第33話 ロマンスの神様、三度……?

「おーい。そろそろ起きた方がいいと思うよ」


 そんな声で、目を覚ます。寝ぼけ眼で辺りを確認すると、白衣が目に飛び込んできた。


 どうやら、椿が起こしてくれたらしい。


「あ、起きたね。おはよう」


「……ん、おはよう。起こしてくれてありがとな」


「これくらいなんともないよ」


 いつもはもっと早く起きるものの、前日あまり寝ていなかったこともあって、少し遅くなってしまった。まぁ遅いとは言っても、7時くらいなのだが。


「うーん……」


 弥生が眠たそうに伸びをする。


「弥生ピョンもお目覚めだね。昨夜は泣き疲れて、ぐっすり眠れたのかな?」


 そのセリフで眠気も吹き飛んだらしく、


「えっ、あんたまさか、見てたの!?」


「見ていたよ。弥生ピョンが情熱的に海斗クンを抱きしめたところも」


 椿は笑いを堪えようとして、しかし堪えきれなかったらしく、薄っすらと笑みを浮かべていた。


 すると弥生の顔がカァっと赤くなり


「ち、違うわよ! そんなんじゃないから!」


「ふふっ。素直ではないね、弥生ピョンは」


「~~っ! 私、あんたのこと嫌いよ!」


「あれれ、それは残念だね。私は弥生ピョンのことが大好きだよ?」


「うっさい! あんたホントいい性格してるわね!」


「お褒めに預かり光栄だね」


「……ちっ」


 弥生は舌打ちしてそっぽを向く。


 ……が、その方向には、偶然にも海斗がいた。


「二人とも、なんで喧嘩してるんだ……?」


 能天気にも、そんなことを聞く海斗。


 だが弥生は、それに怒ったり呆れたりするのではなく。


「……!」


 言葉を発さずに口をパクパクとさせ──


「っ、ちょ、ちょっと川で顔洗ってくる!」


 逃げるようにして、その場を立ち去る。


「(駄目だわ! 恥ずかしすぎて、海斗の顔見ながら話せない!)」


 弥生は川岸に辿り着くと、水面に顔を突っ込んで叫んだ。


「ブクブクブクブク!(昨日の私、なんであんなことしたのよ! 私の馬鹿!)」


 暫く泡の音を立ててから、ザバッと起き上がった。


「……いつも通りよ、いつも通り。変に意識するから緊張するの」


 独り言を言って、深呼吸。


 そして数回、顔を軽く叩き、岩の方へと戻っていった。


「おや、お帰り。早かったね」


「早いもなにも、顔を洗ってきただけよ」


「いや~、弥生ピョンのことだから、もっと昨日のことについて恥じ入ってくるのかと思っていたよ」


 図星だった弥生だが、なんとか顔に出さずに済んだ。


「別に、恥ずかしくなんて無いわよ」


 弥生はしれっとした態度だ。演技力が高い。


「ふむ、そうなのか。だけれども、流石の海斗クンも、あんな風にされてしまっては、弥生ピョンの気持ちに気が付いたようだよ。それでも全く恥ずかしくないのかい?」


「えっ、嘘でしょ……?」


 弥生は再び顔を真っ赤にして、海斗を見る。海斗も無言で弥生を見つめ返す。


 弥生はそのまま俯くと


「ちょっと、外来て」


 妙に緊張した様子で、海斗の袖を引っ張る。


「え、外?」


「そりゃそうでしょ。大事な話なんだから、人の前ですることでもないし……」


 ニコニコ微笑む椿に見送られながら、そのまま海斗は岩の外へと連れていかれた。


 二人とも穴から出たところで、弥生は服に着いた土埃を入念に落とすと、海斗に真っ直ぐ向き合った。頬を紅潮させた弥生が、海斗の視界に入る。


 そして、数秒の沈黙があり。


「……気付かれちゃったって、ちょっとカッコ悪いけど……でも、そういうことだから」


 弥生はそう言って、暫くもじもじする。それは期待と不安が入り交ざった表情だった。


 しかし、海斗は口を開こうとしない。


「……あ、あの、だから……返事、聞かせて欲しいの……」


 普段は強気な弥生には、中々珍しい態度。


 それに海斗は少し驚きながらも、口を開いた。


「返事、だけどさ──」


 弥生は思わずギュッと目を瞑る。普段は信じない神様にも祈るくらいに、その想いは強かった。


 海斗の返事は、果たして。


「──それって、なんの返事をすればいいの?」


 弥生はスンと真顔に戻り、ついさっきまで照れて見れなかった海斗の顔を、ここぞとばかりに凝視する。見たところ、悪気はなさそうだ。


 ……となれば、自然と元凶が浮き上がってくる。


「海斗、ちょっとここで待ってて」


「? いいけど」


 不思議に思いながらも、海斗は待機。そのすぐ横にある穴を弥生が潜り抜けていく。


「……あんた! 騙したわね!」


 いきなり怒号が響いてきて、面食らった。どうしたんだ!?


「にゃはは、バレてしまったようだね。というよりも、海斗クンがこの程度で察するような人間ではないことくらい、弥生ピョンにも分からなかったのかい?」


「死ねッ! マジ死ねッ! 死ねえええええええええええええええええ!」


 中でなにが起きてるんだ!?


 ……と、次の瞬間。


 弥生が椿にドロップキックを食らわそうとしているのが、見えた。


 そう、岩で覆われている内部の様子が、見えた。


 しかし、海斗にいきなり透視能力が宿ったわけではない。


 のだ。

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