不変のポラリス

 基地の中には、少しも問題なく侵入できた。

 全く……プロテクターズっていう組織はなんてセキュリティに甘いんだよ。

 見張りの一人もいないんじゃ、いつ誰に攻められるか分からんよ?

 でもまあ、数分後には気づくだろう。

 そうでなければ困る。


 男性を木の枝に拘束してから、森にある一際大きい木の下に腰を下ろす。

 六年前のあいつも、こういう風に座っていたな。

 視線を上げる。

 雪はいつの間にか止んでいた。

 空気が澄んでいるのだろう、満天の星空がここを包み込んでいる。

 中でも眩しく光るある星に目を奪われる。

 確かあれが、えっと……ポラリス?だと思う。

『北極星はずっと変わらず、この世界の中心にあると思ってるでしょう?でもそれは違って、ほんとは北極星の役割の星って変わっていくんですよ。だからきっと、この世に変わらないものなんてないんですよ』

 前にシキがそんなことを言っていた。




 回想に浸っていると、前方から足音が近づいてきた。

「ずいぶん早かったな、シキ」

 黒い服に身を包んだシキは、木の枝に括りつけられた人質を見て、それから俺をじっと見た。

「何の茶番ですか?」

 そう言った彼の声は、明らかに怒っている。

 少し笑えてしまう。

 でも俺は無表情で続けた。

「茶番じゃないよ、シキ。むしろここからが本番だ」

「?」

「これまでお前はよくやってくれたよ、シキ。おかげでフレンズもあと三体になり、プロテクターズもずいぶん減った。本当に助かったよ。花束を贈って抱擁したいくらいだ」

「……何を言っているんです?」


 俺は一息ついた。

 鼓動が速い。

 薬は効いているはずなのに、全身が熱を帯びてくる。

 のどが渇く。

 今からでも、違った方法を思いつかないだろうか。

 いや、そんなの無理だ。

 だったら、この優しい夢から醒めないとだよな。


 決心して、声を張り上げる。

「俺の目的は、『理想の世界』を作ることなんかじゃあない!俺のゴールは最初から、この世界の、支配者になることだ!!ハッハハハハハ!!」

「……どういうことだよ?」

「簡単なことだ。俺は、支配者になるために、これまで殺しを重ねた!フレンズやプロテクターズのような、戦闘能力が高い奴がいる世界は、統治しにくいからだ!だがお前という協力者を得て、フレンズもプロテクターズもほとんどいなくなり、俺の準備は遂に……整った!」

 拳銃に弾丸を装填する。

 そして銃口を人質に向ける。

「もうお前は必要ない!俺の世界には、俺以外の力を持つ者は邪魔だからなあ!こいつはお前をおびき寄せるための人質だよ。お前が普通に帰ってきていればこんな目に合わずに済んだ。お前が殺したようなもんだな!ハーッハハハハハハ!!」

 俺は狂気に憑かれたように笑いながら、引き金を引いた。

 男性は胸から大量に出血して、死んだ。




「……死んだんですか?」

 シキは震える声で、分かりきっていることを聞いてきた。

 よっぽどこの状況を認めたくないのだろう。

「ああ、死んだよ」

「………………ずっと、騙してたんですか?私を、利用していただけなんですか⁈」

「そうだ」

 彼はきつく拳を握りしめて、心の中に渦巻く怒り、悔しさをにじませた。

「私は、信じてたのに。あなたには、あんたにだけは!僕はついて行けるって!思ってたのに……」

 彼は短刀に手をかける。

「あんたは、何をしてでも僕が駆除するよ……」

 そうだ、それでいい。

「やってみろよ。俺を、殺してみろよ!」


 シキは明らかに動揺していた。

 その動揺は戦いでは大きい。

 彼は自分のスキルを全くと言っていいほどコントロールできていなかった。

 俺は拳銃を長剣に変化させて彼を攻め立てた。

「オラオラ!どうした!お前はそんなもんか!」

「くっ、うぉぉぉぉぉぉ!!」

 叫び声を上げながら向かってくるシキを、俺は真正面に蹴り飛ばした。

 シキは木にぶつかって地面に倒れる。

「おいおい、もう終わりかよ。もうちょっと楽しませてくれると思ってたよ」

 俺は立ち上がることのできないシキに近づく。

 そして剣を銃に変え、彼に向けて撃った。


「へえ、まだ動けるんじゃん」

 シキは水の壁を作って、すんでのところで銃弾を止めた。

「……あんたを殺すまでは……死ねないからね」

「そうか」

 シキは立ち上がった。

 それでも、木にもたれて立っているのがやっとという状態だ。

 そろそろ奴らに来てもらわないとまずい。

 しかし俺ら以外の気配はない。

 ほんっとに、どんだけザルなんだこの組織は。


 シキから水の剣が伸びてきた。

 俺は回避しようとした、その時――。

「ゴホッゴホッ」

 猛烈な吐き気。

 口を塞いだ手を見てみると、そこには血がたまっていた。

 薬が切れてきたみたいだ。

 シキの攻撃が止まる。

「………ジローくん…」

 俺は痛み始めた体に鞭を打ち、素早く彼に接近、パンチを食らわせる。

「どうした、俺を殺すんじゃなかったのか?」

「ジローくん、あなたは……」

 攻撃をしてこないシキを俺は殴り続ける。

 彼が着けている仮面を、鎧を壊すように。

「おい、攻撃して来いよ!俺を殺してみろよ!俺を殺して、正義のヒーローに、なってみろよ!!!」


 シキの右頬を殴ると、彼は少し後ろによろけて倒れた。

 顔を伏せたまま動かない。

 しばらくして顔を上げて、俺の方を見た。

 先ほどよりも強い意志を持ち、それであって泣きそうな子供みたいな顔。

「………分かってるよ。ジローくん。僕が、僕の全存在をかけて、あなたを倒す」

 笑いがこみあげてくる。

 こいつはきっと、俺の考えを汲み取ってくれたのだろう。

 正義のヒーローが彼の全存在をかけるなら、悪役も死力を尽くさないとな。

「ククク……ハッハハハハハ……来いよぉぉ!!!」


 四季の剣が、一直線に俺に迫ってくる。

 さっきまでのことが嘘のように、迷いなく、一直線に。

 俺は拳銃を剣に変えて、水の剣を斬ろうとする。

 が、斬れなかった。

 その剣はもはや水の剣ではなく、氷の剣だった。

 腹部に衝撃。

 今日初めて、まともに攻撃を食らった。

 それでも四季は攻撃を止めない。

 彼の曇りのない目が、俺の方を見つめていた。


『この世に変わらないものなんてない』

 そうシキは言った。

 でも、多分それは間違いだよ。

 俺にとってのポラリスは、あの時からずっと、お前だから。

 四季のそんな目を見れただけで、俺は満足だ。

 悪役は俺一人で充分だから。

 お前はもう戻れ、元いた場所に。


 自在に伸びる氷のように固い剣は容赦なく俺を攻め立てて。

 やがて俺の、心臓を貫いた。








 僕が刺した場所から、ジローくんの身体は霧のような粒子となって、星空へと吸い込まれていった。

 急激に、脚に力が入らなくなり、その場に蹲ってしまう。

「動くな!武器を捨て、手を頭の後ろに!」

 と、背後で声がした。

 何十人もの気配。

 プロテクターズの隊員さんだろう。

 大人しく従おうと思った。

 なんとなくジローくんがいたはずの場所に目をやると、あるものが落ちていた。

 思わず、ぷっ、と吹き出してしまう。

 僕は這うようにして、それを取りに行く。

 隊員さんが、

「動くなと言っているだろう!」

 と、僕の進行方向へ立ちふさがった。

 でも、僕が一言、なるべく平坦な声で

「どいてくんない?」

 と言うと、ひるんだように道を開けてしまった。

 なんというザル集団。

 僕はそれを拾った。


 チョコチップスティックパン。

 六本入りの最後の一本が残っていた。

 僕は袋からそれを出し、齧る。

 口の中に、優しい甘さが広がった。


「こんな時までジローパンかよ。まあ、おいしいもんね、これ……」



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