丸子橋から多摩川を見ていた。




 色がない。



 何年か前まであんなにも鮮やかに彩られていたこの世界。

 あの日から、僕の世界からは色がなくなった。

 モノクロの世界で、ただ機械のように殺し続けていた。

 もう何も感じなかった。

 殺した後の心の痛みも、苦しみも、疲労感も。

 何も。




 こんな風にここから下を見ているのは、あの時以来だろうか……







 その日の僕とジローくんは、竜持さんを殺そうとした。

 そのために七羽さんを誘拐した。

 彼女と会うのはけっこう久々だった。


「こんばんは、久しぶりだね」


 僕は始め、そう挨拶したっけ。


「確かに久しぶりね、死期デス・ピリオドくん」


 懐かしい呼ばれ方をされた覚えがある。

 でも僕はもう……


「フフフッ……昔のことなんか思い出させないでくださいよ。私は死期デス・ピリオドじゃあないですよ」

「ふうん、”私”ねえ……。そんで四季くん、それと確か……ソージローさん? だっけ? 何するつもりなの?」


 七羽さんは僕と、隣に立っていたジローくんに尋ねていた。


「いや特に何もするつもりはないです、あなたには。あなたを餌にして竜持さんをおびき寄せるだけです」

「それで殺すつもり?」

「はい」

「横取りしないでほしいな。私の獲物なんだから」


 すごい目つきで睨まれた。

 まあそんなこと、どうでもいいけど。


「知ってますよそんくらい、取られたくなかったのならさっさと殺せばよかったじゃあないですか?」

「……”正義のヒーロー”の言葉とは思えないね」

「私はもう正義のヒーローは捨てたんですよ」


 そう言った後の彼女の表情はよく覚えている。

 でも何を考えているのかは分からなかった。

 左目を伏せて、


「きみはヒール役になっちゃ、だめだよ……」


 と呟いていた。


 




…………。

 確かその後、僕は七羽さんの鳩尾を殴って、気絶させた。

 竜持さんが来たら応援に行くから、とジローくんに伝えてその場を離れた。

 そして今日みたいに、丸子橋の上から多摩川河川敷をボーっと見ていたんだ。

 そうしたら竜持さんが現れて、ジローくんと戦い始めた。

 僕も参戦しようと思ったけれど、七羽さんの言葉が頭の中から離れなくて、結局そのまま観戦した。



 その時ふっと見上げた空に、月が異様なくらい大きくなって浮かんでいたことを、鮮明に覚えている。





 そんな風に過去の回想に浸っていると、灰色の空から白い粉のようなものが降ってきた。

 次から次に落ちてきて、道路にぶつかっては消えていく。

 雪だ。









 確か、慧他さんを殺した日も、こんな風に雪が降っていた。

 慧他さんは幹部なだけあって、これまで屠ってきた人たちとは比べられないくらい強かった。

 でも、なんとか勝つことができた。

 殺される直前、慧他さんは僕に、


「ごめんな、なんにもおまえの力になれなくて」


 って言った。

 意味が分からなくて、どういうこと? って聞いてみようかとも思ったけれど、やっぱり聞くのをやめた。

 それで、何も考えずに殺した。







 …………。

 七羽さんと慧他さんは、僕に何を言いたかったんだろうか。

 結局分からないままだ。

 今になって真意を尋ねようと思っても、それはできない。

 もう二人とも、この世界にはいないから。

 まあ、尋ねようなんて思わないけれど。









 下の人影に目を引かれる。

 大学生くらいだろうか、若いカップルと思しき男女が手をつないで走っている。

 彼らは頻りに後ろを振り向いていた。

 彼らの背後にはフレンズがいた。

 なかなかの韋駄天で、カップルは今にも追いつかれてしまいそうだった。

 こういうことに出くわすことは何度かある。

 いつも、”仕事の時間だ”と思う前に、”助けなきゃ”って思ってしまう。

 不思議な話だ。もう正義のヒーローは捨てたというのに。




 僕は河川敷に降りて彼らの許へ走った。

 そのころにはもうフレンズはお二人に追いつき、女の人の方を襲っているところだった。

 彼氏さんの方が、健気にもフレンズと彼女さんを引き離そうとしている。

 僕は女の人を掴んでいるフレンズの右腕を切り落とした。

 フレンズは痛みに後ずさった。

 カップルは何が起こったのか分からないのか、ぽかんとしている。


「危ないんで、下がっていてください」


 彼らに僕は注意喚起をしてフレンズに目を戻した。

 さて、プロテクターズが来ないうちにさっさと終わらせるか。

 スキルを発動する。

 僕の水の剣は幾重にもなってフレンズの体へと飛び込んでいき、その体をバラバラにした。




 短刀をしまってから、僕はカップルの方へ歩き出した。

 彼女さんの方はけがをしているので、手当をしないと。

 お二人はがくがく震えていた。

 もうフレンズはいないんだから、そんなに怖がることは無いのに。

 しかし彼らは、僕が近づいていけばいくほど、恐怖の表情へと変わっていく。


「けがしてますね、手当します」


 僕は彼女さんにそう言って、患部に触ろうとした。

 しかし彼女は手を振り払って、それを拒んだ。


「あんたなんかに、手当なんかしてもらいたくないわよ! この人殺し!!」


 彼氏さんも立て続けに言う。


「お、お前なんか、本物の、怪物だ! あんなに簡単に人を殺して、怪物だ! 悪魔だ!」


 お二人はもつれる足で僕から逃げていった。




 その時、何も感じなくなったはずの心に、何か黒いものが浮かび出てきて。

 捨てたはずの”坂本四季”が急に姿を現して。

 たまらず叫んでいた。


「ふざけんなよ!! 僕が怪物⁈ 悪魔⁈ お前らを助けるためにこっちは殺ししてんだよ!! なのに僕が悪者かよ!! だったら自分のことくらい自分で守れよ‼ 僕はお前らを守ることもしちゃいけないのかよ!! 僕にはそんな権利も……ないのかよ」








 気付いたら辺りは暗くなっていて。



 でも雪は降り続いていて。



 今夜は星が見えないな。






 季節はまだ、移り変わる気配がない。














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