第17話 冷たい所と、冷たい心

「あ、階段だ」


 一本道を進んでいると、左の壁が途切れ、下り階段になっていた。


「入るべきかしら……でもマップの全容は分からないし、罠の可能性もあるわね……」


 ブツブツ言いながら、考えを巡らせている弥生。


「あ、あの! タツノオトシゴが来てます!」


「えっ!? どこ!?」


 弥生の思考は強制中断され、パニックになる。咄嗟に海斗の背中に逃げ込もうとするも──


「海斗さん。両方から来てます……! 挟み撃ちにされてるみたいです」


「そっか。じゃあ、『あれ』を試してみよう」


「わ、分かりました!」


 ──二人のやり取りを見てしまい、海斗から離れる。


 だが、弥生のタツノオトシゴに対する恐怖は未だ残っている。弥生は誰にも頼れずに、地面に蹲った。


 しかしそれに気付かない二人は、作戦を遂行する。


「海斗さん、いいですか?」


「うん、お願い!」


《ビリィッ!》


 睦美は事前に書いておいた原稿を、破った。すると──


「よし、タツノオトシゴの動きが止まった!」


「成功ですか……?」


「うん。足止め出来てるね」


 これが新しく考えた作戦。睦美が前もってアシスト用の原稿を用意しておき、それを海斗の指示で破る。そうすれば、【魔法の執筆セット】も戦闘に役立てることができるのだ。……もちろん、ポイントの出費が痛いので、緊急事だけの使用となるが。


「これで強い敵と遭遇しても、大丈夫そうだね」


「は、はい!」


 喜ぶ二人……だが。


「魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚……」


「お、おい……弥生……」


 ガタガタ震えており、メンタル崩壊の一歩手前だった。


「だ、大丈夫ですよ……? もう動きは止まってますから、心配ありません」


「そ、そういう問題じゃないの! 近くにいるってだけで……ああああああ!」


「分かった分かった。すぐ倒すから、待ってて」


 海斗は急いで錘をタツノオトシゴに向かって投げた。


 それはタツノオトシゴの表面に当たり……静止。


「……えっ?」


 40号の錘はタツノオトシゴを砕くことなく、ちょうど接着した状態。糸を引っ張っているが、うんともすんとも言わない。


「ど、どうなってるんですか……?」


 睦美が声を上げた、その時。


《ピキピキピキピキ……》


 異音と共に、タツノオトシゴが凍り始めた。そしてその氷はすぐに錘をも飲み込み、糸伝いに延びていく。


「う、嘘だろ……!」


 海斗は危険を察知し、糸をナイフで切った。しかしその糸が地面に触れると、そこから氷の結晶が広がっていく。


「これはヤバいって! とりあえず、逃げるぞ!」


 海斗は反対側を向くが、そちらのタツノオトシゴも凍り始めていた。


「か、海斗さん! 階段に逃げましょう!」


「それしかないね……!」


 そう言うや否や、睦美は階段を駆け下りていく。海斗もそれに続こうとするが……。


「弥生、おい、弥生!」


 タツノオトシゴショックで放心状態だ。


「このままだと氷漬けになるぞ! 弥生、しっかりしろ!」


 やはり返事はない。


「しょうがない、後で蹴られるかもだけど……!」


 なんとか弥生を担いで、階段に向かう。


 ……踵の方が冷たい。もう、すぐ後ろまで凍っているのだろう。


「くっ……!」


 弥生を担いでいると、階段を下りるだけでも時間がかかる。このままじゃ追いつかれ──


 ──と、先の方に光が見えた。


「あとちょっと……!」


 ……が、突然左足が動かなくなった。


「靴が……!」


 靴の裏側が凍って、完全に地面とくっついている。このままでは二人揃って氷漬けだ。


「──おりゃああああああ!」


 渾身の力で弥生を前方に投げ飛ばす。逆光で先の景色は見えないが、弥生は確かにその光の中へと吸収されていった。


 海斗はそれを確認すると、左足を思いっきり持ち上げようとする。……駄目だ。


《ピキピキピキピキピキピキピキピキ……!》


 そうこうしている間に、右足の自由も奪われてしまった。


「くそっ!」


 海斗はナイフでスパイクブーツの靴紐を切断し、靴を脱ぎ捨てる。


 そして、頭から光に飛び込んだ。

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