? なにか言った?」


「なんでもないわ。……それより、この星空ってやっぱり、地球のものとは違うのかしら?」


「いや、多分地球から見た星と同じだよ」


「え、もしかして海斗、星に詳しいの?」


 海斗が釣り以外への関心を持っていることに、驚いたらしい。


「少し知ってるくらいかな。ほら、あれとか、うみへび座だし」


「どこどこ?」


 弥生は海斗に近寄り、海斗が指さす方向を見た。


「春に南の空で見れるのがうみへび座。あそこに赤い星があるの分かる?」


「えっと……えぇ、見えたわ」


「あれがアルファルドっていう二等星で、うみへび座の頭にあたる部分。ちなみに、アルファルドには『孤独』って意味があるらしいよ」


「孤独……」


 思うところがあったのか、復唱する弥生。しかし、そこまで沈み込むことはなく、話の続きを聞く体勢でいる。


「でも、全体像を捉えるのは難しいかな。うみへび座は88星座の中で一番大きくて、うみへびの頭が見えても、尻尾が地平線に沈んでることがあるから」


「そんなに大きいのね……。それじゃあ、もう少し小さくて分かりやすい星座とか、ある?」


「かに座とか? うみへび座より若干東の方向にあるよ。少し暗い星座だけど──」


 そのまま海斗は、弥生に星を語り──


「──海斗、結構詳しいじゃない」


 ロマンチックなところもあるのね、と小声で言った。


「ねぇ、もっと教えてよ。他の星座も」


「いや、他の星は分からないよ?」


 思わぬ返答に、弥生は目をぱちくりさせる。


「えっ? たくさん星があるんだし、まだなにかあるでしょ……?」


「あるんだろうけど、春の星座で俺が知ってるのは『うみへび座』と『かに座』だけ」


「……それってもしかして」


「水生生物だからだよ?」


 海斗は当たり前のように言ってのけた。


「……ウミヘビもカニも、魚類じゃないわよ」


「でも、カニは釣り餌になるよ」


「……」


「それにウミヘビって、魚類も爬虫類もいるらしいね。………………爬虫類かぁ」


「勝手にテンション下がってんじゃないわよ。その情報、誰得なの……」


 魚類と聞いて、弥生もげんなりする。


「……ふふっ、ほんと馬鹿」


「あ、また馬鹿って言った」


「でも、そういうところも嫌いじゃないわよ」


「?」


 海斗には弥生がなにを言いたいのか、伝わらなかった。


「……ねぇ、一個だけ、海斗にわがまま聞いて欲しいんだけど」


「わがまま?」


 弥生は海斗の腰に手を回すと、そのまま抱きついた。


「!?」


 唐突なハプニングに、海斗は声にならない声を出してしまう。


「少しだけ……少しでいいから、こうさせて」


 そう言うと、弥生の上気した顔は、海斗の胸元に埋められた。


 ……え、ちょ、待って。どうするのこれ。俺はどうするのが正解なの?


 海斗は大いに戸惑い、そしてその様子を少し離れたところから見ている人物が一人。


「やはり、海斗クンに任せてよかったみたいだね」


 そんな言葉を残して、去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る