暗闇のロストパーソン

「ソージローが死んだからあと二体か……」

 竜持が呟いた。

 俺は頷く。


 フレンズとの戦いも最終盤だ。

 昨夜、ソージローが死に、遂にフレンズはあと二体になった。

 そこで俺は、フレンズの産みの親である松村親史を捕獲し、あと……二体。二体のフレンズを駆除することでこの長い戦いを終わらせようと画策していた。


「明日にでも、松村を拘束しに行くつもり」

「その前にオーザを駆除した方が良くねえか?」

「うーん、それも考えたけどさ。やっぱり新しいフレンズ増やされたくないなって思って」

「なるほどな。まあここまで来てまた増えちゃ、めんどくせえしな。……それより良いのか?」

「何が?」

「何って……あいつのことだよ」

「…………」


 あいつ――四季、いや、シキは昨夜、なぜか仲間であるはずのソージローを殺した。

 そしてその後、プロテクターズに捕らえられ、今は地下牢に拘束されている。


「……殺すんか?」

「……うん、フレンズは全部駆除しないと」


 立場上、俺はそう言う他ない。

 でも俺は、やはり四季を殺したくはなかった。

 どうにか"シキ"だけを殺すことはできないだろうか。


「あいつ、何でソージローのこと駆除したんだろうな?」

 考えに耽っていると、竜持が訊いてきた。

「分かんない。なんかあいつ、何にも喋んないらしい。っていうか、物も食べないって」

「ふーん……手前にだったら喋るんじゃねえか?」

 俺は竜持に目を向ける。

「と言うと?」

「手前、相棒だったんだろ?」

「でもそれはもう何年も前の――」

「確かに喋んねえかもしんねえ。っつーか、多分喋らんわ。でも、その可能性が少しでもあるのは、"相棒"だった手前しかいねえんじゃねえか?」

 俺は半信半疑だったが、竜持の言葉に従うことにした。




 地下の監獄に到着すると、そこには四季がいた。

 彼は牢屋の隅っこの方で体育座りをして、目を閉じていた。

 眠っているのかもと思ったが、俺が近づくと目を開いて、こちらを見た。

 しかしすぐに目を背けた。

「ずいぶん暇そうだな」

 声をかける。

「ここにはなんもないからね」

 声が高いのか低いのかよくわからない、独特の声が返ってくる。

「それより兄さんは何をしに来たの?」

 兄さん……。

「呼ばれ慣れないな、その呼び方は」

「うん、そうだよね。私も呼び慣れない」

 俺は監獄の鍵を開けて、自ら中に入った。

「俺は、お前に喋るためにここに来た」

「………私は話すことなんてないのだけど」

「別に俺は一方的に話をしに来ただけだから」

 四季は訝しむような目つきで俺を見た。

「私に話したところで、時間の無駄なんじゃないの?」

「なぜ」

「だって、私のこと殺すでしょう?」

「…………」

「まあ、フレンズなんだから殺されて当然だよね。しょうがないよ」

「……でも、お前はまだ――」

「どうせすぐ死ぬって分かってる人に話したところで無意味でしょう?その時間でできること、あるんじゃない?」

「四季…………」


 お互いに黙ってしまった。

 長い沈黙が俺たちを包む。

 ここ、冷えるな。

 そんな雑念が頭によぎり出した時――。


「ねえ、健ちゃん?」

 四季がいつになく弱々しい声で話しかけてきた。

「……どうした?」

 四季は俺の方を見て口角を上げた。

 だがそこには、やはり俺が知っている四季の笑顔はなく、どことなく哀しげな表情。

「もう、終わりにしてくれない?」

 それは、どういうことだろう?

 俺は首をかしげると、四季は語り出した。

「私はさ、プロテクターズを抜けてから今まで、必死になって戦ってきたよ。フレンズも、人間も、たくさん殺した。世の中の人全員が笑って過ごせる世界を創るために。そんな自分を理解してくれる人なんていないと思ってたし、理解してもらおうともしてなかった。でもね、ジローくんは……違ったんだ。私のことを理解してくれていた。ジローくんと過ごす時間はとっても楽しかった。多分、私は皆にこんな生活を送ってほしかったんだなって、感じたよ。でも私は、ジローくんがこんなにも私のことを理解してくれてるって、気づけなかった。気づいた時には、遅かった。自分自身の手で、幸せを壊しちゃったんだ。そんな私が、『理想の世界』を創る?ただのお笑い種だよね。私にはもう、そんな権利はないんだ。私にはもう、生きててもやることなんてないんだ……。だからさ、もういいよ。早く私を殺し――」

「いい加減にしろ!!」


 考えるよりも先に、手が出てしまった。

 俺は彼の顔を思い切り引っぱたいていた。

 パチン、と乾いた音がして。

 次の瞬間、驚いたような目で四季が俺を見た。

「生きていてもやることがない?自分を理解してくれる人なんていない?そんなわけないだろ!!お前がこの六年間どんな生活してたのか知らないし、何を思ってたのなんか、そんなん知らねえよ!でもお前、結局自分の思い通りにならなくてすねてるだけじゃねえかよ!そんなんじゃ、お前のことを思ってた奴が報われねえよ!」

 ひとしきり怒鳴ると、四季が反論してくる。

「は?すねてるって、そんなんじゃないよ!それに僕のことを気に掛けてる人なんていないんだって!たった一人のそんな人を、僕は殺したんだ……」

「…………俺がいる」

「…………!」

「他の奴のことは分かんない。でも俺は、少なくとも俺は、お前のことを気に掛けてた。お前は自分で思ってるよりも、色んな人に見守られてるんだと思うぞ」

「……でも――」

「信じられないか?血の繋がった人から言われたことでも」

 四季は口をぱくぱくと動かし、何かを言おうとする。

 しかし何を言うべきか分からないようだった。

 やがて、諦めたように息を吐く。

「……兄弟設定は、もうやめましょ。飽きちゃいました。でも……信じますよ。健斗さん」

 兄さんの次は健斗さんか……。

 よそよそしいな。

「だから教えてください。私は……僕はどうしたらいいんですか?」

「俺たちと来い」

「……?」

「お前はフレンズだ。だから処刑はする。でもその前に、松村を捕まえる。四季も手伝ってほしい」

「…………」

 四季は躊躇っているようだった。

 自分がフレンズだからだろうか。

 それとも松村に恩義でも感じているのだろうか。

 俺は肩に下げていたポーチからコンビニで買ってきたスティックパンと、遠距離連絡用の無線機と、それから二本の短刀を出し、地面に置いた。

「作戦は未明にも決行する。夜明け前には終わらせるつもり。じゃあ、待ってるから」

 そう連絡して、俺は監獄を出た。

 鍵は掛けなかった。




 日付が変わるころ、俺らは名京大学病院へと出動した。


 そこに四季は現れなかった。



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