Phase7

 威勢のいいことを言ってはみたが、やはりオーザは強い。

 それも反則級に。

 俺が遠くにいても近くにいても攻撃は途切れることなく正確に打ち込まれてくる。

 俺は相手にほとんどダメージを与えることができず、膝をついた。


「なんだ、こんなもんか。もっと強いんかと思ってたわ」


 そう言ってオーザは拳銃をズボンのポケットから取り出す。


「とりあえず一つ目の仕事、下山竜持の抹殺は終了だ」


 拳銃の引き金が引かれた。




 パンパンパン、という銃声と同じタイミングで俺は横から何かに突き飛ばされた。

 そこからの出来事はほんの一瞬のことのはずなのにスローモーションのようだった。



 俺は何が起こったのか分からず横を向いた。

 その視線の先には白くて華奢な腕が伸ばされていた。

 俺は彼女の顔を見る。

 目が合う。

 彼女はこれまで見せたこともないくらい笑顔で――



 彼女の体に銃弾が着弾した。




 岸井さんはは二、三歩よろめいて、糸の切れたれたからくり人形のようにその場に倒れた。

 俺はショックで動けなくなった。

 その様子を見届け、オーザが高らかに笑い出す。


「ハッハハハハハ、かばいやがったよ、面白すぎだろ!!! ハハハ、オレが殺すまでもなく自爆しちゃったよ。やっば涙出るくらい笑えるんだけど」


 そして俺の方に視線を移した。

「さあて! 次はオマエの番だ、下山竜持!! 愛するお姫様と一緒にあの世で暮らすんだな!」


 再び引き金が引かれる。


 しかし銃弾は俺には当たらなかった。

 オーザの背後に来た誰かが彼の腕をつかんで空に発砲させた。


「オーザさん、一旦落ち着きましょ」


 その声には聞き覚えがあった。

 ずっと前に。

 オーザが顔だけ振り返って反応する。


「何のつもりだ? シキ」


 坂本四季が生きている……だと?

 四季はオーザの手を持ったまま言う。


「ほら、東の空を見てくださいよ。夜明けが近いですよ? こんな時間に殺したら面倒でしょ。それにこの人は……いつでも殺せる」


 オーザが手を振りほどく。


「何だよ。せっかくいいところまで行ったのによ」

「はいはいはい、苦情は後でたっぷり聞きますから。とりあえずここから離れましょ? 看護師さんとか来ちゃうかもだから」


 四季はオーザに向こうから出て、と誘導した後、俺の方へ来た。


「こんにちは、お久しぶりですね」

「四季……」

「今日のところは撤退します。また会いましょ、近いうちに」 


 それだけ言って、四季はオーザを追って歩き出す。



 去っていく背中を最後まで見届けず、俺は岸井さんの許に駆け寄った。


「岸井さん!!」


 うつ伏せに倒れていた彼女を仰向けにする。

 彼女は俺の顔をちらっと見た後、なぜかすぐに顔を背けた。


「……呼び方」


 そう呟く。


「なんで……来ちゃったんです? 書いた……はずだけど」


 一言一言、彼女は震える声で言葉を紡ぐ。

 俺は彼女に言いたいことがあった。

 だからそのことを、素直に言う。


「岸井さんに、言いたいことがあって」

「言いたい……こと……?」

「ああ」

「……恨み言、ですよね」


 俺は首を横に振って言った。


「知ってましたよ」


 彼女はまた俺を一瞬だけ、怪訝そうに見て、またそっぽを向いてしまう。


「知ってたって……何を?」

「岸井さんが、俺を殺しに来たんだ、って、最初から」

「……!」



 そう、俺は知ってた。

 彼女が酔って俺の家に来た次の日。

 俺が彼女の名前を聞き、しっかりと顔を見たあの瞬間から。


「……知ってて、何で受け入れたんです?」

「それが責任だと思ったから、かな」

「……責、任?」

「俺もあの日のことは忘れられなくてさ。……なんせ、後にも先にも、フレンズを庇ったヤツなんか、あン時しか見たことない。あの後病院でしっかり名前確認したよ。俺はあの日、岸井さんの親父さんと右目を壊しちゃったよな。まあ、今でもあの時の行動に後悔はしてないし、同じ行動をとってると思う。でも結果的に、俺は岸井さんの大切なものを奪っちまったんだ。だからさ、あんたが俺ンとこ来た時思ったよ。『この人の父親にはなれなくても、せめてこの人の右目にならないといけないんじゃないか』って。それが今の俺にできる、せめてもの罪滅ぼしなんじゃないかって、思った。でもさ、同棲したはいいけどどんな風に接すればいいか全然分からんかった。まともに名前を呼ぶことすら、できんかった」


 俺は一度、話を止める。

 彼女は向こうを向いたまま。

 呼吸をするたびに彼女の体は小刻みに震えていて、彼女の痛みや苦しみが伝わってくる。

 俺は震えを止めようと、彼女の肩をさっきまでよりも強くつかんだ。


「それともう一つ。あんたのことを忘れるなんて、俺にはできない。一番大切な人を忘れることなんて、俺にはできない」

「……っ!」


 彼女がやっとこっちを振り向く。そして消え入るような声で言った。


「そんなの……ずるいです。ずるいですよ……竜持さん。せっかく、あなたのことを助けられて、未練なく死ねると思ったのに……こんなの……死にたくなくなっちゃうじゃないですか……!」


 彼女の目にみるみる涙がたまっていって、それが次々に頬を伝っていく。


「ねえ……痛いよ。助けてよ、竜持さん。私、まだ……死にたくない。やり残したことがいっぱいあるの。まだ私は、自分の好きなように振る舞ってない。まだ私は、あなたに名前で呼んでもらってない……!」


 彼女の体の下にできていた血だまりはどんどん大きくなっていって、彼女の顔色はどんどん白くなっていく。

 自分が少しでも医学に精通していたらと思うと、悔しい。

 俺は、彼女を、助けられない。

 それは確定している。


「こんなところで死んじゃだめだ。死ぬんじゃねえ」


 それなのにこんな安っぽい言葉を無意味に言ってしまう。



 俺は彼女を抱きかかえることしかできなくて――



 彼女は『死にたくない』って言い続けているけれど――



 その声もだんだんと小さくなっていって――



 そして、何も言わなくなった。



 俺は何も言わなくなった彼女を抱きしめて呼びかける。


「なあ、なんで俺のこと庇ったんだよ? 殺したいくらい……憎んでたんじゃなかったのかよ? 俺を殺すんじゃなかったのかよっ……なのに、なのにどうして、あんな笑顔で俺を庇えるんだよ……なあ、七羽」




 だんだんと、東の空から太陽が顔を出してくる。

 それでも俺はそのまま、彼女を抱きしめ続けた。






 

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