羨望のストレングス

 俺と健斗は日付が変わるころに基地を出発した。

 病院へは歩いて十五分ほど。

 健斗に気になっていたことを質問し、その答えを聞いていたらすぐについた。




 病院に来るのは久々ではなかった。

 なぜなら――。

 ――いや、このことを考えるのはやめておこう。

 今は健斗の手助けをするのが先決だ。




 俺らは病棟に入ろうとする。

 その時、背後に気配。

 振り向くと、何かが目の前に飛んできていた。

 俺たちはとっさに避ける。

 何かが飛来した方を確認すると、見覚えのある……忘れられない姿が、そこにあった。


「避けたら建物が壊れるじゃん。ちゃんと受け止めろよ、プロテクターズさん?」

 ――オーザ。

 俺は視線をオーザに向けたまま、健斗に先に行くよう促す。

「健斗、手前は先行け。こいつは俺が引き受ける」

「……でも」

「早く行け!こいつは……俺が、殺す」

「………………分かった」




 健斗が病棟の最上階にある院長室に向かっていくのを確認してから、オーザは口を開いた。

「オマエ、一人で勝てると思ってんのか?」

「そりゃ当然、手前みてえな雑魚には負けんよ」

「フッ………どの口が言ってるんだか」

 オーザは竜持めがけて、両腕をゴムのように伸ばす。

 竜持は回避してオーザに接近。そして薙刀をふるう。

 オーザが持っていた拳銃と薙刀の刃が、金属がぶつかる甲高い音を立てる。

 そのまま力比べのような状態で両者の動きは止まった。


「前から聞きたかったことがある」

 竜持はオーザに質問する。

「なぜ手前は戦うんだ?」

「強くなるため。そうに決まってる」

 オーザはさも当然、といった風に答えた。

「何のために?」

「……マイケル・コリンズ、知ってるか?」

 オーザからの唐突の問いに竜持は困惑する。

「……さあ?知らねえな」

「おいおい、なかなかの有名な宇宙飛行士だぞ」

 話が読めない。

「……で?それが?」

「アポロ計画ってあるだろ?人類が初めて月に着陸しただ。コリンズはその時に司令船のパイロットとして宇宙に旅立った。でも彼は月には降り立つことができなかった。アームストロングが月面歩行しているのを司令船から眺めてただけ。だから彼は『忘れられた宇宙飛行士』と呼ばれてる。……オレはコリンズにはなりたくない。誰からも忘れられたりなんかしない、そんな強さを手に入れる。オレはそのためには何だってする」

 竜持には理解できなかった。

 ただ一つ彼に言えるのはこれだけだった。

「手前は、間違ってる。そんな風に自分のためだけに力を使ってる間は、手前は一生強くなんてなれねえよ」


 その言葉を聞いた直後、オーザの髪の毛が逆立った。

「オレが、強くなれない、だと?」

 オーザは銃で薙刀を払う。

 つばぜり合いが終わり、二人の間に距離が生まれた。

 オーザが足をゴムのようにしならせて蹴りを入れる。

 竜持は避けることができず、蹴りをもろに食らい後ろに数歩よろめく。

 それでもオーザの攻撃は止まることは無い。

 その攻撃はゴムのようにしなやかで、且つ、針のように鋭い。

 しかし、目が慣れてきたのか、竜持はだんだんと見切ることができるようになってきた。

 竜持は避けながら、にっ、と笑う。

「やっぱり、手前じゃ人間様には勝てんよ。ずっと同じ攻撃じゃ餓鬼でも避けれるわ馬鹿」

 一瞬の隙をついて、竜持の薙刀がオーザの首許に吸い込まれていく。


 次の瞬間、竜持の腹部に、彼自身の薙刀が突き刺さっていた。

「誰が、オレが人間に勝てないって?」

「…………今、何……を……?」

「オレのスキルは『他者のスキルを自分のものにする』スキルだ。数年前にオレは、時間を止めるスキルを持つヤツを殺して、そのスキルを自分のものにした。今回はそれを使っただけだ」

 オーザは薙刀を右に左にと回し、竜持の内臓をかき回す。

「……ぐぁっ」

 痛みに呻く竜持にオーザは言い放った。

「オレに勝てないようなヤツが、強さを語るな。オレが教えてやる。強さってのは、相手に勝つための力だ。そしてスキルってのは、強さのための手段だ。スキルも持たないようなヤツが、このオレより強いわけないだろ。オマエのような弱者を見ていると反吐が出る。さっさと消えろ」

 オーザは竜持の身体から薙刀を引き抜こうとする。

 しかし竜持は、そうはさせなかった。

 薙刀を自分の身体へと押し付けている。

 その顔には――

「……クックックック」

 笑みが浮かんでいた。

 オーザには訳が分からなかった。

 やがて、竜持が口を開いた。

「……確かに、俺は弱えよ。自分でも嫌になるくらいな。俺にもスキルがあったらって、何回思ったか分かんねえ。でもなあ、それでも俺は手前よりはまだマシだ。手前の弱さにはうんざりする。俺はスキルのことはよく知らんが、それが強さと全く関係ねえってのは分かるぜ。…………本当の強さってのはな、こういうことを言うんだよ」


 直後、背後でドン、という音がした。

 同時に背中に衝撃。

 オーザは痛みを感じ、自分の胸を見る。

 そこにはキラリと光っている剣の先端が顔を出していた。

 オーザの身体から刃が引き抜かれる。

 背中と胸から夥しい出血。

 オーザの身体は、傷口から崩壊していく。




 粒子になっていく自分の身体を抑えながら、オーザは呟く。

「オレは……死ぬのか?」

「ああ、手前は死ぬ。俺の勝ちだ」

「いいいい嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!オレは最強だ!!オマエに負けるなんて、そんなはずない!何かの間違えに決まっている!!だいたい、誰がオレを刺した⁈」

「私だけど」

 オーザの背後から声がした。

 消えかかっている身体が咄嗟にその方向を向く。


 そこには、

 右目に包帯を付けた、華奢な少女が立っていた。


「な、んで……オマエはオレが、殺したはず…………」

「あんたさあ、ほんっと、馬鹿だね。あんた、一度でも他人の過去見えたこと、ある?」

 オーザは首を横に振った。

「ま、そういうことだ。そんじゃあな、オーザ。手前は確かにスキルだけは優秀だったかもしんねえが……それとは逆にゴキブリほどの人望もなければ蠅レベルの協力者もいない、肥溜めで死んだ蛆虫が上等に思えるほどの糞中の糞だった。さっさと消えて社会に貢献しろ、弱者め」

 竜持がそう言い終わるのと同時に、オーザの身体は完全に消滅した。


 強さを追い求めた者の、あまりにも惨めな末路だった。




 オーザが消えて、二人は同時に、ふう、と息をついた。

「ったく……人遣い荒すぎですよ。竜持さん。私だってまだ全然回復してないんですからね?」




 七羽は一命を取り留めていた。

 四季とオーザが去ったあの後、七羽は松村によって緊急手術を受けた。

「俺はフレンズの研究者である前に一人の医者だ。だから目の前で誰かに死なれるのは我慢できない」

 松村はそう言って、七羽の治療を買って出たのだ。

 松村による手術は一日以上にも及ぶ大手術となったが、なんとか成功した。

 彼女は今も治療とリハビリのため入院中である。

 つい先日、やっと歩けるくらいに回復したばかりだった。


 竜持は、ここで松村と接触したことで、フレンズの情報について詳しく知ることになった。




 ぺたんと地面にへたり込んでいる七羽を見ると、白い病衣が所々赤黒くなっている。

 おそらく、またいくつか傷口が開いてしまったのだろう。

「別に俺は頼んでねえよ。ベッドの下に剣置いといただけ」

「それって来いってことじゃないですか!」

「そんなこと一回も言ってねえよ……ぐっ」

 途端に竜持は腹部に痛みを覚える。

 そういえば、薙刀が刺さったままだった。

 これまでこんな命に関わることを忘れていた自分に鳥肌が立つ。

 竜持はその薙刀を引き抜こうとする。

「ちょっと、何やってるんですか!」

 七羽が止めに入る。

「これ抜かなきゃ、動けねえだろ」

「ダメです!これ抜いたら血がめっちゃ出てきて失血死待ったなしだから!そんなことも分かんないの⁈馬鹿なの⁈死ぬの⁈」

「いや、マジで死にそうなんだわ……それに、こんなもん刺さったままじゃ、健斗のところ行けねえだろ」

「まだ戦う気なんですか?無茶ですよ!」

「だが――」

「だがもしかしもたかしもないから!!」

 ん?

 たかしって、何だ?

 ひとまずそれは捨て置こう。

「後のことは、正義のヒーローたちが何とかしてくれますって。ね?だから私と竜持さんは、ここでじっとしてましょ?仲間を信じるのも、強さでしょ?それに……今ここで竜持さんに死なれたら、治療費払ってくれる人がいなくなります」

「ふっ……そうだな」






 残るフレンズは、あと一体。






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