終の回

未来へのエピグラフ

「まもなく、渋谷ー渋谷ー、お出口は右側です。JR埼京線、山手線、湘南新宿ライン…………」


 電車のアナウンスを聞いて、俺は時間を確かめる。

 午後六時四十五分。


 電車を降りて、ゆっくりと歩き出した。


 会社からの帰宅ラッシュ真っ只中。

 人がアリの大群のように同じように改札に向かい、やがて散らばっていく。

 彼らにはそれぞれ帰るべき場所があり、それぞれ守りたいものがあり、それぞれの想いがあるのだ。


 地下道を抜け、ハチ公広場に出る。

 暖かい風が吹いてくる。

 もう冬は終わったんだな、と再認識する。

 あれからもう、丸一年以上経ったということか。

 それはまるで何十年も前の出来事のようで、それでいて昨日のことのようにも思う。


 ハチ公が見えてくると同時に、知った人影も見えてきた。

 彼に向って手を上げる。


「よう、久し振りー」


 その人影もまた、手を上げて答えた。

 彼に近づくと、彼の背後から背の低い女の子が出てきた。

 竜持の影に隠れていて見えなかったのだろう。


「こんばんは、それにしても早かったんだね。待ち合わせまであと十分くらいあるけど」

「職場が渋谷なんだよ。六時に仕事終わってその足でここに来たわけ」

「なるほど…。で、横のこの子が?」

「あ、初めましてではないですけどちゃんとお話しするのは初めてですよね。岸井七羽です」

「……?手前ら、会ったことあったのか?」


 竜持が訝しげに俺らを交互に見る。


「うん、私が入院してた時、働いてる健斗さんを見かけたことは何度かあるよ」

「俺も見かけたってくらい」


 そう。

 あの後、プロテクターズは解体されて、俺は仕事を失った。

 でも、すぐに名京大学病院で雇ってもらえることになったのだ。

 と言っても、受付とか駐車場の交通整理しかできないから、給料は安いけれど。

 今は看護師の免許を取るために勉強中だ。


 それから俺たちは、取り留めもない話を続けた。

 気付くと、いつの間にか時刻は七時を過ぎていた。


「それにしてもあいつ、遅いなあ」

「…………ああ、まああいつ…マイペースを絵に描いたような奴だから」

「そんなオブラートに包まなくても。普通に自己中で自分勝手って言えばいいんですよ」

「おい七羽……それ、意味ほとんど一緒だぞ?」

「別にそんなことどうでもいいじゃない」

「こんばんはー‼」


 元気な声が聞こえて、聞こえたほうに振り向くと少年……いや、青年か……が立っていた。

 真っ黒の長袖、長ズボンを着て、その上にぶかぶかの青っぽいパーカーを羽織っている。

 頭には鍔が真っすぐな帽子をかぶっていた。


「おっせえよ四季、どんだけ待たせりゃ気が済むんだよ」

「え?三分くらいしか遅れてないじゃないですか」

「でも遅刻は遅刻だから」

「…………はい、そうですね。ごめんなさい」




 あの時――




「でも僕は、まだ僕を諦めたくない。まだ、死ぬには早すぎるよ。だから僕は…………最期まで戦うよ。健ちゃんたちと。そして、この運命と」


 そう言って四季は、短刀を構えた。

 俺はこいつを殺さなければいけない。

 俺も剣を抜こうと構えた。

 四季の顔を見る。

 覚悟を決めたような、凛々しい顔。

 その顔を見て、俺は思った。

 俺も、俺自身の想いを諦めたくない――って。

 それは、プロテクターズとしてはしてはならないこと。

 でも俺は、そうした。


「四季、今なら間に合う。逃げろ」

「…………え?でも……」

「いいから。生きたいんだろ?」

「…………うん」

「だったら行け」

「…………分かった」






 俺はあの時、四季をわざと逃がした。

 竜持以外の隊員には、駆除して消滅した、と説明してあった。

 竜持には本当のことを話した。

 彼は

「そうか」

 と言っただけで、批判したりすることはなかった。

 それが正しい選択なのかは、今でもわからない。

 でも、それが間違っていたのだとしても、俺は後悔しない。

 これは、俺自身が決めたことだから。

 俺の選択だから。




「いやあ、それにしても健ちゃんも竜持さんも久し振りだねえ。一年ぶりかな?」


 四季は竜持の隣にいる七羽ちゃんをガン無視して、俺たちに話しかけた。


「うん、あの時以来だな」

「いやあお変わりなくお元気そうで何より。ところで、予約してたところって?」

「こっちこっち」

「オッケー、行こ行こ!」


 そこで今まで我慢してた七羽ちゃんが割って入ってきた。


「ちょっとー、私にはなんかないのー?」


 四季は周りをきょろきょろと見回す。


「あれ?なんか声が聞こえたような気がしたけど……気のせいか。ごめんごめん、行きましょう」

「…………おい」

「ん?あれまた……やっぱり気のせいだね」

「いい加減にしろ、この自己中野郎!!!」


 七羽ちゃんが思いっきり四季の太ももの裏の辺りを蹴った。


「痛っったーー!!!誰だよもう……うわぁぁぁぁぁぁぁ!幽霊だぁぁぁ!!!」

「生きとるわ馬鹿!!!」

「え?七羽さん、そんなにこの世に未練あったの?ああ、神様仏様運命様、この人をどうにか成仏させてあげてください。そんなに悪い子ではないので」

「だから生きてるっつーの!だいたいね、あんた読者様に私のこと死んだって言いまくってたらしいじゃない!どうしてくれんの?死んでないんですけど!」

「いやね、それについてはね、ほんとにあの時は死んじゃったと思ってたんだよ、ウルトラ…あ、間違えた、ななはえも…ごめんごめん違った、ゾンビさん?」

「誰がゾンビだ!それを言うならあんたの方こそ一回死んでるでしょうが!」

「あーあー聞こえなーい!幽霊が喋ってることなんて聞こえなーい!」




 ……………………。

 にぎやかなことだ。

 でもさすがに今のこいつらと一緒にいるのは恥ずかしすぎる。

 街ゆく人たちが揃いも揃ってこっちを見ている。

 それは竜持も同感だったのだろう。

 俺と竜持は互いに頷いて、俺は四季の頭を、竜持は七羽ちゃんの頭を、同時にげんこつで殴った。


「痛った!」

「きゃっ!」


 彼らは同じように頭を抑え、呻いた。

 そして俺らの方を申し訳なさそうに見た。


「あー、ごめんなさい」

「あー、ごめんなさい」


 こいつら…………息ぴったりだな。




 その後は、予約していた居酒屋で、四人で飲んだ。

 と言っても、七羽ちゃんは酒には弱いらしく、全力で竜持に止められたため、ジンジャーエールを飲んでいた。


「ところでさ、健ちゃんは病院の下働きでしょう?そんで竜持さんは営業のお仕事。…………七羽さんって、何やってんの?」

「私?うーん、なんかカウンセラーみたいなことしてる」

「カウンセラー?どうして?」


 少し意外だったので聞いてみた。


「なんかずっと家いるのも暇ですし、せっかく過去が見えるんですから。なんか人の役に立てたらって思ったんです。結構便利なんですよ、この目。人の気持ちにはさすがになれないですけど、悩みの原因はなんとなく分かるんです。物は使いようですね」

「へえ、こんな人がカウンセラーなんかやってたら人間関係盛大にぶち壊しそうだけどね」

「はあ?あんた今なんつった?」

「…………じゃ、そのカウンセラーななはえもんさんに、一つ相談があるのだけどいいですか?」

「断じてななはえもんではないけど何?」




 四季の相談が終わると、もう終電の時間が迫っていた。


 居酒屋の前で竜持と七羽ちゃんとは別れた。

 どうやら家まで歩いて帰れる距離らしい。


 俺と四季は二人で渋谷駅へ続く坂を下っていく。


「はあー、まじでななはえもんのくせに生意気だ、リア充爆発しろ」

「それについては同意見。竜持のくせに生意気だ、リア充爆発しろ」

「…………でもまあ、みんな元気そうで良かったよ」

「そうだな…………」


 それからしばらく、俺たちは無言で歩いた。



 スクランブル交差点を渡りきったところで、少し前を歩いていた四季が急に止まる。


「どうした?」

「……星がきれいだなって思って」


 夜空を見上げてみる。

 もう営業を終えている店が多いせいか、辺りは暗く、星が明るく瞬いていた。


「ほんとに……きれいだ」

「…………ねえ、健ちゃんには話したことあったかな?」


 四季が振り返る。


「………?」

「あそこで輝いている北極星。今はポラリスっていう星なんだけど、あと千年とちょっとで、北極星はエライって星に代わるんだって」

「………そう、なのか」

「うん、それでね、健ちゃん。僕はずっと、この世界に移り変わらないものなんてないんだと思ってた。なんせ、北極星も変わっちゃうくらいなんだから。でも、そうじゃなかったんだね」

「………どうした急に………酔ってるのか?」

「……うん、そうかも」


 そう言うと、四季は夜空に向けていた視線を俺に向けた。


「ありがとね、健ちゃん。あの時僕を引っぱたいてくれて。おかげで、大切なことに気付くことができたよ。大切な物をもらうことが、できたよ」


 そう言ってはにかむ。


「………なんのことだ?俺は何もあげた覚えなんてないけどなあ?」


 俺がそう言うと少し口を尖らせた。


「そんなことも分かんないなんて………健ちゃんも馬鹿だね!自分で考えればー⁈」


 そして、ニコニコしながら手を振って駅の構内へと姿を消した。




 運命が変わる瞬間なんてのは、誰にも分からない。

 もしかしたら最初から運命は決まっていて、途中で変わることも、自分で変えることもできないのかもしれない。


 でも――。


 それでも――。


 俺は、今ここから。

 この世界にいる全員と。

 たくさんの友達フレンズと。

 自分が目指す場所に向かって走り続けよう。


 これまでのことは、未来へと繋がる長い長いエピグラフ。

 まだ見たことのない光たちに向かって。

 そしてその先にあるであろう、希望が満ちていると信じられる未来さきに向かって。


 俺は一歩、また一歩と歩き出す。

















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