第8話 ロマンスの神様、全力逃走
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ!」
海斗は今日一番の悲鳴をあげ、逃げ出した。
「あっ、ちょっと!」
反射神経がいいのか、弥生もすぐに反応して走り出す。
「うわあああああああああ!」「あんたうるさいわよ!」《キエェェェェェェエ!》
「うわあああああああああ!」「うるさいって言ってるでしょ!」《キエェェェェェェエ!》
今度は三重奏である。三者三様の声が木霊する。
「あんた、とっとと倒しなさいよ!」
「──ああああああ! ……ここで錘振り回したらお前にぶつかるから危ないだろ!」
「ならナイフでも使えばいいでしょ!」
「こんな刀身短いナイフで戦えるとでも!? それに俺は爬虫類と近接格闘したくない!」
「あんた使えないわね! このパーティー本当に雑魚すぎ!」
「あ、お前今雑魚って言ったな!? 魚を蔑称で呼ぶのは絶対に許さないぞ!」
「せめて自分のために怒りなさいよ! なんで魚のフォローしてんのよ!」
《キエェェェェェェェエ!》
ダンジョン内を右に左に奔走しながら、二人は逃げ惑う。
「こっちだ!」
海斗はコの字になっている窪んだ壁を見つけ、弥生をそこに押し込み、彼女に壁ドンをする形で自分もそこに隠れる。
《キエェェェェェ……》
地面の揺れとエリマキトカゲの声も、徐々に収まっていった。逃げ切ることに成功したようだ。
「「はぁ、はぁ……」」
全力疾走した二人は呼吸も荒いままで、とりあえず息を整えようと試みる。
だが頭が冷静になってくると、マズい気がしてきた。恐る恐る弥生の方に顔を向け──。
……意外なことに、弥生はポッと顔を赤くしているだけで、大人しかった。この近距離だと、てっきり蹴り飛ばされる一択だと思っていたのだが。
「「はぁ、はぁ……」」
呼吸も未だ乱れたまま、二人の視線は交錯する。弥生の息が鼻先に当たって、くすぐったい。
「「はぁ、はぁ……」」
心臓が早鐘を打つ。これは走ったせいなのか、それとも──。
「「はぁ、はぁ……」」
弥生はなにかを悟ったように、ぎゅっと目を閉じた。その時を予感し、海斗をじっと待つ。
そして、二人──
「よし、なんとか逃げ切れたな」
海斗はすっと弥生から離れた。
「……」
一人壁際に取り残された弥生。両手でスマホを握りしめ、少し震えながらもいじらしく待機していた彼女は──今やなにかに憑りつかれた様な表情で、地面を蹴っていた。
宙を舞った弥生は、そこから美しいフォームで足裏を海斗の背中に直撃させる。
「いったあああああああああああああああああああああああああ!」
弥生ちゃんドロップキックである。
地に伏し、痛みにのた打ち回る海斗だが、さらに追撃を食らう。弥生が何度も踏みつけてくるのだ。
「痛っ! 痛い!」
「……」
無言で踏み続ける弥生。
「痛い! 止め──痛い!」
「『やめてくださいしんでしまいます』って? なら死ねばいいじゃない」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
今日一番の悲鳴は更新されたのだった。
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