第6話 滝飲みしなきゃ良かった byウサギ
……そんなこんなで不毛な雑談を繰り広げながらも、二人は完食する。
「あ~、美味しかった」
「あんたのせいでなんか気疲れしたけど……確かに美味しかったわ」
大満足。腹も満たされ、話はダンジョンのことに切り替わる。
「このダンジョ……洞窟のことだけど、あんたはなにか知ってることとかあるわけ?」
「知ってることって言ってもなぁ。死んだと思ったら身に着けた物と一緒に倒れてて、その後怪物に二度も追いかけられて今に至る……としか言いようがないな」
「二度? あんたあの魚以外にも追いかけられたわけ?」
「うん。タツノオトシゴの前はエリマキトカゲに追いかけられた」
「えっ、それどうやって逃げ切ったの?」
「ちょっと勢い余って殺しちゃった……」
トーンダウンする海斗。だがそれに反比例するように弥生の口調に熱がこもる。
「は!? 殺した!? どうやって!?」
「釣り用の錘を投げた」
「かは~、初期装備が豪華でいいですねぇ、あんたは! 私なんかスマホ一台よ? これだから俺TUEEEは嫌なのよ。あれはフィクションに限るわ」
「折れ杖?」
「俺TUEEEね。その様子だとあんたが理解する日は多分来ないわよ」
毒舌モードに入ってしまったようだ。言っていることが分からなくても、肌でそれを感じる。
「はぁ。私だって転移が事前に分かっていればスマホなんて持ってこなかったわ。連絡を取ろうにも当然圏外だし、出来ることなんてせいぜい『まるで将棋だな』って言うだけよ」
「?」
「なんでもないわ。それより今分かってることを整理するわよ」
それから弥生は次のことを確認した。
・ダンジョンから脱出するという目的
・ダンジョン内に生息している怪物
・現在の武器は錘とナイフのみ
・【ブリ】を買うことのできるポイントの存在
「こんなところね。分からないところは推測するしかなさそうだけど……」
「まずは食料と水を確保したいな。まぁ、食料は【ブリ】があるから大丈夫か」
「いや、あんたはよくても私は嫌よ。余程の魚バカじゃない限り三食【ブリの刺身(醬油なし)】はきついって。というか、そもそも【ブリ】を購入する方法すらはっきりしてないじゃない」
「あ、確かに~」
「『確かに~』じゃないのよ。本当、あんたって楽観主義っていうか……」
崖の上でのんびり釣りしてるだけあるわ、と皮肉を言うも、海斗は気付かない。
「あんた、【ブリ】の購入画面が出た時、なにか特別なこととかした?」
「うーん、なんにもしてないと思う。ただ『ブリ食べたいなぁ』って考えてたくらいで」
「いやどう考えてもそれでしょ。私、あんたが『食べたいなぁ』って思ってたせいで『✖』連打した人差し指がもげそうになったんだけど?」
ジト目で無言の糾弾するも、てへぺろの姿勢を崩さない海斗だった。
「まぁ【ブリ】の件は不問にするわ、美味しかったし──」
《ウィン》
「……あんたねぇ、せっかく私が許しを出したのにまた……って、え?」
『ポイントを消費して【水(淡水)】を購入しますか? 〔淡水魚を飼育できる〕』
「なんか水飲みたいって思ったら出てきた」
「……これで確定ね。欲しいと思えば購入画面が出てくる」
「うん。ただこれ、飲める水なのかな?」
「確証はないけど、飲めるような気がするわ。だってイラストがペットボトルだし」
画面にはペットボトルのイラストが表示されており、そのラベルには「ヒマラヤの天然水」と書かれていた。
「よし、じゃあこれも【購入】っと……」
ポチっ。ボタンを押すと、宙から2リットルサイズのペットボトルが出てきた。ゴトンと音を立てて地面に落ちる。
「水は大切だし、もう一つくらい買っておくか」
「あ、あんたまた勝手に──」
ポチっ。……しかし何も起こらない。
「ん? なんだこれ」
「『※ポイントが不足しています』って書いてあるわね」
「そうだな」
そう言いながらペットボトルを開け、口をつける海斗。
「あーっ! なんで先に飲むの!? 私が飲むことも考えてよ!」
弥生は海斗に恨みがましい眼差しを突き刺した。このままでは間接キスになってしまう。
「なんでって、毒味だけど?」
「は? 毒味?」
「うん。いちおう危険がないか確かめておきたくて。その方がお前も安心して飲めるでしょ?」
そう言って、海斗はペットボトルを差し出す。それを弥生は目を逸らしながら受け取った。
「……変な奴だけど、結構優しいのよね」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。その頬は紅潮していた。
弥生はペットボトルをそっと両手で掴み、じっと飲み口を見つめる。
「…………私ってば、なにドキドキしてるのよ」
またも独り言を発し、ゆっくりと口を近付けていく。しかし、その表情は期待と緊張が入り混じっているように見えた。
そして弥生の唇がとうとう飲み口に触れようとして──
「そんなに間接キスが嫌なら、滝飲みすれば?」
「馬鹿っ! 空気読めっ!」
やけになって滝飲みでガブ飲みする弥生。零れないように気を付けながらも、ドンと音を立てて、地面に置く。
「お~、滝飲みできるんだ。俺は出来ないから、凄いね」
「出来ないって言えばよかったのかちくしょー!」
「え、どういう意味?」
「な、なんでもない! 蹴り殺すわよ!?」
海斗は速やかに弥生から距離を取った。
「とにかく私たちはポイントを集めなきゃいけないの。そうしないとここから脱出する前に飢え死にするわ」
「とは言っても、そのポイントの集め方が分からないんじゃ、どうしようもなくないか?」
すると、弥生がニヤリと笑った。
「えぇ、確かにそうね。でもゲーマーの勘で分かるわ。こういうのはモンスターを倒すと手に入るのよ!」
弥生は得意げに言い放つ。
「なるほど、それなら【ブリ】と【水】を買うポイントが貯まってたのは、エリマキトカゲを倒したことで説明が付くな」
「でしょ? だからとりあえず今やるべきことはモンスターをたくさん倒してポイントを溜めること。おk?」
「分かった。でも、どうやって倒すんだ?」
「は? そりゃああんたの持ってる錘を投げてりゃいいでしょ」
「いや、もう残りが殆どないんだけど」
「……ゑ?」
二人の表情に陰りが生まれる。
「さっきのエリマキトカゲに十個くらい投げたから、手元に一個しかない」
海斗はポケットの中から小さめの錘を一つ取り出した。
「3号の錘、一個だけ……」
「……4、5センチの錘一個でどうしろっていうのよ」
沈黙する二人。だが、海斗がすぐにそれを破る。
「あ! まだあった!」
「……もぉ~、驚かせないでよぉ~」
弥生は怒るというより安堵したような口調でそう言った。彼女の顔は明るい。
「これ、錘」
海斗が取り出したのは、直径数ミリの小さな金属球。およそ数十個。
「……」
「……」
「……このゴミみたいな金属片でどうするつもり?」
「ゴミとはなんだゴミとは! これも立派な錘だぞ!」
海斗が手にしているのはガン玉という錘だ。浮き釣りをする際に、浮きの微細な浮力調整を行うための小さな錘である。様々なサイズがあるが、手元にあるのは平均して1グラム前後。投げつけても大した威力は望めない。
「……拾いに行くわよ」
「?」
「だから、あんたがエリマキトカゲに投げた錘、拾いに行くわよ。多分まだ落ちてるわ」
「そ、そっか」
階段の方へ向かう弥生に、海斗は後からついていく。
「あと、もしもモンスターに遭遇したら、全力で逃げるわよ。『命大事に』で」
「うん。了解」
短いやり取りの後、二人は慎重に階段を下りた。
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