丁の回

信念のスティックパン

 外では、雪が降っていた。


 俺は部屋の毛布にくるまりながら、特撮ドラマを見ていた。

 今日はを休みにすると前々から決めていた。

 久々にこうやってのんびりしながらリアタイ視聴している。

 でも、いつもは夢中になれるはずの特撮ドラマに集中できない。

 つい、他のことを考えてしまう。





 朝になっても、シキは帰ってきていなかった。

 気晴らしでもして帰ってくるかなっていう淡い期待もかなわなかった。


 三年前からあいつはまるで、意思を持たないロボットのように、フレンズを、そして人間を殺し続けていた。

 その姿は、見ているこっちも目をそむけたくなるほどだった。

 理由は二つ。

 一つ目は、彼の殺しぶりがあまりにも残虐だったから。

 もう一つは、殺しをしているシキの姿が……。

 ああ、もう、なんて言えばいいんだろう。

 言葉にするのは難しい。

 でも、あいつを見ていると、胸の奥が締め付けられるように苦しくなる。


 いつのことだっただろう、俺はあいつと特撮ドラマを見ていた。

 その日は、悪の組織の幹部的な人物が死んでしまうストーリーだった。

 その幹部は、悪の組織の幹部の野望のためにはどんなに非道なことも平気で実行する人物だった。

 しかし、彼の最期は、悪の組織のリーダーが主人公のヒーローに放った攻撃を庇う、というものだった。

 彼は自分のその瞬間の想いに負けた、ということだ。

 あの時シキはこう言った。

「やっぱり目指すもののためには、自分の感情とか捨てないと、ダメだよね。他の人になりきらないと、ダメだよね」


 この三年間、あいつは自分を捨てて、他の人になりきって過ごしてきたんだろう。

 仮面をかぶって、悪役に徹してきたのだろう。

 俺はそのことに気づけなかった。

 いいや。気づいてはいたけれど、無視していた。

 俺はあいつと過ごす、この素敵な時間を終わらせたくなかったから。

 その結果、あいつの心の堤防を決壊させてしまった。


 昨日、俺がコンビニにスティックパンを買いに行った帰り道。

 俺は聞いてしまった。

 あいつの心の叫びを。

 ”シキ”じゃなくて、”坂本四季”の想いを。

 それから今まで、ずっと考えていた。

 どうしたら彼を海底から引っ張り上げられるのかを。

 もともと一つだけ、考えていた方法はある。

 でもそれは、できれば使いたくない奥の手。

 ……自分勝手だな、俺は。




 夜になっていた。

 結局、一日中毛布の中でぼーっとしていただけだった。

 あれから、名案は一つも思い浮かばなかった。

 シキも帰って来ない。


 空腹感を覚え、スティックパンを取ろうと体を起こす。

 と、右腕に激痛が走る。

「痛っ……」

 思わず呻いてしまう。

 前に、下山竜持と戦った際に切り落とされた右腕。

 俺の体はその腕を修復するために相当無理をしてしまったらしい。


 フレンズは、ワクチンで細胞分裂を抑制することによって、寿命が長くなる。

 しかし俺は右腕を早く治すために細胞分裂を過剰なほど引き起こしてしまったようだ。

 これでは当然のことながら長生きはできない。

 松村先生曰く、あと一年以内の命だそうだ。

 今は薬でなんとかごまかしてはいるけれど、服用をやめたらすぐに体中痛くなり、頭痛とか吐き気も出てくる。


 スティックパンを何本か食べて、その後に薬を飲む。

 痛みはだいぶ落ち着いてきた。

 俺は一人呟いてしまう。

「結局、なんもできないのか……なんにも」




 人間だった頃、俺は体が弱かった。

 一年の内、三か月程は入院しているような、そんな子供だった。

 両親は、始めのうちはとても親身になって看病してくれた。

 そんな親に俺は子供ながら、感謝の念と、罪悪感を抱いていた。

 でも俺が十五歳の時、その年三度目の入院を終えた時だった。

 遂に母親の心のが外れてしまったのは。

 母親は包丁を振り回して父親を刺した。

 そして俺に濡れ衣を着せ、父親の生命保険だけかすめ取って、どこかに消えた。


 命の軽さを、俺はよく知っている。

 守らないとすぐに零れ落ちてしまう命を、母親は守ることなく壊したのだ。

 そんな他人の命を蹂躙するような奴は死んだ方が良いと思った。


 とは言っても当時の俺にはそんな力がある訳もなく、すぐに警察に拘束された。

 裁判を受ける前日、俺はまた体調を崩した。

 ひどい喘息の発作だった。

 俺はすぐに病院に搬送された。

 そこで、松村先生と出会った。

 先生は俺にこう言った。

「放っていれば君はもうすぐ死ぬだろう。生き残るためにはこのワクチンを打つしか方法はない。生き残るだけでなく、今まで持っていなかったような多くの能力も得ることになるだろう。でも、そうすれば、君は生き永らえる代わりに”人間”としての君を失うことになる。どうしたい?」

 この時、俺は思ってしまったんだ。

 何か能力を得ることができたら人殺しを殺せるかもしれない、そして、そんな人間がいない世界を作ることができるかもしれない、と。

 だから俺は、フレンズになった。


 そこからは、俺が望む世界のためにひたすら行動してきたつもりだ。

 そのためにサトリさんを裏切り、シキをスカウトした。

 多くの人間を殺した。フレンズも当然粛清した。


 なのに俺は――。


 俺が今、一番望んでいることは――。


 あいつを救いたい。

 残された時間の中で、俺は、”坂本四季”を海底から引っ張り出したい。

 そこまではできなくても、浮き輪だけでも用意したい。


 俺は一時の感情に負けただけかもしれない。

 それでもこれは、俺の選択だから。

 そうと決まれば、立ち止まってなんかいられない。

 もう、あの手を使うしかないよな。




 厚手のコートを着て、その裏にあるポケットに拳銃と、それからスティックパンを入れる。

 そして鍵を閉めて、家を出た。


 夜道で出会った少し小柄な男性に拳銃を突きつけた。

「ちょっと来てもらっていいか?」

 そう聞くと彼は、震える体で頷いて、おとなしく俺についてきてくれた。

 目的地は決まっていた。

 プロテクターズ基地の森。

 坂本四季を殺した場所。

 シキを迎え入れた場所。

 ここでなければ、意味がない。


 道すがらシキに電話する。

 意外にも、一発でつながった。

「あ、ジローくん?……ごめんなさい、戻らなくて。今から帰るので――」

「今すぐプロテクターズ基地の森に来い。さもないと俺は人間を殺す。勘違いするな。俺が殺すのは誰も殺したことがない、無辜の民だ」

「な、どういうことですか……冗談はやめてくれません?」

「冗談じゃない。タイムリミットは二十分後だ」

 一方的に言って、通話を切った。




 もう、後戻りはできない。





















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