じゃがいもを一口大に切って冷水からゆでる。

 沸騰したら冷蔵庫から出したての生卵を入れてそこからさらに8分ゆでる。

 その間にきゅうりを輪切りにして塩を振っておく。

 ゆでたじゃがいもと卵にきゅうり、それからほぐしたカニカマを鍋に入れる。

 それにマヨネーズ、塩コショウ、ごま油を適量加えて混ぜる。



 今日の夕食はポテトサラダを作った。

 ここに住むようになって3年、僕は自炊するようになった。

 今日のようにポテサラを作ったり(上記のレシピ、おいしいよ)、時間があるときには唐揚げも作ったりする。

 そしていつもジローくんと一緒に食事をとる。



「いただきました」


 隣のジローくんが手を挙げてそう言った。

 僕は甲斐甲斐しくため息をつく。


「……前にも言ったけど、それやめてくれません? 普通に『ごちそうさま』でお願いしますよ」

「何で?」

「それ、パクリじゃん。著作権引っかかったらどうすんの?」

「な、パクリじゃない! オマージュだ! ほら、挙げてる手、逆だろ?」


 とんでもない言い訳。


「だめだこいつ、早く何とかしないと……」


 もう一度ため息をつくとジローくんは僕を非難してきた。


「お前いっつも大して話さないくせにこういうときだけうるさくなるのやめて欲しいんだけど。俺の物語の結末は、俺が決めさせろ!」

「そういうのやめたら静かにしますよ。……ごちそうさまでした」


 僕は食器を片付け始める。




 あれから僕は、ジローくんと、彼が匿っているフレンズたちと暮らしていた。

 とはいっても、そこには個室があるので皆さん一人暮らししているようなものだ。

 僕は専らジローくんと行動を共にしているため、そのままの流れでジローくんの部屋で過ごすことが多い。



 彼との生活は楽しかった。

 朝起きて、プロテクターズやフレンズを粛清し、夕方になって帰ってきて。

 その後少し落ち着いたら、僕はごろごろしているジローくんを横目で窺いながら夕食を作る。

 それで特撮ドラマを見たりしながら、冗談とかも言い合いながら、ご飯を食べる。

 その後は自分の部屋に戻る。



 まるで、本物の家族になったみたいで。

 家族の温もりはこんな感じなのかな、とか思いながら。

 一日一日、かみしめるように過ごしていた。






 真っ黒の長袖シャツと、これまた真っ黒な長ズボンを着て、僕は外に出た。

 青いパーカーは羽織らなくなった。

 あれは今の僕にはいらない。今の僕は、この漆黒の服だけで十分だ。



 道の脇に立っている木々たちは黄色とか、赤色とかに色づき始めていた。

 空気も少しずつ冷たくなっていく。

 一週間前までは半袖でも大丈夫だったのにな。

 街ゆく人たちも長袖の人が増えた。




 僕は五反田駅に向かった。

 今日はジローくんとは別行動だ。

 歩いていると、駅からほど近いマンション群の一角で、フレンズが男の子を襲っているのが見えた。

 僕は走る。

 恐怖で身動きが取れなくなっている男の子を抱きかかえ、一旦その場から離れた。


「大丈夫? けがとかしてない?」


 安全なのを確認して、僕は男の子に声をかけた。


「ここ、すりむいた」


 見てみると膝から血が出ていた。


「ありゃりゃ、血出ちゃってるね。痛いよね」


 彼は頷く。

 今にも泣きだしそうな表情だが、涙をこらえていた。

 僕は絆創膏を貼って、彼に名前を聞いた。


「君、名前は?」

「……アキト」


 僕はアキト君の頭を撫でた。


「頑張ったね、アキト。よく泣かなかったね、えらいぞ。もう大丈夫だから、真っすぐ家に帰るんだぞ」

「お兄ちゃんは?」

「僕はね、さっきの悪い奴をやっつけてくる」

「え? でも……」


 僕は笑ってみせた。


「心配しないで。僕は正義のヒーローだから。ほんじゃね、アキト。気を付けて帰って」



 先ほどの場所へ戻ると、フレンズをプロテクターズが五人がかりで駆除している真っただ中だった。

 粛清の対象が増えたな……

 アキト君の手当よりもフレンズの駆除を優先するんだったかな。

 でもまあ考えてもしょうがない。

 僕は短刀を取り出して、呟く。


「――水連海」


 憧れのヒーローの必殺技をもじって名前を付けたこのスキル。

 こんなの知られちゃあジローくんに怒られそうだね。

 僕の必殺技は、ことごとく彼らの体を刻んでいった。



 プロテクターズの隊員さんは血まみれで倒れ、フレンズは粒子になって消えていった。

 完全に仕留めているか一応確認するため彼らに近づく。

 一人、まだ息のある隊員さんがいた。


「まだ生きてるんだ、タフですね」


 彼に話しかけてみる。


「最近、俺ら以外にもフレンズを狩っているやつがいると聞いた。それはお前か!」


 彼は苦しそうな表情をしながらもはっきり言った。


「うん、そうですよ。手間が省けて楽になったでしょう?」

「だがお前はこうして俺らのことも殺している。なぜだ⁈」

「世界を作り変えるためですよ。あなたにも死んでもらいます」


 短刀を首に突きつける。


「人もフレンズも皆殺しにして、そんなに楽しいかっ!!」

「……!」


 心臓がびくりと跳ねた。

 呼吸が荒くなる。

 流石はプロテクターズの一隅、僕のその隙を見逃さず、彼は剣を抜いて、振るった。

 僕も我に返ってスキルを発動。

 生き残っていた隊員さんは首と胴を切り離され、完全に絶命した。



 右肩を斬られていて、傷は結構深かったが、痛みは感じなかった。

 痛かったのは、心だった。






 一週間後、ジローくんは僕に行ってほしいところがあるらしく、僕は彼についていった。


「自分自身が分からなくなってる、そうだよな?」


 道すがら、ジローくんにそう言われた。

 その通りだった。

 僕は僕が、どうしたいのか、一週間前から分からなくなっていた。

 何でかは……説明できない。




 ジローくんは歩みを止めた。


「……ここって」


 ジローくんが頷く。


「入るぞ」


 と短く言って、彼は建物へと入っていく。



 そこは、名京大学病院だった。







 見慣れた光景を抜けて、ジローくんが診察室をノックした。

 中から


「どうぞ」


と声がする。

 部屋に入ってすぐ、松村先生は僕らを見ると、

「座って」

 と促してきた。

 僕は椅子に、ジローくんはベッドに座る。

 先生はジローくんに

「いいのか?」

 と聞いた。

 ジローくんは頷いて、


「シキは今、自分自身を探しているんです。だから……」


 なぜか言葉を止めた。

 下を向いている。

 何かを考えているのが分かった。

 少し経って、


「だから俺は、こいつの手助けをしたい。どこまで話すかは任せます。よろしくお願いします」


 と言って、診察室を出た。




 僕と松村先生。

 部屋には二人になった。


「善い奴だろ? 彼は」


 沈黙を破ったのは先生だった。


「……はい、お世話になりっぱなしです」

「そうか」


 また沈黙。

 先生もジローくんと同じように何か悩んでいるみたいだった。


「僕の過去のこと、ですよね」


 僕は先生に尋ねてみる。

 先生は少し驚いた表情をして、それから


「そうだよ」


 と答えた。

 そうなんじゃあないかとは思っていた。

 やはり本当のことを知るのは怖い。

 でも僕は、知らないと前には進めない気がした。


「教えてください」


 松村先生は渋っている。


「君を、傷つけてしまうかもしれない。そんな残酷なものでもか?」


『知らない方が良いこともあると思う』

 七羽さんの言葉が頭の中をリフレインする。

 それでも僕は覚悟を決めていた。

 僕はもう、逃げない。


「どんな過去でも受け入れますよ」


 僕は笑顔を作ってそう言った。


「……分かった。全部話すよ」







「君の過去について教える前に、フレンズについて話しておこう」


 松村先生は語り出した。


「人間はあるワクチンを接種することでフレンズへと変異する。俺は知っての通り細胞の研究をしていて、その過程でワクチンを完成させることができた。ワクチンに含まれる成分は主に、細胞分裂を遅らせる成分だ。だからフレンズは人間よりも寿命が長く、死ににくい。代わりにけがは治りにくいんだけどね」

「ちょっと待ってください。何で先生はフレンズのことをそんなに詳しく知ってるんです?」

「……さっきも言ったけど、俺がワクチンを作った、つまりフレンズの生みの親だからだね」


 突然告げられた事実に僕は驚きを隠せない。


「え……何で……?」

「質問は後で受け付けるから、とりあえず話を聞きなさい」


 訊きたいことは山ほどあるが、僕はとりあえず黙ることにした。


「俺がフレンズを作り出したきっかけは……もうかれこれ20年以上前になるな。俺にはその当時娘がいた。とても俺になついてくれていて、とんでもなくかわいかったよ。何をしてでも守りたいと、そう思ってた。でも、リンカは――娘は交通事故に巻き込まれて死んでしまった。その時、俺は仕事で現場にいることができなかった。俺は自分を責めたよ。何で守ることができなかったんだって。それで、どうにかしてリンカを蘇らせることができないかって考えた。そうして俺は、フレンズの研究を始めた。でもやっぱり研究には失敗が付き物でね、最初の方のフレンズはそれはもうひどかった。自分の記憶は覚えてないわ、なんか刺青みたいなのがあるわ、意思の疎通も取れないわで、しまいにはなぜか人間を襲い始めた。俺だって医者だから、人命に関わることは避けたい。そこで俺はそんな失敗作を処分していくための組織を作った」

「それが、プロテクターズ、ですか」

「そういうこと。その後俺は、ワクチンに改良をしていった。その過程で、俺はサトリとか、オーザとか、ジローを生み出していった。彼らは自我があって、そう簡単に暴走することは無い。でもまだ完璧ではなかった。例えば、サトリは人間だった時の記憶を持っていない。それに三人とも刺青があるだろ? だから俺は、文様をなくす努力をした。その実験の被験者を探していた時、ある少年がこの病院に運び込まれてきた。その少年は暴走系のフレンズに殺されてしまったらしい。家族と一緒に。と言っても、二人いた子供のうちのお兄さんの方は生きてプロテクターズに保護されたんだけど。その弟の方はもう息をしていなかった。だから俺は、その子にワクチンを投与したんだ。結果は上出来だったよ。文様は浮かんでこなかった。でもその代わりに彼には記憶が残らなかった」


 先生は一度そこで言葉を切ってコーヒーを飲んだ。


「そのお兄さんは、健斗なんだよね」

「そう、なんですか……」


 予想はしていた。

 前に健斗さんが、フレンズに家族を殺された、と言っていたから。


「健斗さんは、どんな思いで弟さんを駆除するんでしょう……?」

「それは心配ないよ。彼にはバレないように顔と名前、変えてあるから。だから健斗は弟が生きてるって知らない。まあ生きてるっていうかどうかはちょっと微妙だけど」

「その弟さんは、今どこに?」


 その質問をすると先生は少し間を置いた。


「…………彼はね、記憶がないこと以外完璧なんだよ。自分自身を完全にコントロールできて、そして刺青がない。だから彼は人間の世界で住まわせることにしたんだ。もちろん彼には、『君は怪物だ』とは言わなかった。でもそれでよかったのかどうかは、まだ分からない」


 先生はまたコーヒーを飲んだ。

 小さくため息をつく。



 その先生の様子を見て、僕の脳裏に恐ろしい考えがよぎってしまった。

 そんなはずはない、と頭を振る。


「それで、今どこに?」

「ここにいる」

「……またまた、ご冗談を……」


 そんな軽口を叩いてみた。

 しかし先ほどの恐ろしい考えはどんどん自分の頭の中で大きくなっていく。

 寒気がした。

 まだそんな季節じゃあないのに。

 これ以上は聞いちゃダメだ、と体が拒絶してるみたいだ。

 先生は


「こんな時に冗談なんて言わないよ」


 と言って、



 そして告げた。






「坂本四季君、君は安田健斗の弟で、そしてフレンズなんだ」








 不思議だった。

 真実を告げられた後も、僕の心は平坦のままで。

 出てきた言葉は自分でも驚くくらい間抜けな言葉だった。


「……そうなんだー」


 そう言ってしまってから、自分の世界から急速に色が失われていって。

 一面全部が灰色に染まってしまった。




 その後も先生は説明を続けていたが、僕の頭には全く入ってこず、時々気の抜けた相づちを返していたような気がする。




 気付いた時には、僕は多摩川の河川敷に寝転がって、夜空を見ていた。

 秋の空に、四つの輝く星が四角形を作り出している。

 マルカブ、シェアト、アルゲニブ、アルフェラッツ。

 これら星たちが織り成す秋の四角形は、『神が地上を覗く窓』と、ギリシャ神話では例えられているみたいだ。

 ほんとかよ、と失笑してしまう。

 本当に見ているのなら、もうちょっと報われるエンディングにしてくれよ、と。



 プロテクターズに入ってから今まで、必死で戦ってきた。突っ走ってきた。

 確かにフレンズも、それから人間も、大勢殺してきた。

 でもそれは、普通の人が普通に暮らすために、その人たちの奴隷になって汚れ役を引き受けているつもりだったんだ。

 決して、楽しくて殺しなんてしてるわけじゃあない。

 それが世界のためになると信じて、殺してきた。

 そのはずだった。



 でもこの前、プロテクターズの隊員さんに、『人もフレンズも皆殺しにして、そんなに楽しいかっ!!』と言われて気づいてしまった。

 自分は、って。

 自分は正義のヒーローでも善い人でもないって。

 自分自身の存在意義が分からなくなって、

 水の底に突き落とされたみたいに苦しくなって、

 必死にしがみついた浮き輪は、浮き輪に見えるただの重りで、

 そこには”人間失格”って書いてあった。

 いいや”人間失格”じゃあない。

 ”初期設定、人外”かな。



 確かに、大勢殺してきた報いがこれだと言われれば、反論できない。

 でも、それでも流石にこれはないんじゃないか。

 この世界をあの窓から覗いているのが、神様なのか仏様なのか運命様なのか知らないけど、流石にあんまりでしょ。

 僕は正義のヒーローにも、善い人にもなる資格すらないってことだよね。

 最初からそう決まっているのなら、どうして希望を抱かせたのかな?

 どうして光を見せたのかな?



 考えても考えても答えなんて出るはずもなくて、

 しがみついている重りを離す方法も分からなくて、

 僕は海の底まで沈んでいって、




 僕は、



 ”坂本四季”を、



 捨てた。






















 男の人が細い道へと逃げていく。

 せっかく剣を持っているのに、なんで立ち向かってこないのか分からない。

 行き止まりになった。

 男の人が絶望した顔でこちらを向く。

 僕は短刀を抜いた。

 ゆっくりと彼に近づく。

 僕は彼の胸を刺した。

 男の人は「……あく、ま」と苦しそうに言って、こと切れた。




 少し遅れて、背後からジローくんが到着する。


「もう終わった?」

「はい」

「流石、仕事が早いね」

「私は……悪魔らしいですから」


 そう言って少し笑ってみる。


「そう……か」


 ジローくんは何か言いたげな顔を一瞬したが、すぐに話題を変えた。


「それにしても、今日は寒いな」

「うん、今年はほとんど秋がなかったですね」





 白い息が空へと消えていく。



 空気が僕の心のように冷え切っていた。




 季節はまた、移ろっていく。

























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