Phase2
竜持はプロテクターズを辞めてから、職を見つけられていない。
就職活動とか初めてだったし、何より面接のあの硬い雰囲気が嫌いだった。
最近は組織にいた時に貯めていた貯蓄も尽きてきて、日雇いバイトをしつつ生活していた。
今日は多分落ちたであろう就職試験の後、行きつけの居酒屋で酒を飲んだ。
居酒屋を出て家に帰ろうと路地を歩いた。
家の前まで来たとき、少し先に誰かが倒れているのに気付いた。
近寄ってみると、右目に白い包帯を巻いた若い女性だった。
「おーい、大丈夫っすか?」
声を掛けた。
若い女は全く反応しない。
もう一回呼び掛けながら体をゆさゆさと揺らす。
「うーん?」
左目で何回か瞬きをして起きた。
「大丈夫? 体調悪いん?」
そう尋ねる。
「おわえ、られらよお」
女はそう言った。
聞き取れなかったので訊き直す。
「は?」
「おまえ、だれらよお」
もう一度言われた。
今度は聞き取れた。
だいぶ酔っている。
「俺はあそこのアパートに住んでるモンだけど。お姉ちゃんだいぶ飲んだなあ」
「うるせえなあ、飲んじゃだめなんかよ」
「いや、そういう訳じゃないけど、こんな道端で寝てるとあぶねえぞ」
「だったらあ、おまえんち連れてけよお」
さすがにこれには驚いた。
「は? え? お姉ちゃん、家は?」
「ねえよ、あるんならそんなこと言わねえよ」
「でも俺、赤の他人よ?」
「さっさと連れてけよお」
竜持はめんどくさく感じ始めてきた。
「はいはい、俺んち狭いけどそれでもいいね?」
「連れてけー、連れてけー」
竜持は千鳥足の彼女に肩を貸し、二人でアパートに帰った。
翌日、彼女が目を覚ましたのは正午すぎだった。
「あ、おはようございます。昨日のこと、覚えてる?」
竜持が尋ねる。
若い女は左目でこの部屋を見回してから言った。
「全っ然覚えてないです。ここ、あなたの家ですよね。なんで私ここいるんですか? あなたが連れ込んだんですよね、私のこと」
「いや違うから。お姉ちゃんが、酒に酔って、あそこの木の下らへんで倒れてたんだって。ほら窓から見えるでしょ、あの木」
「だからって普通女を家に入れます? どう考えてもおかしいでしょ。ああ、頭痛い」
「だってお姉ちゃんが連れてけって言って聞かなかったんだもん。おかげで俺は今日寝不足だわ難癖付けられるわで最悪なんだけど。はいこれ、頭痛薬」
若い女はありがとうございます、と軽く頭を下げてから薬を受け取り、飲んだ。
「お姉ちゃん、名前、なんつーの?」
「人に名前を聞くときはまず自分が名乗ってください」
竜持は心底面倒に思い、深いため息をついてから名乗った。
「俺は下山竜持、二十三歳」
若い女はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
「ふーん、一個上かあ。ますます怪しい」
「はいもうその話いいから、名前は?」
「
竜持は七羽の顔をじっと見た。
長い間そうした。
「私の顔になんかごみでも付いてます?」
「いや、目、どうしたのかなって」
「ああ、この目ですか」
七羽は右手で右目を覆った。
「私の右目はね、モルモットの目なんですよ」
「どゆこと?」
七羽は包帯に手をかける。
そして外しながら言った。
「私、九年前に事故で失明しまして、そっからお医者さんに手術してもらったんです。それからなんか見えなくてもいいものが見えるようになってしまったんです」
「何が見えんの?」
「人の過去ですね」
包帯を取った彼女の右目はぞっとするくらい蒼くて、美しかった。
今度は七羽が竜持の顔をじっと見た。
長い間そうした。
「あなたは、強いですね」
不意にそう言って、七羽は竜持から目をそらし、包帯を付けた。
無言の時間が少しあった後、七羽がおずおずと話し出す。
「あのー、ついて行ってあげた見返りと言ってはなんですけど一つお願いがありまして…」
「全くついて来てもらった気はないけど、なんすか?」
「私、実は家族と死別してまして、かと言って帰る家もなく、しかも一文無しなんです」
「ああ、まあスマホしか持ってませんもんね」
「え? なんで私の持ち物知ってるんですか? まあいいや。それで、しばらくここにいさせてもらいたいんです」
「は?」
「だめ……ですか?」
「いや、ちょっとびっくりしちゃった。まあ、岸井さんが男一人で住んでる六畳のこんな狭い部屋でいいんなら」
「ありがとうございます!」
七羽はにっこり笑った。
「じゃあこれからよろしくお願いしますね。下山竜持さん」
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