Phase6

 意識は朦朧としているのに、なぜか頭の奥は冴えていた。

 

 初めての感覚に私は戸惑う。




 彼がこの場所に来た時から頭の中がぐちゃぐちゃになって、いろんな想いが蛇口からひねり出された水のように頭に浮かんでくる。

 まず、何で来たの?

 手紙に『私のことは捜すな』って書きましたよね?

 なのに何なの? どうしてこんな真夜中に薙刀持ってここ来てるわけ?

 私にツンデレ属性持っててほしかったんですねー、分かります。

 そんな訳あるか。

 ほんとに来ないでほしかったの。

 だって、オーザと戦うことになったら絶対ヤバい。

 ほら、やっぱり全然太刀打ちもできてないじゃん。

『駆除の時間だ』とか言って、何なの?

 かっこつけるのも大概にしてよ。


 彼には生きていてほしかった。

 何でかは分からないけど、生きてほしかった。

 復讐するはずだったのに。

 父親の仇なのに。



 でも、それなのに――



『私のことは忘れて』


 私はそう言った。

 それは本心。

 竜持さんを私という呪縛に縛り付けたくないから。

 彼には私のことは忘れてほしい。



 でも本当は、忘れてほしくなんてない。

 私の大好きな人に、私のことを忘れてほしいなんて、そんなの、悲しすぎる。

 それも紛れもなく、私の本心。

 だから竜持さんが助けに来てくれて、言葉にできないくらい感動している私がここにいる。




 矛盾。


 人間は、矛盾に支配されているのかもしれない。


 復讐したいと思った自分。

 その相手に生きてほしいと思っている自分。


 矛盾。


 自分の存在をなかったことにしようとする自分。

 でも本当は、私のことを覚えていてほしいって望んでいる自分。


 これも矛盾。


 人間は絶えず何かを考え、感じる。


 でもその時の考えとか感情なんかは時間が経てばすぐに忘れちゃう。


 そして次の日にはまた全く違うことを考え、感じる。


 まるで天気みたいに――


 昨日どんよりしていた空が今日は晴れ渡っているみたいに――


 そんな、儚いもの。


 その時々で見せてくれる表情が違う――


 矛盾したもの。


 でもね、竜持さん。


 最近私は思うんだ。


 そんな矛盾があるからこそ――


 時間を超えて変わっていく根拠のない想いがあるからこそ――


 人間ってたまらなく愛おしくて――


 切なくて――


 そして、素敵な存在なんだね。

 


 


 こんなに全身骨折していて、内臓もほとんど潰されている私は、この後助かることはない。

 今はまだ死にたくないけど、諦めることは諦めないと。

 でも、さすがにこのままじゃ終われない。

 親に捨てられ、人外に育てられ、育ての親は殺され、その復讐のために時間消費して、それも失敗する。

 そんな散々な人生だったけど、最期くらい自分にとって誇れることをしたい。

 矛盾ばっかの人生の終わりに、自分がやりたいこと。

 大切な人を救いたい。

 それだけ。



 立ち上がろうとしても、自分の体じゃないみたいに体が動かない。

 少し動かそうとしただけでも涙が出そうなくらい痛い。

 それでも何とか立って、今にも撃たれようとしている彼に向かって駆ける。

 といっても、よたよた歩いてるのより進んでいかないけど。

 そして、やっと手を伸ばせば届くような距離になって、彼を必死に突き飛ばした。

 ありがとう、って伝えたくて。

 でもどうしてか言葉にすると泣いてしまいそうで。

 私は、笑顔をつくった。

 今の私にできる、とびきりの笑顔をつくった。





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