夏
プロテクターズに入って4年が経った。
僕はこの4年間で何体ものフレンズを狩った。
それでも、記憶はまだ戻っていなかった。
僕は今、基地の中にある森に寝そべっている。
僕は暇さえあったらこの場所に足を運んでいる。
この基地の中で心を休めることができる唯一の空間。
いつの頃からか、そんな場所になっていた。
別に、他の場所が居心地が悪いわけではなかった。
同僚の皆さんもいい人たちばかりだ。
みんな本気で、平和を守ろうとしている。
でも、それがかえって僕を苦しくさせた。
自分の過去を取り戻したいとか、正義のヒーローになりたいとか、そんな自分勝手な僕の居場所はないように感じられた。
それに最近、僕は彼らとの決定的な違いを痛感している。
それは――
視線の先では、入道雲がもくもくと現れている。
でも太陽は雲に隠れることなく、この場所を照らしていた。
とにかく暑い。
寝そべっているだけで、全身から汗が噴き出る。
いくら木陰が多いといっても、こんなところにずっといたら日射病で倒れそうだ。
僕は仕方なく建物に戻ることにする。
歩き出すとすぐに、電話がかかってきた。
スマホを取り出して確認する。
健斗さんからだった。
健斗さんとは行動を共にすることが多く、よく世話を焼いてもらっている。
彼は強くて、正義感にあふれてて、とにかく尊敬する。
でも、彼の考えには共感できないところもあった。
僕にとって彼は、正しすぎるのだ。
一度深呼吸をして、通話ボタンを押す。
生き生きとした明るい声を意識する。
「はろー、健ちゃん。なんか用事かい?」
「もうそろそろ会議の時間だぞ」
「うん、今から向かうわ。まさかぼく以外の方々、揃ってる感じ?」
「そのまさかだわ」
「うわやっばー! 竜持くん、怒ってない?」
「まだ何とかなりそうだから急いで来い!」
「うん! 走るわ!」
電話を切る。
月に一度の幹部会議。
僕にとっては気が重くなるイベントだった。
皆さんの顔色を窺いつつ、いい感じに自分のキャラ(ちなみにボケ担当)を演じて場を和ませつつ、要点は記憶しないといけない。
本当は行きたくないが、そうも言ってられない。
僕は走って森を抜ける。
一度深呼吸してから、勢いよく会議室に入る。
「遅くなりました!」
「遅くなりすぎだわタコ!」
真っ先に突っかかってきたのは竜持さん。
幹部の中では唯一、一緒に仕事をしたことがないのであまり詳しくは知らない。
でも性格は口の悪さほど悪くないんじゃないかな、っていうのが僕の推察。
「ほんとごめんなさい、森で寝そべってたらウトウトしちゃって……」
もちろん嘘だ。
あんな暑かったのにウトウトなんてしない。
「え? あんな暑かったのに? 四季は夏得意なんだね」
毎度僕の嘘に引っかかってくれる慧他さん。
いつもありがとうございます。
彼は誰よりも優しくて、純粋だ。
あと、アイドル好きである。
「じゃあ前振りはそのくらいにして、本題に入るよ!」
と、よく通る声が響いた。
声の主である戒さんは、それはもうすごい強くて、カリスマ性があって、ついていきたくなるような人。
でも僕はたまに、彼が何を考えているのか分からなくて怖いことがあるっていうのはここだけの秘密。
正直言って、今月の会議は取り立てて重要なことはなかった。
健斗さんがサトリというフレンズを一ヶ月間捜していましたが見つかりませんでした、だから捜査を継続しましょうね、っていうだけだった。
僕が会議室を後にしようとすると、戒さんに呼び止められた。
「四季、ちょっといい?」
振り返ると、戒さんは僕のことを真っすぐに見つめていた。
目線をちょっとだけ逸らしながら話す。
「うん? ぼくに何か用でも?」
「いや、そういうことじゃないんだけど。お前、何か悩み事でもあんの?」
「え⁈」
何でバレてんの?
これだから戒さんは油断できない。
僕は努めて明るい声で返す。
「いやいや別にそんなことないですよー。あ、でも無いって言ったらウソになるかな?」
「やっぱり何か?」
「いやー最近ね、健ちゃんがサトリの捜査してるじゃないですか。だから単独行動が増えて大変なんですよねー。ほらぼく、病み上がりなんで。だからもうちょっと負担、減らしてほしいなー」
「それはできない、お前も幹部だからな」
僕はえー? と口を尖らせてみる。
「まあ、なんかあったら相談しろよ」
そう言って、戒さんは僕の肩をぽん、と叩いた。
「もちろん! そんじゃ、失礼します」
僕は会議室から離れてため息をつく。
「話せるわけ、ないじゃん――」
夜空を見上げてみる。
その中にある星の一つに目を奪われる。
アルタイル。
日本では、「彦星」として親しまれている星。
僕は毎年、七夕の日にはいつも同じお願い事をしている。
「善い人になれますように」
”善い人”って、どんな人のことなのか、それは今でもあまり分からない。
でも僕はそういう人になりたい。
その願いはいつか夜空に届くのだろうか。
曇っていた今年の七夕の夜、彦星と織姫は、無事お互いの愛を確かめ合うことはできたのだろうか。
朝から蝉が慌ただしく鳴いている。
僕は少し早起きをして、ゆっくりと準備をする。
朝食を摂り、洗い物をして、歯を磨き、着替える。
家を出る直前に鏡の前で笑顔の練習をする。
まるで接客業の人みたいだな、と思う。
そして青いパーカーを羽織って外に出た。
青いパーカーはどんな時でも身に着けるようにしていた。
自分がこの組織でいるためのアイデンティティみたいなものだ。
基地に入ってしばらくすると、辺りが騒がしくなってきた。
外に出て様子を見てみると、そこには何体ものフレンズがいた。
総攻撃でも仕掛けてくるのだろう。
「あちゃー、こりゃあ、やばいね」
語彙力皆無の独り言が口からこぼれる。
メールが届いていた。
戒さんからだ。
今すぐ会議室に集合、とのこと。
でも僕はそこには向かわなかった。
僕は建物から更に離れ、森へと歩き出す。
フレンズが一斉に基地へ突撃したみたいだ。
僕は戦況を眺めていた。
ここは建物から少し離れているし、小高くなっているので基地全体が見渡せる。
最初のうちは互角かな、という印象だったこの戦い戦局も、だんだんとフレンズ有利に傾いているように見て取れる。
ふと、誰かの気配がした。
きっと迷ったフレンズか何かだろう。
放っておけばいい。
建物から大爆発が起こった。
「うわあ、戒くん、派手にやってるなあ」
そう呟いて、一際大きい木の下に座る。
その直後、前方から声がした。
「お前の顔はサトリさんが見てた資料でよく見たなあ」
先ほどの気配の正体が声を掛けてきた。
いったい何の用だろうか。
「あ、そうなんですか? ぼくってまさか有名人?」
相手は質問に答えず、逆に質問してきた。
「なんでここにいるんだ? ここにはフレンズは来ないはずだが」
フレンズを狩るのが嫌だから、なんて言えない。
僕はプロテクターズなのにね。
思わず自分自身に嘲笑してしまう。
「……さあ、なんでだと思います?」
「……さあな、まあそんなことはどうでもいい。俺としてはお前とこうして二人きりで話せているんだから万々歳だ」
「ふーん? ……それじゃあ、次はぼくからも質問。あなた、なんでさっきからそこにいるんです? 別にぼく、あなたのこと殺すつもりないからスルーしてもらって全然問題ないんだけど」
話し相手は木陰から姿を見せた。
そして僕にピストルを向ける。
「坂本四季、お前を殺すためだよ」
彼は引き金を引いた。
銃弾は僕の頬をかすめて、木に着弾した。
僕はフレンズを見つめた。
「わざと外しましたね。殺すのでは?」
問うと、彼は僕に歩み寄りながら答える。
「いや、殺したよ。”坂本四季”はな」
「……?」
彼は僕の隣に座る。
「なあシキ、お前が感じていることを話してほしい」
「初対面から、馴れ馴れしい人ですね。いきなり下の名前を呼び捨てなんて。そんな人いませんよ?」
僕が抗議すると彼は指をパチンと鳴らした。
「それだよ。今、お前は俺に馴れ馴れしい人って言ったよな? 間違いない、お前は俺と同類だ」
彼は頻りに頷いている。
「はあ?」
「まあまあ、そう疑うなって。俺はソージローという者だ。見ての通りフレンズだ。よろしくな」
いやいやよろしくって言われたって。
「お前には、俺と一緒に来てほしい。力になってもらいたい」
「どういうことですか? 説明頼みます」
「こんな世界は理不尽だ、そう思ったことはないか?」
ソージローさんはいきなり切り出した。
「……ある」
「俺も思っている。人間が他の生物を支配しているこの世界。俺らのような知性を持っている生物ですら人間に迫害される。……俺は、そんな世界を変えたい」
世界を、変える?
何というか厨二病っぽいな。
でも……
「そのためには自分以外の生物を害する奴はいなくなる必要があると思っている。だから俺は、この戦争に乗じてプロテクターズとフレンズをできる限り殺すつもりだ」
「でもあなたはフレンズじゃあないですか?」
「それはそうだけど……なんの罪もない奴を殺しているのなら、フレンズでも容赦しない」
「……なるほど。それで結局、どんな世界を作るんです?」
「俺は、生きている者の皆が安心して、静かに暮らせる世界を作りたい。その世界では人間が他の生物を淘汰するとか、そんなことは無くて、皆が平等なんだ」
ソージローさんが論じる『理想の世界』。
なんか素敵な思想じゃあないか。
しかし疑問はまだあった。
「なら、今まで散々フレンズを殺してきたぼくも殺すべきでは?」
「もちろん殺すよ。全部終わった後でな。だからそれまで、力を貸してほしい」
ソージローさんの迷いのない目に見つめられた。
僕は尋ねる。
「もしあなたについていったら、ぼくは……僕は正義のヒーローに、善い人になれますか?」
「なれる」
ソージローさんの僕の発言にかぶせる程の即答で、僕の心は決まった。
自然と笑いがこみあげてくる。
こんなことはいつぶりだろう。
僕は彼に向って言う。
「あっはっはっは、厨二病乙!」
「んなっ⁈」
世界を変えるなんて、一人でできるわけない。
厨二病もいいところだ。
でも僕は、そんな考えは、嫌いじゃあない。
「僕はね、最近思ってるんです。プロテクターズは確かに人間のために戦ってて、人間を守るためにフレンズをたくさん駆除してる。でもそのフレンズの中には、きっと……それこそ人間と”友達”になれるような、そんな人もいるはず。プロテクターズは間違ってない。むしろそっちの方が正しいとも思う。……でも! でも僕はそんな人たちを……この先に広がっているその人たちの
大事なのは今、そして
そうだよね、七羽さん。
僕はプロテクターズのメンバーだけど。
青いパーカーは羽織ったままだけど。
それでも僕は、今の気持ちに従ってみよう。
「僕が手伝ってあげますよ。あなたが作ろうとしているその世界を――誰もが希望を持って生きられる、そんな世界を、作ってやりますよ」
「シキ……」
「でも、僕はあなたに殺されたりなんかしない。全部終わったら、僕があなたを殺すから。その日まで、首を洗って待ってろよ!」
正義のヒーローっぽく言ってみた。
とても恥ずかしい。
その恥ずかしさと気温の高さとで、身体が燃えるように熱く感じる。
助けを求めるようにソージローさん――ジローくんに視線を向けると。
彼は笑っていた。
「受けて立つよ。その日までよろしくな。シキ」
日が傾き始めている空を見ると風と共に鱗雲が流れてきていた。
夏の終わりに少しだけ寂しさを感じながら。
季節はまた、移ろっていく。
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