越の回

Phase1

 ―フレンズ大戦争から五年後―




「いいないいな、にんげんっていいな~♪」


 小ぶりな部屋の中で様々な色の光がちかちかと点滅している。

 大音量が部屋に響きマイクを持った慧他が歌う。

 俺たちはカラオケにいた。



 フレンズ大戦争の後も、フレンズは駆除され続け生き残りの数は相当減り、プロテクターズの仕事も減った。

 しかし不可解なこともある。

 たまに目撃情報を受けて現地に行っても、既に誰かが先に駆除していることが多々ある。

 それが誰による仕業かは、まだ分かっていない。



 五年経って、組織の構成にも変化があった。



 俺が指導者になってすぐ、竜持が組織を抜けた。

 俺のことがよっぽど気に入らなかったのだろう。

 それから雪崩なだれのように約半数の隊員が辞めた。

 今、隊員数は二十四人である。

 これは発足以来、最も少ないようだ。

 四季もまだ戻ってきていない。

 彼のことだから生きていて、どこかでフラッと帰ってくるものだと思っていたのだが、それも希望的観測だったみたいだ。



 さて、多分皆さんが先程から感じているであろう疑問についてお答えしようと思う。

 俺らはどうしてカラオケなんかにいるのか?



 竜持が辞め、続くようにして多くの隊員が組織を辞めたことは、普段はあまり他人の行動に関心を持てない俺でもさすがにショックだった。

 全ては俺が指導者として未熟なせいだと感じた。

 そして自分がプロテクターズという組織を引っ張る者として、どうしたらもっと信頼して付いてきてもらえるようになるのか、ひたすら悩んだ。

 悩みに悩んだ。

 なのに何も分からなかった。

 煮詰まった。

 そんな時に慧他がカラオケに誘ってきてくれた。

 俺は最初断ったが、半ば強引に連れていかれた。



 歌うことは楽しかった。

 自分に覆いかぶさっていた焦りや自己否定などの気持ちが、音になってどこかに飛んでいくような、そんな感じがした。


「俺はどうしたらいいのかな?」


 慧他に聞いた。

 するときょとんとした表情で彼は言った。


「何言ってるの?そのまんまでいいんだよ。今回何人も辞めちゃったのは健斗のせいなんかじゃないよ。誰のせいでもない、ただの成り行きだよ。だから自分のこと責めたりなんかしないで、指導者らしく堂々としてなよ」


 それからくしゃっと笑った。


「俺はどんなことがあっても、健斗に付いていくよ」


 俺は嬉しくて、でも恥ずかしくて、なんて言ったら分からなくなって、気づいたら泣いていた。



 その時から俺らは仕事後の打ち上げや非番の日など、ことあるごとにカラオケに行っている。

 今では一週間に一度は通い詰めている。



 慧他が歌い終わってマイクを渡してきた。

 俺は十八番おはこのアニソンを選曲し、歌い始める。






 三時間ほど歌った後、俺達は店の前で別れた。

 午後八時半。外はすっかり暗くなっていた。



 俺は駅に向かって歩く。

 途中、仕事後のサラリーマン風の男性や大学生であろう女性、習い事からの帰宅を急いでいる中学生の集団とすれ違った。

 俺はこの人達のことを守っているんだなあ、俺らがいないと幸せに生きていけないんだぞお前ら! と内心で思って、その後自分の考えに苦笑した。



 そうこうしているうちに駅について改札を通ろうとしたその時、遠くの方からゴォォという激しい音がした。

 振り返って見てみると大きな竜巻が起こっていた。

 周囲の人間も異変に気付き始める。

 俺はすぐに起きている現象の意味を理解し、竜巻に向かって駆け出す。



 慧他のスキルは風を巻き起こす能力だ。

 つまり竜巻は慧他が発生させたもの。

 そして彼はフレンズと交戦しているということが俺にはすぐに分かった。

 彼のことだからすぐに駆除してしまうことだとは思うが、念のため応援に向かう。



 竜巻が近付いてくる。

 もう少しで戦闘場所に着くというときに急に竜巻が消えた。

 俺は慧他がフレンズを駆除したのだと思い、素早く動かしていた脚を一旦止め、その後ゆっくりと歩き始めた。



 進んでいくと、倒れている影が一つ。

 おそらくフレンズだろう。

 しかし慧他の姿がどこにも見当たらない。

 しかも倒れているフレンズも消えていない。

 俺は嫌な予感がした。

 そしてすぐに倒れている者の確認をした。



 倒れていたのは慧他だった。

 胸に銃弾が三つ。

 そこから大量に出血している。

 でも、まだ脈はある。

 死んではいない。


「おい、慧他!しっかりしろ!」


 俺は呼び掛ける。


「健斗……」


 慧他は消え入るような声で反応した。


「ごめん、ミスっちゃったよ……。フレンズは駅と反対側に逃げた。早く追ってくれ……」

「お前の手当の方が先だよ。今救急車呼ぶからな。絶対お前は助かるから!」


 慧他は俺が必ず助ける。

 何故なら彼は、俺の死にかけた心を助けてくれたから。

 五年間、嫌な顔一つせずただ付いてきてくれたから。



 慧他の呼吸はだんだん浅くなっていく。

 俺は急いで応急処置を始める。

 急に俺の手を慧他が握った。


「最期に……頼みたいことがある……」

「頼むからそんなこと言わないでよ。きっと助かるよ」

「あいつを、あいつの心を、救ってやってくれ……」

「あいつって?」



 その疑問の答えは永遠に来なかった。

 俺の手を握っていた慧他の手が力を失って、地面に落ちた。



 これ以上、俺から何も奪わないでくれ。











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