Phase3
俺がどういう訳か赤の他人の女の子と一緒に過ごすことになってから二か月が経つ。
四六時生活を共にしていると彼女――岸井さんはいちいち面倒である。
例えば――。
彼女が家に来てから三日後に、とある企業の面接があった。
俺がネクタイを締めていると彼女は急に難癖をつけてきた。
「あー、こんなんだから毎回面接で落ちるんですよ。そもそも何ですか、この金ぴかのネクタイは。絶対印象悪いです。もっと落ち着いたのにしましょう」
「別にいいでしょ、俺の勝負ネクタイなんすよ。てゆーか何で知ってるんすか、俺が面接で毎回ダメだって⁈」
そう反論した。
「言ったでしょ?私、人の過去が見えるんですよ」
彼女はこう言って得意げに笑ってきやがったんだ。
先週の夜、彼女と二人で行きつけの居酒屋へ行った。
嫌な予感はしたが、彼女に行きたいとしつこく言われ、俺も少し飲みたい欲望に負けてしまった。
案の定、岸井さんは一杯目から酔い始めた。
「おいおやじー、もっとのませろー」
「はいはいお嬢ちゃん。竜持、それにしてもお前の彼女、飲むねえ」
親父さんは何杯目かのウイスキーを持ってきながら言う。
「すんませんうるさくしちゃって。でも俺の彼女ではないんで。岸井さん、飲みすぎないでねー」
「うるせえなあ、おまえもあたしと歳ひとつしか変わんねえだろお。だまってろよ」
「お嬢ちゃん、大学生?」
「んなわけねえだろお。親もいない、金もない、そんなやつが大学いけるかよ」
「へー、大変だね。しっかり守ってやんなよ、竜持」
結局日付が変わるころまで一万円分くらい飲んだが、その日も親父さんがサービスしてくれた。
それ以外でも洗濯物のたたみ方がどうだとか、それはリサイクルできるからこっちのごみ箱に捨てろだとか、とにかくうるさい。というかウザイ。
でも、ただただうるさくてウザくて面倒なだけではない気がする。
ある日、日雇いのバイトを終えて家に帰ってくると、岸井さんが晩飯を作っていた。
俺が驚いて玄関に立ち尽くしていると人参を切る手を止めずに訊いてきた。
「あれ?勝手に作っちゃダメでした?」
「いや、ちょっとびっくりして。でも急ですね、ありがたいけど」
「居候させてもらってるんです。せめてこれくらいはやらせてください」
彼女はそう言って、うつむき加減にはにかんだ。
それから毎日、彼女は食事を作ってくれている。
だいたい一か月前。
「少し出かけてきますね」
そう言い残して、岸井さんはフラッとどこかに行ってしまった。
暗くなっても帰ってこないので心配し始めていたころ帰ってきて、バッグから白い包みを取り出して渡してきた。
「今日、私がここに来て一か月です。とりあえず一か月間ありがとうございました。これからも居させてもらえたら嬉しいです。これ、感謝のしるしです。どうぞ」
包みを開いてみると、青いネクタイが入っていた。
「竜持さん、金ぴかのネクタイしか持ってないんで。就活のときとか仕事の時はこれ付けてくださいね」
「あれが勝負ネクタイって言ったじゃん」
俺は少し悪態をついて、それから伝えた。
「ありがとう。これからもよろしくお願いします」
岸井さんはとにかくうるさくてウザくて面倒だ。
でも、彼女と過ごす時間は、悔しいが、一人の時よりも楽しかったりもする。
先週、めでたく就職先が決まった。
今日から出社である。
俺は青いネクタイをつけてアパートを出た。
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