第4話 ゲーマーウサギ、魚嫌い

 切れ長の目が特徴的で端正な顔立ち。フードを被っているせいで髪型は分からないが、どんな長さでも似合うだろう。美少女であることに変わりはない。


 彼女の名前は大崎(おおさき)弥生(やよい)というらしい。話を聞いている限り、ゲーム大好きオタク女子ということだが……。


「──んで、イベクエ周回してたら寝落ちしちゃってさ~。『やばっ』と思って起きたらこんなダンジョンに居たわけ。どうせなら異世界召喚でもされたかったわ。なんであんたと二人で寂しくサバイバルしなきゃいけないのよ」


 ゲームその他のオタク文化に一切触れてこなかった海斗には、何を言っているのかさっぱりだった。


「だ、壇上……?」


「ダンジョンね。なんで難聴ラブコメ主人公体質なのよ」


 海斗の頭の上にクエスチョンマークが溢れかえる。


「あんたまさか、『あれ』見てないの?」


「『あれ』って?」


「あれはあれよ。あの……ウィンって出てきて半透明の板みたいな画面」


 するとその時、彼女の目の前に半透明の板みたいな画面がウィンって出てきた。


「うわっ、半透明の板みたいな画面がウィンって出てきた!」


「そう、念じると半透明の板みたいな画面がウィンって出てくるのよ」


 SF映画とかで出てきそうな、ウィンって出てくる半透明の板みたいな画面である。


 そこには色々な情報が記載されており、今の状況について説明されていた。


「つまりあんたにも分かるように要約すると、モンスターがいっぱいいる洞窟に、私たちが閉じ込められたってこと」


「えっ、それって……」


「……な、なによ?」


 深刻な面持ちの海斗を見て、弥生は固唾を飲んだ。一時の静けさが緊張感を煽る。


 首筋を伝う冷や汗。徐々に高鳴る鼓動。


 ……そして、海斗はゆっくりと口を開いた。


「結構ヤバくね?」


「あんたそれ今更気付いたわけ?」


 またも呆れた様子の弥生。盛大な肩透かしだった。


「だから私たちは生き残るために、敵を倒しつつダンジョンを脱出しなきゃいけないのよ」


「だ、壇上……?」


「だからダンジョ…………洞窟よ」


 弥生は諦めた。


「……待てよ? 生き残るもなにも、俺たち死んでね?」


「は? 私を巻き添えにして死なないでくれる?」


「いや俺、確かに崖から引きずり落とされたから」


「なにがあったし!?」


 事情を知らない弥生は思わず大声を出してしまう。


「えーっと、実はダツダツしカジカで……」


「かくかくしかじかみたいに言われてもね。なによ『ダツダツしカジカ』って」


「知らないの? ダツもカジカも魚だよ?」


「知らないわよ! ……まぁでも、あんたが不憫な死に際だったことは分かったわ」


 少し憐れむようなトーンで言う。


「ただ、あんたは死んでないはずよ。だって私は寝落ちしただけだし、ここが死後の世界っていう説は薄いわ」


 確かにその通りだ。ここに来る条件は死ぬことではない。


「マジか。それはキンメダイだな」


「キンメダイ?」


「……あ、間違えた。ラッキーだな」


「どこに間違える要素があったのよ!?」


 弥生は頭を抱えてボソボソと呟き始めた。


「もう、こいつ駄目だわ。頭の中に海水詰まってるんじゃないの? いや、川の水も入ってるのかな……ってそんなのどうでもいいから! とにかくどうするのよ……プレイヤースキル云々の前にこんな雑魚パでクリアできるわけないじゃない……!」


 ──と。


《ぐうぅぅぅう》


 弥生のお腹が鳴った。


「……最悪よ」


 絶望と恥ずかしさでなんとも言えない雰囲気を醸し出す弥生。


「昨日、夜食も食べずに徹夜でスマホにかじりついてたから、お腹すいたのよ。悪い?」


 なにも言っていないのに、開き直ってきた。


「あ~、でも俺もお腹空いてきたな……。ブリとか食べたい」


「あんた魚しか食べないわけ?」


 その時だった。


《ウィン》


「あれ、半透明の板みたいな画面がウィンって出てきた」


「本当ね。えっと……」


 弥生は海斗に身を寄せ、画面を覗き込む。海斗は少しドキッとしたが、平静を装う。


「『ポイントを消費して【ブリ】を購入しますか? 〔新鮮なブリ〕』だって。課金の煽りみたいな文面ね」


 画面にはでかでかとブリのイラストが表示されている。絵のクオリティが若干ふざけて描いたとしか思えないのは、今ツッコミを入れるところではないだろう。


「えっ、これどうすればいいの?」


「あんたは機械音痴のおじいちゃんか。こういうのはとりあえず戻るボタン押しときゃいいのよ」


 弥生は左上の「✖」を押す。すると画面は消えた。


「おぉ……すげぇ……」


「逆にあんた、そんなんでよく今まで生きてこられたわね」


 ……しかし。


《ウィン》


「「…………」」


 再表示されてしまった。やはり落書きレベルのイラストが描かれている。


「しつこいわね……」


 もう一度「✖」を押す。


《ウィン》


 今度は消えた瞬間、かぶり気味に再表示された。


「なんなのよこれっ! あとこのイラストキモいんだけど!」


 弥生は「✖」を連打し始めた。


 《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》「✖」《ウィン》──


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」


《ウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィウィン!》


 しかし、遂に弥生の方が折れてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……駄目だわ……《ウィン》が『無駄無駄』って言っているように聞こえて仕方ない……」


 弥生はぐったりとしてその場から動かなくなった。


「うーん、でもどうせお腹空いてるし……買っちゃってもいいんじゃない?」


「駄目よ! ぼったくられたらどうすんのよ!」


「大丈夫じゃね?」


「あっ、馬鹿! そういう人が詐欺に引っかかるのよ──」


 ポチっ。【購入】のボタンをクリックした。


 すると、すぐに画面は消えた。


「……ほーら言わんこっちゃない。ポイント?だけ持っていかれちゃったじゃない」


「いや、でもなんか音がするよ?」


「音?」


「うん。その辺から……」


 海斗は近くの地面を照らしてみる。するとそこには。


 ピチピチと跳ねるブリがいた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」


 弥生は顔を真っ青にして海斗に抱きついた。


「魚類っ! 魚あああああああああああああああああああああ!」

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