第18話 会計時にお金足りないと気まずい

 柔らかな風が頬を撫でる。草木の爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。さらに、心なしか陽だまりにいるかのような温かみを感じる。


「……ん?」


 海斗は目を覚ます。太陽の光が眩しく、目を細めた。


 ここは洞窟ではなく、草原だ。小高い丘がいくつも連なった、平和な草原。


「よかった、起きたのね」


 目の前にはウサギ……ではなく、弥生の顔があった。海斗はそれを下から見上げている状態。


 つまり、膝枕されているのだ。


 それに気がついて、慌てて飛び起きる。


「は? そんなに私の膝枕が嫌なわけ? ……っていうか、勘違いしないでよね。気を失ってる人を直に寝かせるのは気が引けただけだから」


 顔を逸らして、少し強めの口調で言う弥生。わざとらしさが残る言い回しだったが、やはり海斗は気付かない。


「いや、別に嫌ってわけじゃ……むしろ寝心地は最高だったけど」


「は? キモい」


「酷い!」


 弥生は見るからに照れ隠しの様相を呈していたが、顔が見えないのでは海斗の誤解も無理はない。そもそも顔が見えたところで、海斗の鈍感さでは……という問題はあるが。


「……でもさ、私のこと助けてくれたんでしょ? 魚を見て記憶が曖昧になってるけど、それだけは覚えてるから。いちおう……ありがと」


「う、うん」


 海斗も180度変わった態度に戸惑いながらも、頷く。本当に女心と秋の空は分からない。


「あれっ、海斗さん! おはようございます」


 睦美が遠くから駆け寄ってくる。


「あ、うん。階段から飛び降りたせいで気を失ってたみたい」


 心配かけてごめんね、と言っておく。


「それより、睦美さんはどこ行ってたの?」


「あ、私ですか? 小鳥を追いかけてました! ついでに、辺りに危険がないかも確かめてきました」


 安全を確かめる方がついでなのかよ。やっぱり不思議ちゃんだな。


「でも、あまり一人で歩くと危ないよ。ここがどこだかもまだ分からないんだし」


「だ、大丈夫ですよ! 今日は金曜日ですし!」


「なぜ金曜日だと大丈夫なのか全く理解できないけど……とりあえず単独行動は控えてね」


「そ、そうですよね……ごめんなさい。……だって今日、本当は月曜日ですもんね……」


「なぜ頑なに曜日との因果を主張する……?」


 まぁ確かに、日曜日から一夜明けたので、月曜日ではあるけど。というか学校休むことになっちゃったな……。


「よし。地上に出たことだし、なんとかして家に戻ろう」


 ……と思ったが。


「ここってそもそも日本か?」


 それすら分からない。見る限り、ただただ草原が広がっている。まぁ、丘があるせいで全てを見通せるわけではないけど。


「残念だけど違うみたいよ」


 弥生が目で後ろを見るように合図してくる。それに従って振り返ってみると。


「なんだこれ……」


 3メートルほどの高さにぽっかりと穴が開いていて、そこから階段が地面まで続いている。


 しかも、その階段はカチコチに凍っているのだ。


「思うに、これはダンジョンの二階層よ。さっきの階段から続いているから、間違いないわ」


「えっと……つまり、まだ終わってないってことか?」


「そういうことになるわね」


 なんというぬか喜び。まだ抜け出せてないのか。あんだけ死にかけたのに。


「い、いつになったら終わるんでしょうか……?」


 睦美は、指で髪を触りながら、心配そうな目で弥生に尋ねる。


「出口に辿り着くまででしょうね。……はぁ。地図もないのに、こんなだだっ広いフィールドをどうやって攻略すればいいわけ?」


《ウィン》


「ん、なになに……えっ、うっそ! 【攻略情報〈マップ〉】だって! ktkr!」


 横から覗き込んでみると、どうやら地図がポイントで買えるらしい。


「地図ってゲームに関係あるのか?」


「あるに決まってんでしょ! 大体のRPGゲームにはミニマップがあるの!」


「RPG? ……あ、分かった! 『リンゴ、パンツ、ゴリラ』の略だ!」


「なにそのカオスでしかないゲーム。世界観が大崩壊よ」


 どうも違ったようだ。おかしいな、結構自信あったんだけど。


「そんなクソゲーの話は置いといて。地図は買った方がいいと思うんだけど、いいかしら?」


「いいかって聞かれても……弥生がいいと思うならいいんじゃないか? 俺より弥生の方が詳しそうだし」


「わ、私も弥生さんに賛成します。やっぱりこういう時は弥生さんが頼りになりますから」


 満場一致で可決。ポチっ。



『※ポイントが不足しています』



「「「……」」」


 いい感じで進んできたと思ったら、とても気まずい雰囲気になった。

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