第31話 懺悔

 外はほぼ真っ暗で、月や星が出ているおかげか、辛うじて川を視認できるくらいだった。


 海斗はヘッドライトを点け、周囲を見回す。


 すると椿が予想していた通り、すぐ近くにある木の根元に、弥生が蹲っていた。口元を膝に埋めるような体育座りだ。


 ……どうしよう。なんて声を掛けていいか分からない。とりあえず近くに行くか。


 歩数にして十数歩の距離を歩く。……着いてしまった。


 弥生は俺の存在に気付いているみたいだけど、話しかけてはこない。完全に塞ぎこんでいる。どうしたものか……。


 悩んだ末、海斗は弥生のすぐ隣に腰を下ろした。そして、モンスターに存在を気づかれないよう、ライトを消す。


「……なんでよ」


「え?」


「なんで来たのよ。こんな最低な人間、放っておけばいいでしょ」


 なんで来たかって、それは勿論……。


「椿さんが俺に、弥生を元気づけて来いって言ってたから?」


「……はぁ~」


 弥生がとても深いため息をつく。明らかに好ましい反応ではない。


 だが、海斗の中では「仲間が来てくれた安堵の溜息」という解釈になった。脳内お花畑である。


「でも、椿さんがそう言わなくても、来たと思う。やっぱり弥生のこと心配だし」


「……馬鹿」


 弥生は気恥ずかしそうに、目を逸らした。


「なんでこのタイミングで頭の悪さをディスられたんだ……?」


「それが分からないなら、もっと馬鹿」


「えぇ……」


 海斗は困惑するも、その様子を見て、弥生は弱弱しく笑った。


「海斗はいつもそんな感じよね。よくも悪くも素直で、善人って感じ」


 そう言って、顔を膝から離し、背後の木に体を預けた。


「……私さ、友達に見放されたことがあるんだよね。いつも仲よくしてたのに、急に『友達じゃない』って言われて」


 遠い目をして、語る。


「だから私は絶対に、そんな風に人を見放したりしないって、決めてたの。あいつらみたいな人間にはならないって……。でも結局、私も薄情者だったのよ。仲間が裏切り者だとか、いけしゃあしゃあと口走ってさ……最低よ……」


 そこで言葉は途切れた。代わりに、小さな嗚咽が聞こえてくる。


 弥生は泣いていた。


 大声を上げるでもなく、顔を伏せるでもなく、ただ前を向いて、落涙していた。


「え、や、弥生……?」


 海斗はどうするべきなのか分からず、椿を連れてこなかったことを後悔しつつも……やはり彼らしく、自分の本音を言うことにする。


「俺、ちょっと思ったんだけどさ。弥生は本当に、睦美を見放したのか?」


「……そうよ」


「うーん、俺は違うと思うけど」


 その言葉で、弥生は海斗の方へ、ゆっくりと首を向ける。


「昼食の時、俺が拒絶したせいで睦美さんに元気なくて、弥生はそれを励まそうとしてたよな?」


「気まぐれ……きっとそうに違いないわ……」


「殺されることを本気で警戒してる相手に、気遣いなんてできるか?」


「……」


「本当は、睦美さんは裏切り者じゃないって、心のどこかで信じたかったんじゃないか?」


「……」


 俺は人の気持ちが分からない。今の弥生がなにを考えているかも、当てられる自信がない。


 だけど、これだけずっと一緒にいれば、分かったこともある。


「弥生は薄情な人間なんかじゃない。俺が保証する」


「……………うっ……、………うわあぁぁぁぁ……!」


 弥生は声をあげて慟哭した。


「………ぅぁ、………ごめんなさいっ…………………ごめん、なさいっ……」


 ところどころしゃくりあげながらも、まるで小さな子供のように、謝る。


 とめどなく溢れる涙を、手で拭いながら、謝る。


 そんな彼女の詫び言は、心なしか煌くように、夜空へと溶けていった。

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