Phase5

 俺は、四季を名京めいけい大病院に預け、基地へと戻った。

 名京大病院は、プロテクターズのかかりつけ病院なのだ。



 それにしても、サトリが追って来なかったのは不幸中の幸いだった。

 もし追いかけられていたら今頃は二人揃って土の下だっただろう。



 基地に着いて、すぐに戒くんに先ほどの出来事を報告した。

 戒くんは腕を組んで唸った。


「うーん、早くもボスのお出ましかあ。……そいつの特徴は?」

「こんな感じの奴です」


 俺はスマホを操作して画像を見せる。

 すると、戒くんの大きな目がより一層見開かれた。


「おいおい……こりゃなんの冗談だよ……」


 明らかに狼狽していた。

 こんな戒くんは見たことがない。

 しばらくして、戒くんが話し出す。


「健斗、こいつがどこ住んでるか調べて。でも見つけても戦うなよ。こいつは……」


 戒くんはここで少し間をおいて、俺が殺す、と宣言した。






 今朝、夢を見た。



 その夢の中でぼくと男の子――誰かは覚えがなかった――は寝坊をしていた。


「もう、なんでお前寝坊してるんだよ」


 彼はぼくに悪態をついていた。


「ぼくだってたまには寝坊するよ。兄さんがいっつも寝坊してるのが悪いんだよ」


 ぼくも反論する。

 ”兄さん”らしい。

 その後もあーだこーだ言い合いながら学校の準備をしているとお母さん(だと思う)が部屋に来た。


「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと準備しなさいよ! 遅刻するよ」


 彼女はそう呼びかけ、お弁当を渡してくれた。

 そこにお父さん(のはずだ)が助け船を出してくれる。


「仕事行くついでに送っていくよ」


 と。



 どの家庭でもある朝の日常。



 まるで、空にある雲のようにゆっくりと時間が流れていて、

 とろけるように優しくて、

 泣きたいくらい幸せで。



 ――そんな……






 目が覚める。

 夢の記憶はすぐに流れ星の残光のように消えていった。



「おはよう、やっと目覚めたね」


 この声で、自分が今いる場所を認識した。


「おはようございます、松村先生」


 白衣を着た壮年の男性に挨拶する。

 間違いない。

 ここは名京大病院。



 ここに来た経緯を思い出そうとする。

 えっと……。

 確か上野でサトリと遭遇してそれから……。


「四季ちゃん、五日間くらい寝たっきりだったよ。一時はだいぶ危ない状態だったんだ」

 

 松村先生が教えてくれた。



 松村先生はプロテクターズが長年お世話になっている医師だ。

 どうやら細胞の変異について研究しているらしい。



「どう? 最近は」

「『どう?』とは?」

「なんか思い出したりした?」

「いや全く。なんか夢を見た気がするだけです」

「そうか……」


 ぼくには四年前以前の記憶がない。

 一番古い記憶はこの病院のベッドの上だ。

 もちろん、プロテクターズの皆さんには誰にも言っていない。

 松村先生とは四年前からの付き合いだ。

 プロテクターズに入ったのも先生の勧めだった。

 彼曰く、プロテクターズなら自分の過去を思い出すかもしれない、とのこと。



「……それにしても四季ちゃんが起きてよかったよ」


 松村先生が頻りに頷く。

 なんだか恥ずかしい。

 でも、心配してくれる人がいるってことは、とても嬉しいこと。


「先生、他にも患者さんいっぱいいらっしゃるでしょう? こんなにぼくのことばっか気にしてたらダメですよ」


 照れ隠しにそう言った。

 

「四季ちゃんには死なれちゃ困るからね」


 松村先生はそう答えて、ニヤリと笑った。


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