第7話 俺の錘食うなよ……
とりあえず近くにモンスターはいなかったので、警戒しながらも、壁際を歩いて行く。弥生の方が慣れているようだったので、先頭は彼女に任せることにした。
すぐに円状の部屋に着き、左のルートに入る。やはりモンスターの気配はなし。
順調に進んでいく……が。
弥生がスマホのライトを手で覆う。どうやら前に何かがいるらしい。
海斗はライトのモードを白色光から赤に変えた。こうすると光を当てても相手を刺激しないで済むのだ。……あくまで魚相手の話だが。
そして赤い光が前方を照らすと……巨大な巻貝の姿が不気味に浮き上がった。
動きはのっそりとしていて、速度としては赤ちゃんのハイハイくらいだ。これなら逃げるのも容易だろうと判断し、ライトを白色光に戻す。
「なんか、グロデスクね」
「うん。これだけデカいとな」
貝は海洋生物であるものの、魚類ではないため、そこまで海斗の心に響かなかった。
「……って、あれ錘じゃない?」
弥生の指差す先には、幾つもの錘が地面に転がっていた。
「よし、拾うか」
錘はモンスターの近くに落ちているが、動きのスピードからしてそこまでの危険度ではないだろう。海斗は近付いていく。
……が。
「あ」
その錘の上に、巻貝が乗っかってしまった。辛うじて一個だけ回収するも、それ以外は貝と地面の間。
「おいおい、マジか」
しかも貝はその場で留まってしまう。どうしたものか……。
「もういっそのこと倒しちゃえば? そしたら錘も回収できるし、ポイントも手に入って一石二鳥よ」
そんな弥生の言葉もあり、海斗は巻貝を倒すことにした。
「ただ、どうやって倒すかだよな……」
とりあえず、拾ったばかりの錘を投げつけてみる。しかしそれはカーンと甲高い音を立てて弾かれてしまった。
「ま、そうなるわな」
跳ね返ってきた錘を拾いながら、呟く。しかも音からしてあれは金属製だ。
そう言えば、深海には金属の鱗を持つ巻貝がいるという話を聞いたことがある。確か……ウロコフネタマガイ、だったか。このモンスターはそれが巨大化したものらしい。
「防御力の高いモンスターってことね。これは厄介だわ」
弥生も顎に手を当てて考え込んでしまう。
しかし、そんな弥生をよそに、なにかを思いついた様子の海斗は錘に糸を結びつけた。
「ちょっと危ないから離れてて」
「なにするつもり?」
「いいからいいから」
そう言って、弥生を少々強引に遠ざけると、糸を持って錘をビュンビュンと振り回し始めた。カウボーイが縄を回すのと同じ要領である。
そして海斗は、一度後ろを見て安全を確認する。
「……よし」
これはもう癖みたいなもので、投げ釣りをする際の常識である。周りに人がいないことを確認せずにキャスト(投げること)をすると、事故の原因になってしまう。だから必ずこのチェックは怠らないようにしなければいけないのだ。
「──ッ!」
海斗は糸から手を離し、錘を前方に飛ばす。それは高速で──石畳にぶつかる。
「?」
海斗の奇行に弥生は顔をしかめたが、海斗の目的は彼女の想像を上回っていた。
石畳にぶつかった錘は跳ね、綺麗なV字の軌道を描き、上から下へと生えている巻貝の鱗の隙間に吸い込まれていった。
《キュルルルルルル!》
貝が断末魔をあげて、砕け散った。光の粒子が漂い、消える。
ウロコフネタマガイを倒した!
「あ、あんた今なにをしたの!?」
突然の出来事に動揺して、弥生が尋ねる。
「鱗が硬かったから、鱗の隙間に当てられたら攻撃できるかなって」
「いや、そうだけど! あんなピンポイントを狙えるわけないじゃない!」
「そうでもないよ? 俺がしたのはスキッピングの応用だし」
「スキッピング……?」
「うん、簡単に説明すると──」
スキッピングとは川釣りにおいて、ルアーという小魚の模型のようなものを、水切りのように水面を走らせること。そしてルアーが水中に沈むと、それを本物の小魚と勘違いして食べた肉食魚がルアーの針にかかり、釣りあげられるというわけだ。
ではなぜ、わざわざ水切りの真似事をする必要があるのかと言うと、水面付近に木の枝などが生い茂っていた場合、普通に投げては引っかかってしまうからだ。
ならそんな所に投げなければいいのだが、そういう日陰になっている場所は魚が集まりやすい。だから必然的に釣り人もホイホイ集まってくるのだ。
「へぇー、そんな手法があるのね。……って、それにしてもあんたおかしいわよ! 数ミリ違わず狙い通りに投げるなんて無理でしょ!?」
「いやいや、普通普通」
全く普通ではない。海斗のコントロール力はプロも驚くほどのものだ。本人に自覚はないようだが。
そもそも水切りをするのと石畳で跳ねさせるのではわけが違う上に、海斗は釣り竿もリールも持っていない。そんな状況でこんな芸当をして見せたというのは、もはや神の領域と形容して差し支えない。
「まぁ、なんにせよ錘が回収出来てよかっ……」
海斗は絶句した。錘がないのである。
「えっ、なんで消えてるわけ……?」
「あの巻貝が食べたんだと思う……」
「は? 食べた?」
「うん。ウロコフネタマガイは金属を体内に取り込んで、それを自分の鱗にしてるから……」
「……つまり、金属製の錘を食べたってこと?」
「多分ね」
ウロコフネタマガイは本来、金属の塊を食べることはないのだが、あんなモンスター相手に全ての常識が通用するはずもない。
「どうすんのよ。もう錘は二個しかないわよ」
「まぁ、さっきみたいに糸に結びつけて扱えば、ロストもないでしょ」
「ポ、ポスト……?」
「ロストね。仕掛けを紛失すること」
「し、滋賀県……?」
「仕掛けね。錘とか釣り針とか、そういうのを全部含めた総称」
互いに専門用語は空耳が止まらないようである。
「そうね。さっきの戦法で戦えば威力も充分だし、問題なさそうね」
納得して頷く弥生だったが。
「……ねぇ、なんか揺れてない?」
「地震かな……って、まさか──」
そのまさかである。
すぐ背後に、エリマキトカゲが迫っていた。
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