兵の回

Phase1

 多摩川沿いの廃墟の一室に坂本四季は住んでいた。


 部屋の中にはテレビ、洗濯機、冷蔵庫など、基本的な家電用品しか置かれていない。

 しかし彼はこの場所で過ごし始めて6年間、一度も不便だと思ったことは無い。

 四季は自分のパソコンで動画を見ながら暇を持て余している。


 廊下から足音がした。

 その音はだんだんと大きくなっていく。

 ついには部屋の前まで足音は近付いてきた。

 ドアが開かれる。


「おかえりー」


 四季は玄関の方を一瞥する。


「ただいま、何見てんの?」


 部屋に入ってきた男は買ってきた食材を冷蔵庫にしまいながら訊ねる。


「23話の考察動画見てました。みんな考えてること一緒すぎてつまらん。飽きた」


 四季は動画を停止して男に近付く。


「まあ視聴者は同じ情報しか貰えてない訳だし、しょうがなくね? あと今日キャベツ100円だったから3玉買ってきたからよろしく」

「うわ安っ。今日の夜キャベツ焼きし放題じゃん。いやでも焼きだけじゃあ嫌だなあ」

「焼5、ゆで5、にんにく増量でいいんじゃない?」


 男はクスクス笑いながら言う。

 四季も笑う。


「TBSかよ、キャベツににんにく増量ってなんだよ。ちなみにお昼食べました? ジローくん」

 

 四季は男――ソージローに尋ねた。


「うん、チョコチップスナックパン食べてきた」

「あー、いつも通りジローパンね。毎日食べてて飽きないんですか?」


 ソージローはニヤリと笑って言う。


「毎日同じことしてると、それが無いと何していいか分かんなくなるんだよ」





「竜持さん、今日はキャベツ焼きです」


 食卓に置かれたホットプレートにキャベツ焼きのタネを流しながら岸井さんが言う。

 俺はその光景を見ながら一つの疑問を持たずにはいられなかった。


「あれ? キャベツ嫌いでした?」


 岸井さんは俺の顔を覗き込む。


「いや、キャベツ焼きおいしいし好きなんだけどさ、買いすぎじゃないですか?」

「キャベツ1玉100円だったんです。3玉くらい買うでしょ」


 その後はとりとめのない話をしながら流れるように時間は過ぎていく。

いつも通りの夜だった。




 この1年弱、俺の中では少し変化があった。

 前まで他人とは蹴落として、自分がのし上がっていくための道具だとしか思っていなかった。

 

『他人を蹴落とすことが出来るような強さを持たないと、世の中では生きていけない』


 幼いころから俺は、そう父から教えられた。

 だからそうした。

 他人にはあえて突き放すように接した。

 誰のことも仲間だとは思ったことは無かった。

 そうして、気付いた時には周りから人間が消えていた。

 そんな時に岸井さんと会った。

 彼女は俺がどれだけ煙たがっても、厚かましいくらい世話を焼いてくれた。

 彼女と過ごした1年弱で俺は、他人は蹴落とすための道具だけじゃなくて、足並みをそろえて一緒に歩いてくれる友達にもなるのだと知った。

 父の言葉には続きがあったのを最近になって思い出した。


『他人を蹴落とすことが出来るような強さを持たないと、世の中では生きていけない。でもお前はその強さを他人を幸せにするために使いなさい』





「岸井さん、俺とここで、ずっと一緒に暮らしません?」


 岸井さんは目を真ん丸にした。


「それって、プロポーズ、ですか?」

「うん、まあ、そういうことかな」

「指輪とかは?」

「ないです。でも、俺は岸井さんのことを幸せにします」


 岸井さんは急に台所の方へ向かって、水を一杯飲んで、それから笑う。


「えー、どうしよっかなあ。竜持さん未だに『岸井さん』に『ですます』だもんなあ」

 

 そして食卓に戻ってきて言った。


「ちょっと考えさせてください」

 




 次の日、俺が仕事から帰ってくると岸井さんは消えていた。

 そして、もう戻ってくることは無かった。

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